ヒカルたんと野獣

(46)
食事を終えて、部屋に帰ろうとする王子を呼び止めました。
「なあ、ちょっと話してかねえ? 暖炉のとこでさ。ダメか?」
少しあって、王子はうんと言いました。
どっちに対する『うん』なのかわからないとヒカルは困りましたが、
彼が暖炉の間の方に向かうのではしゃいだ気分で追いかけました。
もうちょっとだけ、彼の声を聞いていたかったのです。

暖かい火の前に、クッションを二つ並べてごろんと寝そべりました。
「おまえの話が聞きてえな。何でもいいからさ、話して」
「つまらない話しかできないよ」
「こないだは大昔の碁の話してくれたろ。あれ面白かった」
「そういうのでいいのか? なら、外国の伝承にでもしようかな。
遥か昔、皇帝の元に天女が舞い降りた。彼女はたわむれに碁を打ち交わし……」

ゆっくりとお話が紡がれて、気持ちいい時間に身を任せます。
ヒカルは王子の声が好きでした。
綺麗ですが、透き通った、というと少し違います。
そういうつめたい響きではなくて、春の朝の温んだ水に青の花びらが舞い落ちたような、
優しくてそして美しいものを孕んだ声でした。
それが耳をくすぐると心地好くて、ずっと聞いていたい気分になります。

「天の女がかの男を碁の相手に選んだ理由は定かでなかった。
彼の棋力は天女にしてみればお粗末であったし、男としての彼にも、惹かれる
部分など無かった。恐らく、ただ気まぐれに選んだに過ぎない……」
お腹いっぱいで、あたたかくて、彼の声がして。
ヒカルはついうとうとと眠りに入ってしまいました。

(47)


うさぎが泣いている。

ヒカルのうさぎ。
『何泣いてんだ』
見るとうさぎは泥をかぶって茶色く汚れています。
『ありゃ、かわいそう』
真っ白で可愛らしかったその子がボロボロで泣いていて、
ヒカルは抱っこして慰めてやりました。
痛々しくて、胸がうずきました。
柔らかなその子には破れ目まで出来ていて、哀れにも中身がはみ出していました。
ヒカルはそこに目を奪われました。
泥だらけのぬいぐるみでしたが、中の綿は何にも汚されず真っ白でした。
『よしよし、泣くな。おまえ、外側は茶色くなっちゃったけどさ、
中はこんなに綺麗じゃんか。な、誰かがおまえを笑ってもオレが怒ってやるから』
ぬいぐるみはヒカルにしがみ付きました。
『な、ずっと一緒に寝ような』
うさぎの涙は暖かでした。

(48)


びくりと体が震えて、ヒカルは目を開けました。
「あれ……」
王子はヒカルの傍にいます。
「おはよう」
目を擦りながら起き上がると毛布が肩から落ちました。
「ごめん、せっかく話してたのに寝ちまって」
「かまわないよ」
「ん……」
頭がふわふわした感じです。
ヒカルは王子をちらと見て言いました。
「おまえ、今泣いてた?」
一瞬の間がありました。
「まさか。どうしてそんなこと?」

腕の中がからっぽなのを何故か悲しいと思いながら、ヒカルはそっと呟きました。
「そんな気がしたんだ」

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル