ヒカルたんと野獣

(1)
ある時、ある国のお話です。
綺麗な森の中にトウヤ王家の寝殿造りのお城はありました。
トウヤ王家には最強棋士としてその名を馳せたコウヨウ王がおられましたが、
不幸なことに心臓の弱いお方で最近は臥せっておいでです。
ただお一人のご子息は王に似て大層碁が強かったので、王のかわりにとがんばられておりました。

そんなある日、国の子ども囲碁大会で優勝したイソベ某とかいう子どもが王子に
勝負を挑んで参ったのです。
イソベ少年は気の強い子どもです。王子など、ちやほやされて育ったただの馬鹿息子に
違いない、自分に適うものかとたかをくくっておりました。
自分が勝ったら、国中に「イソベヒデアキこそ最強棋士である」と触書を回すよう
言い放ちました。

ところがどうでしょう。いざ打ってみると王子は化け物の如く強いのです。つーか化け物です。
イソベの自尊心は砕かれてしまい、すごすごと帰りました。
ですが、イソベは王子との対局の間に携帯電話を忘れてしまったのです。
廊下に出たところですぐに気がついて、今出たばかりの部屋に戻りましたら、
なんとたった今まで碁を打っていたというのに、王子は
「何者だ! どうやってここに入った?!」とイソベを泥棒扱いするではありませんか。
なんの冗談かとイソベは憤慨です。
「おい、王子! オレを誰だと思ってる!」
繰り返しますが、イソベと王子は今の今まで対局をしていたのです。
しかし王子の答は信じがたいもので…
「キミ? えーと誰だっけ。忘れちゃった」
……王子は決して性格が悪いわけではありません。むしろ心優しい御方なのですが、
いかんせん嘘がつけない性質なのと、普通の人間とは少々ズレた感覚を持っておられるので、
無意識に他人を不愉快にさせる天才なのでした。
イソベは切れました。ぷっつんです。ただでさえ大負けして心はズタボロなのに、
まさか自分の存在を脳内から消されていたとは!
イソベはどこから出したのか、ウーロン茶とバナナジュースと米酒を混ぜて、
世にも恐ろしい飲み物を作り上げ、王子に飲ませました。
なかなかに乙な味がします。味覚もズレていた王子は特に抵抗もせず飲み干してしまいました。
すると王子の体に異変が起きました。 インスパイヤ━━!!
みるみる姿が醜く変わっていきます。
「はははは! ざまーみろ! 呪いをかけてやった、おまえは一生野獣の姿だぞ!」
多方面に取引のあるイソベ会社の息子はちょっと呪術もかじっていたのです。
さすがの王子も真っ青です。
「呪いだって? やめてくれ、早く元に…」
「残念だったな王子様。オレは元に戻す方法習う前にやめちゃったんだよ。
まあ呪いを解きたいなら手はあるぜ。おまえが誰かと愛し合えたら人間に戻れるさ。
そんな姿で愛してもらえたらの話だがな! あーははは!」

こうして美少年だった王子は醜い野獣に変えられてしまったのです。
王様はショックで心臓が悪化し集中治療室に入りました。
王子は絶望し、お城に引きこもるようになりました。
お城には大きな碁盤が現れて、碁盤から一つずつ碁石が落ちていきます。
この石が全て落ちる前に王子は誰かを愛し、愛されなければなりません。
でも一体誰が野獣を愛してくれるというのでしょう?

(2)
 ここは人々のささやかに暮らす小さな村。都会とは縁遠い、まさに田舎でございます。
さて、その村の中でもとりわけ小さく、新しくなく丈夫でない…平たく申せば「ぼろっちい」
おうちには若い男が一人と、もっと若い男が一人、仲むつまじく暮らしておりました。
二人に血のつながりは皆無です。でもそんなことは関係ないのです。
心がつながっていれば家族になれる、二人はそう考えています。
片方がまだ あかんぼの頃に出会って以来ずっと一緒に生きてきた彼らは
兄弟とも親子ともつかず、もっともっと深い情けで結びついている家族なのでした。

さて、はじめに申したとおりに二人はぼろの家に暮らしているので、お察しのように貧乏です。
理由というほどのことではありませんが、青年のほうにちょっとした問題があると
言わざるを得ません。
青年――サイという名を持っております――は、どういうわけか、頭の中身が
この時代から軽く千年は古かったのです。
頭だけではありません。服装も常軌を逸しているのです。
学校に通ったことのある者ならば、彼の纏う衣が歴史の教科書に出てくるような
代物であると解ったでしょう。

千年遅れた人間であるサイが普通に職にありつくのは至難です。
おまけにひどく非力で畑も満足に耕せません。この村の人々は自家製のチーズや
織物を、遠い街に売りに行ってお金を手にするのですが、彼はお金というものも
上手く使えませんし大体売る物もありません。

