淫靡礼賛
(66)
しかし、そこは血気盛んな年頃とあって、止めようにも止められず、うすら寒い中、
布団をはいでヒカルの体を仰向けに開き、長くて形のいい首筋から白い肩、ぺたん
としてはいるがなぜかセクシーな胸、ピンクの乳首へと唇を当てた。膝を割って無毛
のモノを舐め上げている頃にはヒカルも甘えたような、切ない声を上げていた。
もう一つ、意外だったことはヒカルが妙に「巧み」だったことだ。
最初のうちこそ手の中でイッたものの、次からはとろけるような舌使いでイカされた。
囲碁も覚えて2年足らずでプロになれたヒカルのことだ。ヒカルにはいろいろな「天性」
があるのだろうと思った。
その鋭い快感には抗えず、アキラは遠まわしではあるが執拗にヒカルを求めてしまった。
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もしかしたら、ヒカルはアキラとの肉体関係をよしとしていないかもしれない。
ドキッとした。
「進藤って…ボクとはしたくない?」
「えっ…?」
「…この間はやりすぎたかなって。」
だが、ヒカルは視線を外すことなく、首を横に振った。
「キミが厭なら…しないから。」
「ちがうよ!そんなんじゃねえ!…そうじゃなくて…お、オレは…」
そう言いかけて、ヒカルはぐいとアキラの手を引っ張った。
「…行こ。」
「行こうって…どこに?」
「決まってんだろ!オマエんち!」
「無理するなよ。」
「無理なんかしてねえよ!」
ヒカルは舌打ちしながら、アキラの右手を強くひっぱり、ジャンパーの間から割り
込ませて股間を触らせた。
完全ではないものの、そこは隆起しかけていて、アキラは顔を赤らめてすばやく
手を引っ込めた。
「わかった?」
「こっ、こんなところでやらなくったっていいだろう!」
文句を言ったものの、アキラはすこし安心し、そして家までの数十分が果てしなく
遠いように思った。
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チラと上を見上げると、ヒカルは両手を目の上で交差させてヒクッと息を飲んでいた。
あともう少しで絶頂を迎えるんだろう。
「進藤…す…き…」
聞こえないくらい、小さく呟きながら一番、感じやすいところを責め立てていくと浅く呼吸
を漏らしながら、魚のように体が跳ねた。
「や…ダメ!ダメダメダメッ!出ちゃうよ…!ダメっ!」
「出して。全部。」
「あ―――――あッッ…!」
口の中に生暖かい液体をあふれさせたあと、息をついて体を震わせている姿もたまら
なかった。
アキラはそんなヒカルの体から起き上がり、この上なく無垢な表情をとっくりと眺めよう
と顔を覆っている両手を掴んだ。
だが、その下にあったのは絶頂を迎えた甘い表情ではなく。
「――進藤?」
びっくりして見下ろした。
細い髪はほうぼうに散って乱れていた。そして、その間からのぞく目は伏せられていて、
真っ赤に泣きはらしていた。
じっと見下ろしている間にも、涙が次から次へと落ちてきて、アキラはいたたまれぬ心
持になった。
「えっ…?ご、ごめん。」
なんだかわからないままに謝っていた。
「ちが…」
「え?」
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枕元にあるティッシュを引き抜いて押し当ててやると、ヒカルはアキラの体の下で小さ
くうずくまって涙を拭いていた。
「オレのせいだから。塔矢のせいじゃないから。」
アキラはますます困惑した。ヒカルが声を押し殺してアキラの背中に手をまわし、白い
胸にぴたりと貼りついてくる。
「ゴメン。なんか…。」
あの夜も何故、泣いていたのか、聞かずじまいだったことをアキラは思い出した。
あまり立ち入らないほうがいいというアキラらしい気遣いと、話したければ自分から話す
だろうというやさしい放置のつもりだったが、こう何度も泣かれてはさすがに気になってくる。
ヒカルは無言でアキラの胸にじっと顔を押し当てたままだった。
「どうして?――ボクには言えないこと?」
「……。」
アキラは期待していた甘い時間の過ごし方も忘れて、ヒカルの跳ねた髪を丁寧に撫で付けた。
やめておこうと思いつつも、フーッと長い溜息が出てしまう。
「どうしても言えないこと?」
「…っ!」
再び、ヒカルの目からボタボタ涙がこぼれた。
「――オレ、初めてじゃ…ない」
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ああ、やっぱり、とアキラは妙に納得していた。もっとも、厳密に言えば、アキラだって
そうなのだが。
「ボクだって実はキミが初めてじゃないから…お互い様でいいだろう?」
「…え?」
「実は、芦原さんが初めてだったよ。」
アキラは苦笑しながら呟いた。芦原とはほんのわずかな期間、自慰行為に毛が生えた
程度のことだし、恋愛感情など皆無で、ヒカルとのように結ばれるとか愛し合うとかそう
いう類ではなかった。
同年代の友達がいないアキラに対する芦原の指導指南といったほうが正確だろう。
ヒカルにもそういう者がいたのだろうか。
和谷か?それとも伊角か?森下門下の誰かかもしれないと思った。
「だから、そんなことで気に病まなくてもいいんじゃないか…」
「う…ん…。」
ヒカルはウブだ。予想以上にウブだとアキラは思った。それがたまらなく愛おしく感じられ、
細い髪をかきあげながら、耳元で囁いた。
「キミが誰と寝たかなんて、どうでもいいんだ。」
やわらかい耳朶を甘く噛んで、吐息と一緒に吐き出した。
「――好き。」