画集
(1)
届いた画集は角がへこんでいた。しかもヒカルたんのほうが。
ヒカルたん、痛かったろう。ごめんよ。
(2)
その日はヒカルが899の自宅に来ることになっていた。…が、約束の時間が
過ぎても来ない。
夜も遅いし心配になって899が外まで様子を見ようと腰を上げた時に
玄関のチャイムが鳴った。
ホッとしながら出迎えて899はドアを開けて息を飲んだ。
暗い町を背にしてそこに佇むヒカルの、そのいつになく青白い顔の口元に
はっきりとそれとわかる殴られた跡があり、いつも会えば憎まれ口の一つも
発せられる唇は今は一文字に結ばれてそこにまだ血が滲んでいる。
触れれば柔らかな感触の髪には落ち葉や枯れ枝がいくつか絡み付き、
自分の体をしっかり抱えこくように組まれた両腕の肩口やシャツの襟元が
ひどく汚れところどころが裂けていた。
なによりジーンズの膝が真っ黒で内側にも血が滲んでいるのかうっすらと
変色しているのがわかった。
激しく転倒し、それでもなお逃れようと必死でもがき全身で抵抗した様子が伺えた。それでもそんなヒカルの
努力が――報われなかったことはヒカルが開いた口から漏れた次の言葉で察することが出来た。
「――ごめん…899、オレ…逃げたんだけど…でも…あいつら…しつこくて…
仲間まで呼んできて……」
ヒカルは吐き出すように言葉を続けた。
「――オレ、何度も言ったのに…違うよ、オレ、男だよって…なんでこんなことするんだよって……
なのにあいつら…!」
話しながらヒカルは興奮したように声と体を震わせ始めて、899はどう応えて
良いかわからないままそのヒカルの体を強く抱きしめた。
「…ちくしょう…ちくしょう…!」
どうしようもない感情と起きてしまった現実に声を押し殺して泣くヒカルとともに
899も泣いた。
――そこで899は目を覚ました。ヒカルのイラスト集をしっかり抱きしめた状態で。
自分の顔もイラスト集も涙やその他の体液でしっとり濡れていた。おそらく何ページかは
くっついたまま開くことが出来なくなっているであろう。
そんなあるメイツのごく日常的な朝であった。