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 近衛銃士隊の詰め所で一際賑わう一角、そこが彼らのいる場所だった。
 中心にいるのは2人、まだ若い。1人はいかにも愛嬌に溢れた巨漢で、 身振り手振りの大声で
しゃべっている。もう1人はその相手を控えめに、 しかし無遠慮にいなしながら微笑を絶やさずに
いる美青年だった。

 トレヴィル隊長の向かう先がそこだと知ると、彼に引き連れられていた 人物は少し意外そうな
面持ちになった。それを見てトレヴィルが微笑む。

「アラミスに、ポルトスだ。――失礼、銃士諸君」

 敬愛する隊長の言葉に、皆が一斉に静まる。そして必然的に、彼の後ろ に佇んでいる人物に
視線が集まった。ポルトスが小さく口笛を吹く。それ を戒めるように咳払いをすると、トレヴィルは
前に出ようとしない謙虚な 人物の背中を押して皆の前に立たせた。

 控えめではあっても物怖じはしないようで、きりっと上げた顔の優美さ に、ポルトスのみならず
数人の銃士から溜息が洩れる。頬を包む柔らかそ うな髭と憂い気に沈んだ瞳の色が彼の年齢
を曖昧にしていたが、艶やかな 金髪に上品な風貌は、貴族のトレヴィルの横に並んでも遜色ない
風格を彼 に纏わせていた。

「今日から国王の守り手が1人増えた。名は、そうだな、アトスとしよう。 正式には明日の朝礼の
時に紹介するが…アラミス、ポルトス。一緒に来て くれ」

 呼び出された2人は、隊長の意図を察して目を見合わせた。類似した呼名 といい、隊長は彼を
自分達の仲間に入れる気のようだ。2人は個性の強さと 外貌で他の者からは一線引かれていて、
トレヴィルはそれを憂えていたのだ。 いくら腕が良いとはいえ、万一の時に連れ合う仲間は多い
方が良い。

(それはわかるが、第一にこいつは納得しているのか?)

 トレヴィル邸の一室に入りながら、アラミスはアトスと名づけられた新米 銃士を見やった。年齢は
アラミスより少し上くらいだろうか、厳格そうな眉 に正義感の強さを察することはできるが、入隊を
望むには遅すぎるように思 えた。

(とすれば、落ちぶれた貴族がやむを得ず…かな)

 アトスの風貌からすればその可能性は高そうだった。
 近衛銃士であることは、どれほど貧しかろうと最高の名誉になるのだ。 だがトレヴィルは温情厚い
だけの男ではない。この男の人格や腕前を 認めたからこそ、入隊を許可したのだろう。

「アラミス? 何を考え込んでおるのだ」
「は、いいえ…失礼しました、トレヴィ…っ」

 アトスがこちらを見ていた。
 礼儀と仄かな愛想を湛え、それでも何の感情も浮かべていない笑顔で。 彼の中にある空虚を
感じて、アラミスはひやりとしたものを感じた。ポル トスも同様で、いつもはやかましい男が珍しく
口を噤んでいる。

「トレヴィル殿、私達には」
「君達が最適だと思うのだ。よろしく頼むよ」

 無理です、と言おうとした言葉にトレヴィルが重ねてきた。父とも師とも 慕う人物に頼まれては、
否とは言えない。2人は視線を合わせ、次いで渋々 とではあるが握手を求めた。

「アラミス。こっちはポルトスだ。よろしく」
「…よろしく」

 握った手は人の温かさを持っており、当たり前のことに何故だか安堵して しまう。
 3人が握手したのを見ると、トレヴィルはうんうんと頷いてアトスに歩み寄った。

「では、私はこれで失礼させてもらう。こう見えて忙しい身なのでね。後は この2人に色々と教えて
もらってくれ。また明日会おう」
「トレヴィル殿、ありがとうございました。本当に」

 アトスの言葉に、トレヴィルは口を開きまた閉じた。
 アラミスも滅多に見ない優しい目でアトスの肩を叩くと、踵を返して部屋 を出て行った。残された
3人の上に沈黙が落ちる。先に耐え切れなくなった のはポルトスだった。

