我儘な大人 <上>




(あー…)

 見せつけられた。
 そんな被害妄想に走ってしまう自分の思考に苦笑すると、若き俳優 ――ヘイデン・クリステンセン
は自分の足元からそっと視線を外した。

 リークに見立てた青い塊からずり落ちてしまったナタリーが、下に いたユアンに受け止められた姿
勢のまま笑いあっている。

 2人の間に恋愛感情がないことなんてわかっている。なんといって も、ユアンは既婚者で大のつく愛
妻家だのだ。ナタリーにだって彼氏 がいる。

 ヘイデンが「見せつけられた」と感じたのは、2人のありもしない 関係のことではない。

 それが、とても違和感のないものだったからだ。
 ナタリーを受け止めた、その姿が。
 美男美女で笑いあう、その情景が。

 ヘイデンに、彼の想い人が十歳も年上の男性だということを再認識 させる。好きになったんだから
しょうがない、と自分の想いを肯定す るヘイデンだったが、日常の、些細な出来事にへこまされる。
この感 情が、常識的にも倫理的にも認められないものだと思い知らされる。

 フレンドリーでチャーミングなユアンの態度は、誰にでも向けられ るものなのだと、自分も「大勢の
中の一人」なのだと突きつけられる。

「何、沈んでんの?」

 急に声をかけられ、ハッと我に返る。
 どうやらナタリーは衣装直しに行ったようだ。

「別に、沈んでなんかいませんよ」

 優等生の笑顔で答えると、そう?とユアンは首を傾げた。
 それからニパッと笑うと、リークによじ登ってきた。

「い〜や、君は悩んでいる。マスターに話してごらん?」

 僕の肩に腕を回して、その口調は茶目っ気たっぷりだ。
 そんな仕草や無邪気な笑顔は、時に僕の同級生より幼く 見える。なのに、ユアンは僕より十も
年上で、社会的にも (たぶん)立派な成人男性で、妻子持ちで、マスターで、 厳粛なジェダイナイトで――

(あれ? なんかズレてきたな…)

「ヘーイーデーンー?」

 再び思索に陥った僕に焦れて、ユアンが声を尖らせた。
 なんでもないですよ、と僕は笑う。
 温かい腕から逃れるように。
 だって、この想いは、誰にも言えない。


 *


 撮影が終了して帰ろうとしていると、ユアンに呼び止められた。 振り向くと同時にタックルされ、
よろめいたところを傍にあった 椅子に座らされる。この人のスキンシップは時々過激だ。
 ユアンも僕の隣に座って、足を組んだ。パンッと両手を合わせ、 上目遣いでニヤニヤと笑いか
けてくる。

「ヘイデン君悩み相談会&飲み会―!!」
「…ユアン」
「ん? 都合悪かったか」
「いえ、それは大丈夫ですけど…」

 なんで、この人は変なとこで目敏いのだろう。

「だって、君は絶対悩んでるんだから」

 間違いないね、とユアンは自信満々だ。

「どうして、そんなふうに思うんですか?」

 上手く誤魔化せたと思うけど。

「あのなぁ、『考える人』化してた奴が、急に完璧な笑顔なんか して、それを信じられるか?」

 ダークフォースまで感じたのにさ、とユアンは両手を広げて肩 を竦ませた。うっ…そんなあから
さまな変貌だったのか。

「さすが俳優! とか思っちゃったよ」

 いや、この場合俳優失格なんじゃ…。

「まあ、ね。言いたくないなら言わなくていいんだ。君自身で解決 できるんなら、僕の出る幕はな
いよ。ただ、今夜は先輩に付き合って くれる?」

 要するに飲みたいだけだよ、と僕の重荷を取り払うように笑う。
 その自然な笑顔を見て、やっぱり敵わないなぁ…と僕は思った。


 **


 「会(パーティ)」と称したものの、気遣ってくれたのかユアンは 他に誰も誘わなかった。
 宿泊しているホテルから少し離れた、落ち着いた雰囲気のバーへ連 れて行かれる。

(なんだかんだいって、面倒見のいい人だな…)

 と感激していたのも、最初の三十分だけだった。

「ユ、ユアン、ちょっと抑えた方が…」
「あ〜? な〜に言ってんら、パラワンのくせに」

 ギャハハ、と無意味に愉快そうに笑うと、ユアンはグラスを一気に 傾けた。先ほどからカパカ
パと、その勢いは止まらない。

(この人、本当に飲みたいだけだったんじゃ…!)

