パッチワーク あかり 2014
(1)
ヒカルが海外普及で北欧に一ヶ月行くことになった。離れでヒカルと暮らしている塔矢君はその間
はマンションに戻るとのことだった。
向こうに到着してからヒカルは平太が自分のことを忘れたら厭だからと毎朝寝る前に電話を入れて
きた。四日目のことだった、マンションに戻っている塔矢君が二日続けて画像を切って音声だけにし
てしまったが明日が手合いなので心配だから様子を見てきて欲しいと頼まれた。
昼過ぎに平太を連れてマンションを尋ねた。門前払いされるかと思ったがインターフォンで名乗る
とすんなりとマンションの玄関は開けられて、ヒカルから預かった鍵は必要なかった。塔矢君は部屋
の前で待っていたけれど、一年前を思い出させる程この数日間で痩せていた。なんと声を掛ければよ
いのか分からなくなって立ち止まってしまった。平太は塔矢君がいるのに私が立ち止まってしまった
ので塔矢君へいつものようにだっこをせがんで手を伸ばした。それを見た塔矢君も平太をだっこする
ような形でこちらに近づこうとしたけれど二・三歩あるいたところで膝から崩れてしまった。
(2)
傍によると、顔色が真っ白だった。塔矢君は壁に手を突いて立ち上がろうとしたけれど苦しそうだ
った。「貧血じゃないの?無理に立ち上がらない方がいいわ。」平太は何が起きたか分かっていなく
て塔矢君が傍にいるものだからにこにこしていた。
玄関を開けて、上がり框に平太を座らせて塔矢君の所へ戻った。座り込んでいる塔矢君に「大丈夫?」
と声を掛けたが無視された。塔矢君は肩と背中を壁につけ、少しずつ休み休み膝を伸ばして立ち上が
ったけれど、最初の一歩を踏み出したとたんバランスを崩した。手を伸ばして塔矢君を支えた。「あ
りがとう」「どういたしまして。」自己嫌悪。塔矢君は素直に礼を言っただけなのに棘のある言い方
をしてしまった。軽い。去年のヒカルまでは行かないけれど大分体重を落としている。ここに戻って
から食事を取らなくなっているのかもしれない。ヒカルが前に言っていた。「あいつさぁ、お腹がす
いたって気付くスイッチ絶対壊れてるんだよ。自分からお腹がすいたって言わないんだぞ。オレが腹
減ったっていうと「そうだね」ていって、食べる量はオレと同じくらい食べるんだぞ。あんなに食べ
るんなら絶対腹減ってるって。」
(3)
塔矢君に肩を貸して部屋にはいると上がり框に座らせて置いた平太がいない。外に出ていれば気が
付くはずだからと室内を見渡すと、窓の傍で靴を履いたままフローリングの床の上で昼寝をしていた。
床には靴の跡が残っている。
塔矢君も平太を見ていた。恥ずかしくなって「ごめんなさい、拭いてからかえるわ」「起こすのは
可哀想だから平太が起きるまで待った方がいい。」そうだった、なぜか塔矢君は平太を甘やかしてい
る。最初は親莫迦なことばかりしているヒカルにあわせているのかと思っていたけれど、平太を本心
から可愛いと思っているらしいことが段々分かってきた。ヒカルは自分を親莫迦と言われると自分は
親として当たり前のことをしているだけだと言うけれど、それはあの事件の後おじさんは時間があれ
ばヒカルに付きっきりでヒカルはそれが当たり前だと思っていたからで、当時休日出勤が当たり前だ
った私の父親に「何でおじさんはいつもいないの」と面と向かって聞いたこともある。
(4)
塔矢君は私と反対側にある下駄箱に寄りかかって。私の肩からはずした空いている方の腕を伸ばし
て靴べらを靴にさしたとき重心が後に成りすぎたのか倒れかけたので支えた。「下駄箱に体重を掛け
て、私が靴紐をゆるめるから」自然に言葉が出ていた。私は屈み込み、塔矢君の靴紐をゆるめた。塔
矢君は靴を脱ぎ、私は靴の向きを変えた。塔矢君は息が切れたのか下駄箱に腕を突き息を整えて言っ
た。「僕は寝室で横に成らせてもらう、平太もあそこだと身体を冷やすから寝室に連れてきた方がい
い。平太が起きるまで居間でテレビでも見て待っていて欲しい。」そう言って体の向きを変えたけれ
どまた貧血を起こしたのかしゃがみ込んでしまった。「無理をしないで」そう言って傍らにより腕を
取り私の肩に掛けた。「いいい?ゆっくり立ち上がって」立ち上がると「寝室はどこなの?」「あの、
引き戸の向こう」少しずつ足を進めて引き戸の所までゆきドアを開けた。部屋にはベッドメイキング
されたダブルベッドがあり入り口側の壁はクローゼットになっていた。私はベッドを直視することが
出来なくて自分の足元を見た。足を出したくてもどうしても一歩踏み出せなかった。塔矢君はそんな
私に気が付いたのか「ここまで来ればもう大丈夫だから、平太は居間のソファに連れて行けばいい。」
私は目をつむって深呼吸して一歩踏み出した。目を開けてベッドだけ見て足を進めた。ベッドの脇ま
で来たときベッドの脇にあったマットに足を取られてベッドに倒れ込んで塔矢君の上にのってしまっ
た。慌てて立ち上がって平太の所へ行った。靴を脱がせ抱き上げてもビクともせずに寝ている。はじ
めてきたところでこれだけ寝ていられて我が子ながら神経が太いとおもう。いや、もしかしたら平太
はここに来たことがあるのかもしれない。鞄の中からまだ栓の開けていない子供の水分補給用のペッ
トボトルと貧血用のサプリメントを出した。平太を寝室に連れて行き塔矢君の横に寝かせた。塔矢君
は嬉しそうに平太の髪をなでている。「横になる前にこれを飲んで」怪訝な顔をする塔矢君に貧血用
のサプリメントだと説明してペットボトルと錠剤を渡した。平太の方は太平楽に寝たままだ。私はド
アを閉めた。
(5)
音を出さないように気をつけながら家の中を探したけれど雑巾を見つけられなかった。台所には空
になったビール缶やワインの瓶、ミネラルウオーターのペットボトルがあったけれどものを食べてい
る痕跡はなかった。悪いと思いながら冷蔵庫を開けると飲み物しか入っていなかった。冷凍庫にはチ
ャーハンやピラフの冷凍食品が入っていたけれど賞味期限は半年前だった。流しのスポンジは使った
形跡はなくてカラカラに乾いていた。流しの下にあったお鍋はほこりをかぶっていて最近使った形跡
はなかった。包丁も錆びていて使えるようなものではなかった。ヒカルは二階から出前してもらえる
と言っていたからもしかしたら出前で済ませていたのかもしれないけれど、あの感じではそうとは思
えなかった。とにかく塔矢君にきちんと食事をさせなければヒカルが心配する状態になると言うこと
だ。
一階のコンビニは家の近所にもある百円ショップのコンビニで生鮮食品も扱っているはずだった。
うまくすればお鍋やお皿もあるはず。ヒカルから預かった鍵が使えることを確認して買い物に出た。