枕元

(6)
―--―うー、寒い〜。オマエほんっと飽きねーな。
―――だってあんなに綺麗なんですよ?京でも江戸でもあんなもの見たこと
ありませんでした。
―――まあ、綺麗だけど。…あー、そういやうちにもツリーあったっけ。
―――え、ヒカルのおうちに?!見たいです、どこにあるんです?
―――や、そんないいもんじゃねーよ?組み立てだし。
―――でも見たいです。
―――うん、帰ったら出してやるよ。

母親はこの日朝から市場で鶏肉を買って、予約したケーキを取りに行って
スープの準備をして忙しそうだ。
「お母さんー、昔のツリーってまだあったよな?」
「え?物置にあると思うけど、今から出すの?」
「久しぶりに見たくなったんだ。取ってくる。」
そう言っている声だけ残して息子の体はもう玄関に行っていた。
あの子はもう一緒に出してとは言わないのだ。
大きくなった息子に美津子は時々置いて行かれた気持ちになる。

(7)
埃をかぶった箱を抱えてヒカルは部屋に上がった。雑巾で拭いてから中を開ける。
佐為はうろうろしている。待てのできない子犬みたいだ。
「おー、なつかしー」
足を折りたたんだプラスチックのツリーがそこから現れた。
―――これがヒカルのつりーですか?なんにも付いてませんね。
「飾りつけはこれからするんだよ。」
ビニール袋から色褪せたモニュメントが出てきた。
「うはー、こんなんだったな。」
ツリーを立てて、ヒカルは飾りをぶら下げていく。佐為はじっと眺めていた。
「昔は1週間くらい前から飾ってたんだよな。すげー楽しかった。」
いつから飾らなくなったのか、もう思い出せない。
鼻の取れたサンタ、銀色の林檎、赤いブーツ、キャンディーみたいな色のステッキ。
次々現れる懐かしい飾りの一つ一つに愛着がある。全部枝に引っ掛けたら電飾を巻いて、
白い綿の雪を乗せる。この雪がとても好きだった。
「よし、最後に星だ。」
てっぺんに金の星を差し込んで、進藤家のツリーが完成した。
「まあ街のよりうんとちっちぇーけどな。」
―――いえ、これ、すごく可愛いですよ。
ありがたいことに電飾はまだ点いた。
部屋の電気を切ると、弱いながらも3色の電球が瞬いた。
佐為とふたり、並んで光に照らされる。

(8)
―――ヒカル?
「ん?」
―――私、このつりーが一番好きです。
「気ぃ使うなって。駅前のの10分の1もねーぞ。」
―――本当ですよ。これが一番、好きです。
「…そっか。」
小さくて古びたツリーの前で佐為は微笑を湛えたまま、楽しそうだった。


もう日付も変わる時刻、部屋でまだツリーが光を放っている。
「佐為、もうそれ消すぞ。」
そう言うと長身の佐為がチビの猫みたいに丸まってツリーをかばった。
いやですと目で訴えてくる。
「オレ寝るんだから。電気勿体ねーだろ?」
―――ダメ〜〜〜。
佐為は百面相で一番使用頻度の高い"泣き"を出現させてヒカルを攻撃した。
―――もうちょっとだけお願いします。ね、ね、ヒカル、ね?
目がうるうるびしょびしょ大雨だ。
「…オマエその顔すればオレが許すと思ってるだろ。」
―――思ってますよ。だってそうなんでしょう?
今度はすかーっと晴れた、自信満々笑顔満々の顔になった。勝利をもぎ取れる確信が
目を光らせる。
お手上げ。
「はー… 今日だけだからな。」
この人に勝てたためしなどない。どんな時もヒカルは黒星を甘受する。
ご機嫌の佐為を置いて布団を被った。顔と同じくらいの高さで3つの色が点滅しているが
眠れないほどではない。
ヒカルは毛布が体温でぬくまる頃に眠りに落ちた。

(9)
夢を見た。小さい頃のヒカルになっていた。
小さいヒカルは夢の中でも眠っていた。眠っていても頭の奥が興奮している。
夢のこの日もクリスマスなのだ。早く起きたい。
起きて頭を捻ったら、そこにプレゼントを見つけられる。どきどきしていた。
今までに経験した、12月25日の記憶がばらばらに浮かんでくる。
赤と金のリボンが巻きついた包みが置いてあって、中を見る前から嬉しくて
やったーと歓声を上げた日。
目を開けたらすぐにラッピングした直方体が見えてとび切りの笑顔で起き上がった日。
プレゼントが随分大きかった時はベッドからはみ出して、横付けした椅子に半分
体を預けて危ないバランスでヒカルの目覚めを待っていた。
どの朝も、幸せが枕元にあった。
中身は何でも良かった。綺麗な贈り物がそこにあることそのものが嬉しかった。
あんな輝く喜びに包まれて目覚めた日がヒカルにもあったのだ。
夢で夢を見ながらヒカルは起きたくて堪らなかった。
起きたら、隣にはきっと。きっと―――――

(10)
そこで起きた。夢の中でではなく。本当に目覚めた。
いい夢を見ていたからか、何だか暖かくて幸せな気分だ。
そんなことを思いながら寝返りを打つと、目の前にすごく綺麗なものがあった。
一瞬置いてそれが彼の寝顔だと理解する。
ツリーを眺めて うとうとしたまま、枕元に伏して眠ったのだろう。

ヒカルは佐為の顔を見つめたまま、心に何かが沁みこんでいくのを感じていた。
子どもの頃、枕元に幸せを感じて目覚めた。
今 同じようにヒカルは佐為を感じて朝を迎えている。
ああ、そうか。
オレはすごく大事な贈り物を貰ってたんだ。
この人がヒカルの元に来た。彼を知って人生が動いた。
この人と会った奇跡が、一番の。

佐為、佐為、サンタクロースがいたよ。オレのところに来てたよ。
「こら佐為、早く起きろよ…」
その言葉の内容とは矛盾して、ヒカルは彼の眠りを妨げない音量で囁いた。

この朝は、雪が降るよりもっと素敵。こんなにもあたたかいクリスマス。
その冬、進藤家のクリスマスツリーは新年を迎えるまで仕舞われることなく瞬き続けた。



―おしまい―

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