「ソニー! ソニー!」
先ほど飲んだアルコールがまるでガソリンのようだ。
部屋の前に着きドアノブを回すと、鍵は閉まっていなかった。
「なんてこった。ソニー、無事かっ!?」
ピエロを前にしたブルのような勢いで部屋へ転がり込むと、2対の驚いた目がペッパーを見つ
めていた。ソニーはベッドに腰掛けていて、捻挫した足を相手に委ねている。その相手とは、制
服や腰のホルダーに収まっている銃から見て警備員だ。ペッパーのベッドに腰を下ろし、ソニー
の足の手当てをしている。
「ソニー? その…」
「お前は大丈夫だったのか?」
「ってことはやっぱ、あいつらが来たのか!?」
「まあな。デイブがあそこまで腐っているとは」
「で、大丈夫だったのか?」
「見ればわかるだろ」
説明する気もないのか、ソニーは自分の足に目を移す。
とりあえず何事もなかったようで、ペッパーは安堵のため息を吐いた。となると俄然気になるの
は見知らぬこの警備員だ。人のベッドに座りソニーの足を触っているとは! ペッパーが薬局で
買ったものは店に置いてきてしまった。不機嫌になって睨みつけると、男が立ち上がり、湿布くさ
い手を差し出してきた。
「警備員のヴィクターです、ミスタールイスさん。先ほど彼にも申し上げたのですが、貴方も脅迫に
遭われたのでしたら、やはり委員会に訴えるべきかと…」
『必要ない。明日のブロンコで勝てばいい』
ソニーとペッパーの声が重なり、2人は目を見合わせた。
ソニーが少し、笑った気がした。
次に重なったのは、ペッパーとヴィクターの声だった。
「ソニーは出るな」
「貴方は出ない方が良いです」
ソニーは憮然と唇を尖らせた。
ヴィクターが帰った後、ソニーから聞き出した話はこうだった。
「鍵を閉めてロープで張ってから足を冷やそうとしてたら――」
「なんでロープまで張るんだ」
「お前が絶対に入れないようにするために決まってる」
「あっそう」
「そしたら、何人かやってきてドアを叩くんだ。ペッパーも一緒に楽しくやってるから、一杯飲みに
出て来い、ってな」
「それは…出て行くわけがないよなあ」
「行くわけがない。とっとと消えろって言ってやったよ」
あの状況では、ペッパーの名前を出すのは逆効果だったに違いない。ちょっぴり切なくなりな
がらも、おかげでソニーが無事だったことをペッパーは喜ぶことにした。しかしよく考えてみれば、
今も和解したわけではない。
「すると奴らが扉を蹴りだしてな。俺はすぐにフロントに電話したというわけさ」
以外にあっけない。近年の観光化に伴い治安が良くなっているようだ。
これがもっと田舎か一昔前ならば、通りに流れる喧騒にまぎれてドアは蹴り破られ、ソニーの
運命やいかに、そこに現れるハンサムパートナー・ペッパールイス! 悪漢は瞬く間に蹴散らさ
れ、感動に瞳を潤ませるソニー。だがペッパーの妄想はそこで途切れた。ソニーがぽつりと言葉
を漏らしたからだ。
「情けない幕引きだな、デイブも…」
蔑む口調だったが、表情にはどこか哀悼が浮かんでいた。見慣れた顔のはずなのに、見惚れ
てしまう。キスをしようと顔を近づけると途端に鬼の顔になった。
「近寄るな、酒臭い。お前は楽しくやっていたみたいだな」
「なっ、俺は嵌められたんだよ!」
「どうだか。もとは十分とってきたんじゃなのか」
「んだよ、ソニーこそ男を連れ込んでたくせに!」
「ヴィクターのことか? 彼は駆けつけてくれたんだぞ」
「ふーん、そしてついでに湿布まで貼ってくれたんだな、ほ〜」
「何が言いたい」
プクリと、ソニーの額に血管が浮いた。
ペッパーは慌てて頭を振るが遅かった。
「お前は馬鹿か? いや馬鹿だが、お前みたいな馬鹿が他にいると思うのか?」
予想と違う反応に、ペッパーはおやと目を瞠った。いつもは鈍いくせに、珍しく察しがいい。この
分野なら得意だ。ペッパーはにじり寄り、ソニーの腰に手を回した。顔を顰められたが、抵抗はない。
「しょうがねぇじゃん、俺、馬鹿だもんよ。ソニーには怒られてばかりだし、どいつもこいつも敵に
見えるんだ。いつ奪われるかって」
「…本当、馬鹿だな」
今度の”馬鹿”は優しい口調で、やっと許しを得たと感じたペッパーは、今度こそソニーにキスをした。
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