此処は平穏ではない教育現場。CIAの監査の元に極秘裏に運営されている通称CTU学園。祖国にとって将来有力となる
人員を育成する機関である事は一部の人間のみしか知らされていない。
「トニー」
横に座る金髪がふと声をかける。彼はジャック・バウアー、このCTU学部代表として最近の活動状況を分析していた。
「なんでしょう? 気になる情報でもありましたか?」
「ああ、さっきウォルシュ先生から聞いたんだが…どうやらテロ部のほうに潜入している奴から報告があがったそうだ。今回は
少し大掛かりなものになるらしいぞ」
目の前のPCから顔を上げ、トニーのほうに向かってしかめっ面をして見るジャック。通称「CTU」と「テロ部」と呼び習わして
いるが、不定期に学内での演習がおこなわれている。けが人が出ないよう細心の注意と共に、武器類などの仕様も制限され
ている。が、やはり規則の上を行くのが常だ。どうしても事が起きる前にそれを阻止できればCTUの勝ち、テロを遂行でき
ればテロ部の勝ち、と言うようになっている。そのため、どちらの学部から相手の方に『潜入』という立場の生徒がいた。
『潜入』の役目はその名の通り、相手方の情報を正確に得ることだ。その連絡方法としては決められた指導者=教職員に
接触する。本来このCTU学園での教職員は中立の立場ではあるが、この場合は当てはまらない。もちろん、誰が潜入でそれ
に接触する役目かはどちらの学部にも知らされない。万が一、ばれてしまった時点でその時における演習では「死亡者」扱い
となり、次回からはその役目を降りなければならないのだ。だが、一定期間潜入に成功したものはその年の終わりには元の
学部に戻り、以降の授業料などが免除され無条件で執行部入りする事が出来るのだ。
そしてその一人がここに居るジャック・バウアーであった。彼はCTU学園で非常に優秀な潜入捜査をおこなったとして殆ど
の生徒の憧れの的でもあった。
「そうですか。ジャックの考えですとどのくらいの範囲でテロ行為がおこなわれると思いますか?」
「ああ…その情報によると今回は校舎内外に爆発物を仕込むらしい。だが、それだけが目的ではないようだ。まずはその
仕掛けられるものを発見・撤去するのが一番だろうが…」
「わかりました。今回の件に関して執行部からの組織作りを…対策本部を立ち上げます、必要な人員を言ってください」
「そうだな、あまり大勢で探るのは返って悪目立ちしそうだ…、カーティス辺りを現場捜査に借り出してくれないか」
「はい。後方応援部隊はこちらで手配します。クロエやマイロを呼んでもかまいませんね?」
「ああ、宜しく頼む」
一方、こちらはテロリスト学部の執行委員会。もちろん今回の演習演目についての話しが行われている。
作戦コードネームは「ドミノ」。命名はもちろん、執行部代表のマンディ。
「今回の『ドミノ』作戦について初戦の作戦実行はサンダース君に御願いするわ。一応、こういう感じにして欲しいんだけど…」
マンディが実行内容を打ち出したレジュメをサンダースと彼と一緒に行動予定の数人に渡す。カサカサと部屋には紙をめ
くる音が響いた。
「…マンディ、俺たちは陽動だな?」
サンダースがざっと目を通した後にポツリ、とつぶやくように言う。
「まあ、そうともいえるわ。でも、貴方の方で全て完遂させられたらそれはそれで一つの作戦成功になるのよ」
にっこりとマンディの側に立っていたニーナが言う。彼女達二人が今回の作戦を練り上げたのだ。ここ、テロリスト部では
彼女達が最高レベルだった。
「それから。CTUからの潜入がいるらしいわ。この作戦はちょっとでも漏れるとまずいから…ダミーの情報も流れると思って。
ただ、ちゃんとその後に本来の指示が出るから。合言葉を忘れずにね」
ニーナは合言葉を書いたメモをサンダースに渡す。
「ああ。だが、こっちの潜入も居るんだろう?」
「ええ。もちろん。そこからの情報もあがっているわ。我々に対して対策本部が立てられているのと、現場のほうはジャック・
バウアーとカーティスが組んでくるらしいの。後方応援ではあのトニー・アルメイダが仕切って…クロエがはいるのよ」
「そうか。ジャックの方は俺に任せてくれ」
サンダースがジャック、に力を入れて答える。彼には含むところがあるのだ。
「頼むわ。私達はトニーのほうをどうにかするから」
ニーナがにっこり笑って答える。
「じゃあ、後はレジュメの所に書いてある通りに動いてね。っと、サンダース君の方の実行部隊は何人?」
「俺と…ロバート、チェイス、キングスレーとアレックスだ」
「5人ね」
サンダースは先程名前をあげた4人と一緒に自分達の行動計画を話し合っていた。学園の敷地を描いた地図を広げ、
大まかな指示をだす。
「キングスレー、君の担当はCTU学部の正面玄関付近に。アレックスはそうだな、ここら辺で」
名前を呼ばれた二人は地図を見ながら頭の中でどう動くかシュミレーションをたてるように紙の表面を指でなぞる。