「え〜、あ〜…、その、じゃあ飲みに行くか!」
「ポルトス、お前なぁ…」

 酒は友好を深める最高の手段、とばかりに提案する相棒に、アラミスも 眉を顰めつつ同意した。
酒が入れば、陽気とまではいかないにしろ固く引き 閉まった口が開くかもしれない。ついでに街を
案内して歩けばよいだろう。

「アトス、君はいいか?」
「喜んで。…迷惑をかけるな」

 僅かに申し訳なさそうな声音に、2人はふるふると頭を振った。
 嫌な奴ではなさそうだが、どうにも接し方に困る――

 結局、その日はアトスはザルだということがわかっただけだった。



「う〜ん、最近胃の調子が悪い…」
「お前もか。俺もだ」
「お前はそうでもないだろ、いいだけ飲んだら後は寝てしまうんだから」
「アラミスだって、自分のペースを守って飲んでんだから大丈夫だろうが」
「お前が相手ならな、ポルトス。アトスときたら、放っといたら一晩中でも 飲んでるんだ…なのに
翌日はけろっとしてる」

 げんなりとした彼らの視線の先には、軽やかな身のこなしで他の銃士と 剣を重ね合っている
アトスの姿があった。「弱っちそうな」アトスが実戦 の役に立つのかというポルトスの偏見は既に
一掃されている。

 アトスの剣技に技巧はない。アラミスのように臨機応変に打ち手を変える 柔軟さや、ポルトスの
ように飛び道具を使う奇抜さもない。ただ、完璧なま でに模範的な動きだった。それが、どんな状
況でも乱れずに冷静に対応して くるのだ。

「ああ、テオもやられたか。相変わらず見事だな」
「アトスとやり合うと、自分のペースに持っていけないんだよな」

 倒れた相手を起こすアトスに、周囲から拍手が沸く。
 アトスが入隊してから数週間が経っていた。恵まれた容貌と穏やかな物 腰は大いに歓迎された。
優秀な新人に対する嫉妬や陰口の声は聞かず、誰 もが彼からの友情を得ようと躍起になっている。
逆にアラミス達が嫉妬の 対象になっているくらいで、アトスを食事に招待してもいいだろうかとわ ざ
わざ断りを入れられる始末だった。

 話してみるとアトスは豊かな知識と良識を持っていて、魅力的なのが 外貌だけではないことがわ
かる。だが、近くにいてわかることもある。 彼の瞳は来た時と同じく暗いままで、声をかけるのを
躊躇うほど近寄り 難い時が間々あるのだ。こうして今、汗を拭きながらアラミス達の元へ 戻ってくる
アトスの、やっと見せてくれるようになった微かな微笑みで さえ、彼が礼儀上仕方なく浮かべている
もののように思えてしまう。 愛想は良くとも、どこか孤独を望んでいるイメージは今も変わらない。

「アラミス」

 ふいにポルトスに袖を引かれた。
 見上げると、ポルトスがあからさまに嫌悪の表情を浮かべて向こうを 睨んでいる。顔を向けた先
には別のグループがいて、リーダー格の細身 の男を見止め、アラミスもまた忌々しい気分になった。
アトスが2人に 倣って同じ方向を見ると、男はもったいぶった会釈をしてにやりと笑う とその場を去った。
ポルトスがふんと鼻を鳴らす。

「こそこそしやがって、気に喰わねぇ野郎だ」
「彼は誰だ?」
「ロシュフォール。銃士隊の中で1、2を争う剣の達人だ」
「俺は、ダルタニアン殿の方が上手だと思うがな。悪徳ならあいつが一 番だろうよ。いつも周囲に
キナ臭い噂ばかり流れてやがる。近づかない 方がいいぜ、アトス」

 もともと面倒見が良く兄貴風を吹かせたがるポルトスは、アトスが大 人しく何も言い返さないのを
いいことにやたらと世話を焼きたがった。 しかし、ポルトスが言わなければ自分が言っていただろう
と思い当たり、 アラミスは苦笑した。細やかに気遣いをするのは女性相手で十分なのに、 いつの間
にかポルトスの世話焼きが移ったようだ。


  つづく









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