 せめて自分は度を越すまいと、ちびちびとコークハイを嘗めている。
 年齢もキャリアも数段上の人気俳優、しかも惚れた相手に逆らうこ とはできなかった。
 それでも、おずおずと反撃を試みる。

「あの、ほら、そんなに飲んだら、ホテルに戻れなくなりますよ」
「はぁ〜〜?」

 ユアンは剣呑な視線を投げると(いわゆる流し目ってやつで、これ で脈拍が速くなる僕はやは
りおかしいのかもしれない)、詐欺師のよ うな笑みを浮かべてジャケットのポケットを探った。
取り出したものを僕の鼻先に押し付ける。

「これな〜んら!」
「ユアン、ちょ、近い…」

 腕をもぎ離して見たそれは、どうみても部屋の鍵。

「ヒントワン、このバーの裏にはモーテルがありまーす」

 …あぁ。なんて手回しがいいんだ、この人。

「酔い潰れるまで飲む気ですね…?」
「寝るだけらから、同じ部屋れいいろ?」
「えっ、僕も一緒に止まるんですか!?」

 だいぶ呂律の怪しいユアンに詰め寄ると、ユアンも驚いた顔をした。

「えっ、僕を置いて行く気なの!!」

 両手を組んで悲壮に叫び、一瞬後にはまた笑い出す。

「そんなことはさせないぜ〜」
「明日も撮影があるんですよ」
「僕、午後かららもん。大丈夫〜」

 だもん、って、三十過ぎたおっさんの言うことかよ!
 チクショウ、なんでこんなに可愛いんだろう。じゃなくて!

「僕は、朝の十時からなんですけど」
「じゃ、君は頑張って起きて」

 イエス・キリストもかくや、といった慈愛の微笑みで、僕の想い人は 冷酷に言い放った。字を間
違えた、「自愛」だろう、この場合。

(僕、この人のどこを好きになったんだっけ…?)

 オビ=ワンのトレードマークである眉間のしわを刻むと、僕はこっそり と溜息をついた。


 ***


 午後二時過ぎ。
 体内の水分がアルコールに入れ替わったんじゃないかと思うくらいベロ ベロに酔っ払ったユアン
を引っ張って、彼が予約した部屋へ向かう。電気 をつけ、ユアンをベットへと運ぶ。

(…何してんだろ、僕)

 僕は、自分で言うのもなんだけど、最近赤丸急上昇中の新人俳優で。
 ここへは、超SF大作映画の撮影に来ている。
 師弟同士の確執がどうの、禁断の愛がどうのと、そんな演技に明け暮れる 毎日。
 なのにこんなところで、泥酔したユアンと無断外泊をしている自分がおか しくて、思わず笑ってしまう。
 なんだか、妙に愉快な気分だ。
 ユアンとの距離が近いせいかもしれない。
 僕の笑い声につられて、ユアンも笑った。

「たまにはぁ、気分を変えないとな〜」

 それが独り言なのか、僕に向けたものなのかわからない口調だ。わからない ようにするところが、
彼の優しさなのかもしれない。

(あなたが、僕の悩みの原因なんですけどね…)

 実際、ユアンといると気分が変わるどころかますます深みに嵌っていく。
 無邪気な我儘で、人を翻弄させる子供みたい。
 なのに本質は、とても優しくて大人な人。
 どうしようもなく、敵わない人。

「ヘイデン、水くれ〜」

 僕をポエムワールドから引き戻したユアンは、ベットに突っ伏したまま 手だけヘロヘロと振っている。
 このまま寝てしまいそうな雰囲気だ。

「ユアン、寝る前にシャワーを…」
「明日起きたら浴びる」

 明日じゃなくてもう今日なんだけど。
 部屋に備え付けてあった冷蔵庫から、ミネラルウォーターのペットボトル を取り出す。グラスに注い
で氷を入れる僕は、我ながらマメな人間だと思う。

「はい、水」
「ストローないの?」

 ごろんと仰向けになると、起き上がるのが面倒だというように不平を漏らす。 人がわざわざ…!

