カウボーイ・クリスマスの季節だ。
7月は1年の中で最もロデオ開催が多い月であり、多額の賞金が動く。また、12月にラスベガスで
開かれる最終決勝戦に進出するための切符を手にする重要な季節でもある。昼間はロデオ大会が
開かれ、夜はコンサートで賑わう地域も少なくない。稼ぎ時と祭りが一度にやってくる、ロデオカウボー
イにとってはまさにクリスマスであった。
「ノォ―――!!」
ペッパーの悲鳴に近い否定に、ソニーが眉を顰めた。
怒っているのはこちらだ。ついでに呆れているし、心配もしている。なのにこの石頭は、自分のこと
となると気にも止めないのだから!
「大丈夫だ、これくらい。今夜一晩寝れば治る」
「んなわけないだろ、見ろよ。あ〜ぁ、こんなに腫れちまって…」
2人はワイオミング州シャイアンの小汚い一室にいた。
ここでは7日間、全米最大級のロデオが開催される。ロデオをメインとした一大イベントで、開拓時
代の服装に身を包んだ開拓者、カウボーイ、インディアンなどのパレード、開拓時代の生活用品を
展示した博覧会なども行われ、道々にはカウボーイだけでなく観光客も多い。外からは、窓を閉めて
いるにも関わらずペッパーの悲鳴をかき消すくらいの大音量でカントリーミュージックが演奏されていた。
「大丈夫だと言ってるだろう。今日のローピングに問題でもあったか?」
「なかったけどよ、最高点だったし。でもよ…」
ソニーが言っているのは、今日行われたチーム・ローピング競技のことだ。2人1組で、一人目が
馬上から子牛の角の周囲にロープをかけ、もう一人が子牛の後ろ両足にロープをかけて、ロープが
ピンと張るまでの時間を競う。ロデオというとブロンコ(暴れ馬)競技と思われがちだが、幾種もの競
技を総合してロデオと言うのだ。
「一体いつからだ?」
「…一週間くらい前かな」
さすがに後ろめたそうにソニーが告げる。
一週間前というと、飛び入りで小さな大会に出場した時のことだろう。この時期は1日に2、3の大
会を掛け持ちで出場することも珍しくない。
「ソニー…それから、ずっと黙っていたのか」
「いや、その時は違和感くらいのものだったんだ。すぐに治ると―」
「治ってねえじゃねえか!」
ペッパーは、腫れて熱を持っているソニーの足首に手を触れた。
言葉と違って静かな動作だったが、ソニーの身体がビクリと強張る。疑いようもないくらい、見事な
捻挫だ。絶対、明日までには治らない。この一週間、ソニーが痛みと不自由さを我慢してきたのだと
思うと、ペッパーはますます怒りがこみ上げてきた。
「こんな足でやってたなんてよ。明日のブロンコは無理だ、やめとけって」
「馬鹿言うな。ブロンコに出なくて何がカウボーイだ。いつものお遊びじゃない、大事な大会なんだ」
「もっと酷くなっちまったらどうするんだよ」
「そんなにヤワじゃない」
ペッパーは呻いた。こうなったら、ソニーが寝ている間にロープでベッドに括り付けるしかない。この
競技で命を落とす者もいるというのに、不調な状態で参加させるなんてもってのほかだ。ソニーは激
怒するだろうが、当分はあのお転婆馬に乗せるわけにはいかない。ペッパーの思惑を知ってか知ら
ずか、ソニーが不機嫌さを抑えた声をかけてきた。
「ペッパー、いいから余計な世話をやくな。どっか飲みに行ってこい」
「ソニーは」
「部屋でとる。足を冷やさないといけないからな」
「だから――」
「いいからさっさと出て行け!」
「…あーそうかよ! 好きにしろよこの×××野郎!」
「なっ、お前なんて昔から×△じゃないか!」
売り言葉に買い言葉、よりも低俗な言い争いの後、ペッパーは肩を大きくいからせて部屋を出て
行った。
「ったくあの頑固野郎、知るかってんだ」
相手への怒りを呟きながらも、足は薬局へと向いてしまう。ソニーを縛り付けるロープと、湿布を
探しにだ。そして、万一の時の為のテープも。ソニーを最後まで押し留めれなかった場合、せめて
ちゃんとテーピングだけはしてほしかった。
「なんだよその消極的な保険は…俺の馬鹿…ソニーの馬鹿…」
ブツブツと呟くペッパーの肩に、分厚い手が置かれた。
降りてくる酒臭い息に嫌悪感一杯でペッパーは振り向いた。案の定、大柄なデイブとその取り巻き
が立っていた。長い経験とそこそこの実力がある彼は、同時にキナ臭い噂の持ち主でもある。彼が
出場する大会で、何人のライバルが突如不参加になったことか。嫌な予感がした。
「よう、ペッパー。相棒が怪我でもしたのか?」
「なんでもねぇよ、デイブ。これはほら、あれだ。こっちの美人と、新しいプレイを楽しもうかと思って」
手に持ったロープとテープを掲げて、ペッパーはそそくさとレジへ進んだ。
後ろからしつこくデイブが付いて来る。
「そうかそうか、お前も相変わらずだな。美人を紹介してやろうか」
「別にいい」
「そう言うなって。なんなら部屋に回してやるぜ。ソニーにもどうだ?」
「あいつが承諾するわけねぇだろ」
それだけじゃない、捻挫したソニーを見せるわけにはいかない。特に、デイブの息がかかった者には。
ペッパーは無視しようとしたが、デイブはなかなか去ってくれない。薬局を出てからもついてくるので、
ペッパーは部屋に戻ることができずに仕方なく飲み屋へと向かった。やけにけばけばしい店を通り過ぎ
ようとした時、ふいにデイブの腕がペッパーをその店へと押し入れた。
「なんだよ!」
「言っただろ、いい女を紹介してやるって。サリーだ」
ハァイ、と言って笑いかけてきた女性は、かなりのグラマー美人だった。店の従業員だろう、素晴ら
しく親密なスキンシップでペッパーを席へと案内する。賑やかな音楽に極彩色のライト、極上の美人
の手には極上の酒。これでペッパーの血が騒がないわけがない。
「ふん、仕方ねえ、大先輩に言われちゃあな。腹ごしらえでもしてってやるか」
「そうこなくっちゃな。おいサリー、このカウボーイは美人の縄縛りが得意だそうだ」
黄色い声が上がる。
すっかりにやけたペッパーは、デイブの取り巻きの何人かが店を出ていったことに気付かなかった。
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