「ップハ――ッ!」
今夜何度目かのゾクゾクショットをかますと、グラマー美女はくらくらとソファにへたれこんだ。
「おお? メリー、じゃねえテリーだっけか? しっかりしろよ姉ちゃん、これからだろ?」
「勘弁してやれペッパー。サリーでなくともその酒量はキツイだろうよ」
向かいに座ったデイブが笑いながら言う。ペッパーはふんと鼻を鳴らすと、そろそろ帰ろうかと
伸びをした。あまり遅いと、ソニーにまた嫌味を言われるだろう。
「デイブ、じゃあ俺はそろそろ」
「まあ待てよ。話しがあるんだ」
「話し? ここの勘定を払えってんじゃねえだろうな」
酒で警戒心の薄れたペッパーは、立ち上がりかけた腰を下ろした。途端にデイブが詰め寄り、
低い声で囁きはじめる。
「俺の奢りだ、気にすんな。それより、明日のブロンコのことなんだが…俺が何年ロデオに参加し
てるか知ってるか?」
「全然。俺とソニーよりも前だよな」
「ずっと前だ。もう25年はやってる」
ということは、デイブは少なくとも40歳を過ぎている。そこそこの実力で、その年齢までロデオだ
けで食っていくのは大変だっただろう。ただでさえ大柄なデイブの、ここ数年で目立ってきた腹の
肉を見て、ペッパーは彼と彼の馬に同情した。ペッパーの視線を感じたのか、デイブが自分の腹
を叩いた。
「太ったカウボーイは馬に乗るなってか? そろそろ潮時だということはわかってるさ」
「引退するのか」
「ああ、今回でな。バーでも開くつもりだ」
いけ好かないと思っていた相手からの突然の引退宣言に、ペッパーはしんみりと聞き入った。
流れてくる悪い噂は、やはり噂でしかなかったのかもしれない。なぜなら彼はペッパーに食事と
酒を気前良く奢り、自分の引退に際しても潔いのだから。
「そうか…寂しくなるな」
「そう思うか?」
「ああ。ソニーだってきっとそう言うよ」
「そこまで言ってくれるお前を見込んで、最後の頼みがあるんだが」
「ああなんだ?」
友好的な笑みさえ浮かべて見上げた先に映ったのは、デイブの狡猾な青い瞳だった。
「明日の競技、俺に勝ちを譲ってくれないか」
「な…んだって…?」
「いつもお前が1位、ソニーが2位だ。最後くらい年寄りに花を持たせてくれてもいいだろう」
「参加するなと言いたいのか」
「いいや。お前らは大会の花形だからな、2人とも不参加はまずいだろう。ただ、手加減して欲し
いだけさ」
「んなの、承諾すると思ってんのかよ」
猛り狂う馬を乗りこなすのは、手抜きしてできるものではない。デイブがそれを知らないはずが
ないので、途中で振り落とされろとでも言うつもりか。2人に恥をかかせる為としか思えない。怒り
よりも呆れ返ったペッパーに、デイブは両手を広げて鷹揚な仕草を見せた。
「有難く思えよ、こうして俺がわざわざお願いしてるんだから。お前は話しのわかる男だ、ペッパー。
怪我はしたくないだろ?」
がた、と周囲の男達が立ち上がる。
近寄ってくるデイブの取り巻きを睨みつけるペッパーだったが、ふと思い当たって青褪めた。
「ソニー! まさかお前ら、ソニーのところにも…」
「もちろん”お願い”に行かせたさ。だがあいつらは荒っぽいから心配だな…ソニーは融通の利か
ない男だもんな」
「フェアじゃねぇぜデイブ。この、クソ野郎!」
ペッパーは叫ぶと、テーブルの端を持ち上げて力任せにデイブの方へ押しやった。素早い身の
こなしで何発かの攻撃をかわして通りへ出ると、モーテルへと駆け出した。
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