「サンダース、正面玄関と言うことは俺が一番先に事を起こしていいということだな?」
キングスレーが確かめる。
「いや、同時多発的に起こしたい。ジャック…いや、CTUの奴らが慌てふためくようにな」
にやりと笑うサンダース。
「ロバートは此処だ。チェイスは…そうだな、このあたりが良いだろう。少しの時間差があったほうが良いかもしれないが、
誤差は10分程度にしておいてくれ」
「次に連絡をとるときはどうする?」
アレックスが尋ねる。彼らがつるんで行動する事はありえないのだ。テロリストとしては。
「さっきもらったメモに合言葉を書いてある。それを確かめたら次の指示をだす」
サンダースはメモを見せた。其処にはこう書いてあった。
『テロ部最高!』
それを見た4人は変な顔をして同じ事を言うのだった。
「だっせぇ…」
一方ジャックの方は。
「新しい情報が入った。奴らは同時多発テロを起こす計画だ」
「いっぺんにですか〜?」
間延びした声で聞いたのはマイロだ。彼は優秀なプログラマーだが、どうも緊張感が無い。今もぽりぽりとナッツをかじっている。
「まあ、それだけなら何とかなりそうですけど」
ちょっと皮肉っぽくクロエが続ける。
「多分その後にも何かありそうなんだ。それについてこちらでも情報収集を頼む。あ、トニー、ちょっといいか?」
「なんでしょう?」
ジャックに呼ばれてモニターに映っていた学園の地図から目を上げるトニー。やはり彼はジャックの相棒として優秀だった。
しっかりとめぼしい所にチェックを入れている。
「トニー。今回はあまり現場に出るな。どうやらお前も攻撃対象になっているみたいだ」
「俺がですか?」
「テロ部のニーナ達がな…お前の名前をあげていたようだと情報が入っている」
「ニーナが…」
トニーは彼女の顔を思い出して背筋がゾっとするのだった。去年は散々なめに会ったのだ。あえて言わないけど。少し
顔色が変わったトニーを見てジャックは心配そうに尋ねる。
「大丈夫か?」
「え? ええ、大丈夫ですよ、ジャック。まあ俺が狙われるよりあなたの方が最前線に出るんですから十分気をつけてくだ
さいね! 演習といっても怪我は付き物ですし」
「それはわかってる。じゃあ、後は任せた! それから潜入者からの情報受け渡しはウォルシュ先生だからこまめに会い
に行けよ。僕は出来なくなるからな
「わかりました(それを聞いて安心ですよ…)」
テロ部、ニーナ。
「うふふ…多分しゃかりきで情報収集に当たっているわね、CTU。潜入がいたってこれに勝つ事は無理よね〜」
カチャカチャとキーボードを打つ彼女の目の前のモニターには相当な量の情報が一気に流れている。そして、最後に
Enterボタンが押された。
「仕上げをごろうじろってところかしら」
おもむろに携帯を取り出して連絡をとるのだった。
ジャックはカーティスと一緒に情報があった場所へ向かっていた。
「潜入からだとこのあたりに爆発物が仕掛けられているらしいんだ、怪しい所は全部ひっくり返せ!」
「はい!」
乱暴な言葉とは裏腹に丁寧に現場検証が行われている最中にジャックの携帯がなった。
「ジャック・バウアー」
「ジャック、お久し振り!」
明るい声で話しかけてきたのはニーナだった。
「君か。今任務中だ。そちらの情報をくれると言うなら話しても良いがそうでなければ切るぞ」
「やあねえ、久しぶりに声が聞けたと思ったのに。お元気?」
「声でわかるだろう」
「そうね。じゃあ、今度も頑張ってね。トニーに宜しくつたえて。大事な物があるからって」
「何があるんだって?」
「トニーだったらわかるわ」
そういって唐突に切られる。ジャックはニーナが何かを仕掛けたと感じていた。
「ジャック!此処に隠されてありました!」
カーティスが自分を呼んでいるのに振り返られずに携帯をにぎりしめて。
ニーナが含み笑いをしている頃。マンディはどこぞにメールを打っていた。
「作戦開始。指定の場所に標的を誘い出す事」
メールを受け取った方はにんまりと笑って携帯を閉じる。其処はCTU学部の購買部の前だった。
同じ頃。ロバートは指示された場所から離れ建物の影で誰かと喋っている。
「先生…俺もう止めたいよ…」
「そんな気弱な事を言わない! 今回で終わりだから頑張れ、なあテディ?」
「そんな風に呼ぶなよ!」
「じゃあ、マイスイートハート。ほらほら機嫌直して。その後の情報は?」
「うん。一応最初の段階での合言葉は『テロ部最高』だって。で、最初に起こす場所は正面玄関と…此処と此処と…」
「これだけじゃ無さそうだな?」
「多分…まだはっきりわからないけど執行部のトニー・アルメイダが狙われているらしいから拉致されないように気をつけ
たほうが良い」
「ようし。良い子だロバート。御褒美をあげようか」
「ん…ケリー…」
二人が人目を忍んでキスをしている所をデジタルカメラが狙っていた。
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