(3)
でも彼には最強の武器が4つありました。
1つ。世にも稀なる美貌の持ち主であること。

2つめ。とても繊細で心優しく、誰からも好かれるのです。
千年の時差ボケという凄まじい欠点を補って余りあるその優しい性格ゆえに、
人々は皆サイを気遣わずにはおれません。

3つめに、彼は囲碁を打つことにかけて天下一品でした。
娯楽の少ないこの村で、囲碁は大変好まれています。
おとぎ話に出てくる最強棋士・コウヨウ王が現実におわせば、この二人の戦いが
是非見たいものよと皆口を揃えるのでした
彼はぼろの自宅で子どもたちに囲碁を教え、そのお礼に食べ物や衣服を得ています。

そして4つめ、これは武器ではなく宝と言ったほうが良いのですが……
「サイー、見て見て、やったぜ!街から来てたおっさんがパンくれたー!」

年は14ほど、やせっぽちですが元気いっぱい。
大きな目とふっくらした唇がたまらなく可愛らしい男の子。

「パンですと?! やりましたねヒカル! 久しぶりにごちそうですね!」
「もっと褒めろ! にこにこするだけで あのおっさんイチコロだぜ!」
この男の子が、この家のもう一人の住人でありサイの家族であり、そして宝物です。
名はベルヒカル。でも正式な名で呼ぶ人はいません。

彼は幼児の頃に捨てられて凍死しかけのところをサイに拾われ、今に至ります。
満足な食事は与えてやれませんでしたが、それでもたくましく育ちました。
ヒカルがそこにいるだけで、お日様がもうひとつ増えたように明るくなると
評判です。 サイにとっては生きがいでした。

この子は人の心を捕まえる天性のハンターです。道を歩いているだけで、
今日のようにいいものを貰えたりします。
サイが絶世の美人ならヒカルは天使の可憐さ。
二人は貧乏ながらも、村の人に助けてもらって幸せに生きておりました。

ところがそんな二人にも悲劇というものはやってきたのです。

(4)
こんなおとぎ話がございます。
むかしむかし、この国にも王家があって、森の奥深くにそれは美しいお城を
構えておいででした。
優しい王様で、お城にはたくさんの人が訪れては楽しい宴が催されました。
王は囲碁の名手で、国内はおろか他国にも、王に敵う者はおりません。
悪魔さえも捻じ伏せるとの噂です。
ですがある日、邪な呪術師がお城に呪いをかけ、王も他の者たちも皆人間では
なくなってしまったのです。
城も森も、呪いで禍々しくなり人を拒むようになりました。
お城の時間は止まって、何百年経とうと王達は変わり果てた姿で生き続けるのです。
禁じられた森の奥に今でも城はあり、時々嘆きの声が聞こえてくる……

そんな、怪談まじりのお話です。本気にとるおバカはおりません。
……しかしここに一人のおバカがおりました。言うまでもなくサイです。

サイは囲碁狂いでありその情熱たるや凄まじいものがありました。
あの森の中に、もしかしたら伝説のコウヨウ王がいるかも知れないと思うと
いてもたってもいられません。
ヒカルには、あの森に入ったら抜けられなくなるからやめろときつく言われていましたが
我慢できず、こっそり森に行ってしまったのです。
そこに何が待つかも知らずに。

(5)
 森は黒い空気で澱んでいます。入ったが最後二度と出られないという噂が無くっても、
誰も近づきたいとは思いません。
サイも少し怯みました。
「だが! 私は…碁が打ちたい! コウヨウ王、私に応えよ!」
サイは碁の天才です。片田舎にはサイを満足させる打ち手などいませんでした。
強い相手と打ちたい。積年の悲願です。
目指すのは神の一手。伝説の人物なら相手にとって不足無し!

荒れ果てた道を進みます。進むほどに森は暗く、振り返ると自分が歩いてきた道も
見えなくなっていました。
震えながら、より暗いほうへ暗いほうへとゆきました。お城は暗黒の中にあるとの話でしたので。
どんなに歩いても城らしきものは見えず、疲れてしまいました。
それにしても森だというのに生き物の気配が全くありません。
虫一匹、生きられない世界なのでしょうか。
確かに戻れなくなりそうだ。早まったかもしれない。
(帰りたい)
そう思った瞬間に突如森が開け、目の前に恐ろしい城が現れました。
「!!!!」

サイは今まで、これほど不気味なものを見た事がありません。
まさに暗黒の城。地獄より黒く、死よりも冷えた城です。
ただ、古い造りがサイには懐かしく思われました。
自分は千年前からやって来た人間じゃないかと揶揄されたことがあります。
この城も自分も、時代にはぐれた迷子なのかもしれません。
少し親しみを覚えたことで勇気が出てきます。サイは朽ちた門を越えて中に入っていきました。

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