「我儘言わないで、…!」

 この時の自分を、僕は褒めたい。
 ユアンほどではないにしろ、ほどよく酔っていた僕には、このチャンスを 逃さないだけの行動力が
あった。あるいは理性が回らなかった。
 冷たい水を口に含むと、ユアンの頭を抱えて口付ける。

「んっ? ……ン」

 なんだと? …まあいいか。
 今のユアンの心情を表現すると、こんな感じだろう。
 お酒で頭の機能が鈍くなったらしい、抵抗せずに水を受け入れる。それ でも、名残惜しげに僕が
唇を離すと、問いかけるような視線で見上げてきた。
 グラスをサイドテーブルに置いて、僕はにっこり笑う。

「映画では、オビ=ワンとアナキンは険悪なムードばかりじゃないですか。 たまには少しくらい仲良く
してもいいでしょう?」

 おお、調子がいいぞ。
 僕のアドリブ力も上がったな。
 面白がったユアンが、僕の言い訳に合わせてくる。寝転がったまま腕を 組み、もっともらしげに頷く。

「上手いこと言うな、アナキン」
「そりゃ、外交上手なあなたのパダワンですから」

 もう一度ちゃんとしたキスをしようとすると、ユアンの手にやんわりと 遮られた。

「でもジェダイは、絶対にこんなことしない」

 …こんな時にまで、役に義理堅い人だ。
 それとも、役に入り込んだせいで頭が働き始めたのかもしれない。

「マイパダワンは、私とセックスしたいのか?」
「えっ、ええと、その…それはないですね」

 きわどい質問に「僕」の気持ちは揺れたけど、「アナキン」としては 否定するしかない。
 アナキンは、オビ=ワンを欲しいとは思っている。
 けれどそれは肉欲なんかじゃなくて、精神的な拠り所としてなんだろうな。

「だろう? お前にはナタリ…じゃない、パド…アミダラ議員がいるじゃ ないか」

 オビ=ワンモードの呼称で彼女を呼ぶ。
 僕はしばらく考え込むと、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「…パドメは、運命の女性です。彼女と結ばれることは僕の中で必然だ。その 確信に揺らぎはあり
ません。でも僕にとって、予測不能な感情をもたらすのは いつでも貴方だ。動揺、苛立ち、喜び、
誇り、そして思慕も。オビ=ワンは僕 の中でとても不安定な存在なんだ。だからこそ…この手に
しっかり掴みたいと 思うんです」

 理想の父親像をオビ=ワンに求めるアナキンは、僕に少し似ている。自分の 思うような現実には
ならなくて、拗ねている子供だ。

「…ワッガママだな、お前」

 呆れたようにユアン――オビ=ワン?――が言った。
 こ、これはアナキンに対して言ったんだよね?
 確かに、アナキンは我儘だ。子供だ。
 …僕が演じてるんだけど。

「いい大人のくせに」
「え、大人…?」

 ついさっき、アナキンと自分を「子供」と称したばかりなので、ユアンが ――どちらにしろ――「大
人」と見ていたことに驚く。

「そりゃそうだろ。二十歳だろお前。選挙権持ってて、自分で稼いでりゃ 立派な大人。なのによくそ
んなガキっぽい独占欲持てるなー」

 あ、僕のこと…か?

「アナキン、そんなことだからお前は未熟者だと言われるのだよ」

 どっちだよ。
 というか、アナキンを未熟だと一番喚きたててるのはオビ=ワンじゃないか。

「大人なのに、子供だよなー」
「あ……」

 僕はぽかんと口を開けた。
 何?と訊ねるユアンに頭を振ると、まだユアンに覆いかぶさった姿勢だった ことに気付き、慌て
て飛びのいた。シャワールームへ駆け込むと、乱暴に服を 脱いで頭からシャワーを浴びる。
 口元に浮かべるのは、苦笑。

 子供で、大人。
 大人で、子供。
 どちらがより大人なのだろう?

 オビ=ワンは、アナキンが分別を持った大人になることを願っているけれど、 それは叶えられそ
うにない。独りよがりな自虐癖で、オビ=ワンとの溝を深くしてしまうアナキン。

 僕は君みたいにはならない。
 自分の望む形じゃなくても、彼と共にいたいから。
 僕らを繋ぐ今の関係が終わっても。
 彼の隣にいることを認められるような、同等の、立派な大人になろう。

 さっぱりとした気持ちで部屋に戻ると、ユアンは布団も被らずにクー クーと寝ていた。茹で上がっ
たように真っ赤で無防備な顔は、子供を通り 越して幼児みたいだ。

 サイドテーブルに置かれたグラスには、自力で探したのであろうストロー が挿してあった。

(あんなに動くの面倒くさがってたのに)

 勝ち誇ろうと、ヘイデンを待っているうちに眠ってしまったらしい。
 右手の指はVサインを形作っていた。
 ヘイデンは思わず拳を握り締める。

(…絶対、この人の方が、子供だ!)


→続く












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