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秦和、首都「政凱」
眠らない都市とはよく言ったものだ。ビルが建ち並び、光が過剰とも言えるくらい生まれ出る。人々の喧騒が街を支配していた昼間とは毛色の違うざわめきが街を支配している。
しかし、その街の一角、繁華街よりは離れた旧市街の深夜は他の地域よりは、はるかに静かである。寂れたとはいえ、人が住んでいない訳ではないが、すでに深夜である。すでに寝静まって落ち着いているはずであった。しかし今夜の静けさは破られてしまっていた。原因であるとあるビルの回りにはパトカーのサイレンや人々のざわめき、機動隊の号令等が混ざり合い、空には何機もの重ヘリの爆音が轟く。そこは戦場を彷彿とさせていた。
「くそっ!」
若いヴァンプの刑事が乗ってきたパトカーのタイヤに八つ当たりをする。ボンと固めの弾んだ音がなる。現在午前零時、十人ほどの過激派宗教テロ発生から五時間が経ち、無人ビル占拠の首謀者たちの自殺からは三時間。いまだ解決のメドは立っていなかった。
「Cチーム、ビルからの撤退成功しました。」
パトカーの無線から、指令本部への通信が流れる。
最初の機動隊が突入してから4時間。首謀者の自殺でケリの付いたはずの事件は奇妙な展開を要していた。ビルの中にアンデットらしき敵が出没し始めたのである。知っての通り、依り代となる死体がなければアンデッドは発生しない。しかし、このビルにはテロリストの首謀者以外では突入した機動隊の30人以外居ないはずであった。しかも始めに突入した隊の報告では、その時点で1フロアの50体以上のアンデットが確認できたとのことだった事だった。
(いっそ、ビルごと潰してしまえばいいんだ………)
そんなことを考えていた刑事の視界の下方に不意に耳が入ってくる。ピンと立った耳にふさふさとした栗色の毛が見えた。おそらく獣人。これがエルフならば長く鋭い形だし、ドワーフならば短くて鋭い。ヴァンプは………。
て、そうでは無くて、目の前を横切る小さな獣人を止めなくては、と若い刑事がふさふさの耳に声を掛けようとしたとき、
「首尾はどうだ?」
聞きなれた声で呼ばれた。振り向くと自分の上司である太り気味の課長と、見知らぬ中年の男がこちらに向かってきていた。
「あ、課長。」
向こうへ入っていってしまった獣人は気になるが、他の警官が止めるだろうと思い、課長に報告をする。
「酷いもんです。犯人の自殺は確認したんですが、今、中はアンデットだらけですよ。機動隊も三班まで撤退だそうです。」
隣の男の正体を気にしながら報告する。課長は身動きせずに、じっと報告を聞く。
「わかった、夜が明けたら事後検証をおこなうから今のうちに休んでおけ。」
「な、」
予期せぬ命令に抗議したそうな刑事を置いておいて、課長は隣の男の方に振り向く。
「志堂さん、聞いたとおりだ。後はお願いしますわ。」
志堂と呼ばれた中年の男はスッと課長の方を向く。
「分かりました。以後の指揮はこちらから出します。」
二人は略式よりさらに崩した敬礼を交わす。
「じゃ、飲みに行く話はまた後日決めると言うことで。」
ニヤリと笑い、志堂と呼ばれた男は、何時の間に着たのか分からない大型トレーラーのかたわらに止めてある軽自動車に向かっていった。
機動隊の集まっている場所ではさっき通り過ぎた小さな獣人が、自分の何倍もの背丈の隊員に警備場所の説明を怯む事なく説明をしている。その後ろに見えるトレーラーから黒い重鎧が出てくるところだった。通常の機動隊の青い鎧とは明らかに違う、軍の特殊部隊で使われているモノと同じ殲滅を主体とした重高機動戦闘殲滅用鎧が2体、その重厚さからは想像しにくい普通と変わらない動きでビルの正面玄関の前に向かっていった。
「何者なんです。」
「護暁衆ってな。」
憮然とした顔でトマトジュースのパックを吸う若い刑事を横目に刑事課の課長はタバコに火を付ける。
「名前聞いた事あるだろう。」
紫煙とともに課長が言う。向こうでは黒い鎧の護暁衆の専属機動隊「玄武」が他の機動隊とともに警備につく所だった。
「今回の一件、厄介事になりそうだからな。上が認可したんだ。」
「あいつらが………護暁衆」
現在、秦和時間十二時二十八分。休む時間としては、元来夜行性のヴァンプにはすこし早い時間である。
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