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　07．半熟 --------------------------03

「何かありましたか？」
「…いや、何でもない」
「そうですか」
　真っ黒い目をきょろりとさせて首を傾げる竜崎から目をそらした。自分の思いつきで動揺したなんてことを悟られてはまた何を言い出すか。僕はその思いつきに向きなおった。
　南空ナオミの行動を止めることができたのは僕しかいない。
　僕がキラなら、彼女がキラに迫ったのなら、僕は彼女を消しにかかる。しかし僕はキラではない。
　こうしている今も数十人単位で殺されていく犯罪者の説明ができないじゃないか。僕は何もしていない。
　能力の移動が考えられる、と言ったのは竜崎だ。竜崎は最初に出現したキラが第ニ、第三のキラとなる人間に能力を移したのだと言う。能力の移動、というからややこしくなる。殺人手段を、もしくは大掛かりなシステムの使用方法を複数に伝えたと考えた方がしっくりくる。
　南空ナオミがキラに殺されたと考えるのが間違っているのか、彼女はまったく別の事件に巻き込まれたか、本当に自殺を図ったと考えるべきか。
　南空ナオミの個人情報を調べるべく、キーボードに手を伸ばした。その手がかすかに震えていることに気付いた。

▼

　…何故、南空ナオミのデータなど必要なのか。
　夜神が見つめるモニターに視線を走らせ、また手元のサンドウィッチに戻した。何を考えている？
　南空ナオミ、彼女は元FBI捜査官である。結婚を機に退職したのは三ヵ月前だった。彼女の人となりを知っているが、彼女が結婚で退職するなど思ってもみなかった。一度会ったときの、彼女のどこか刃物を思わせる気配を思いだした。やさしい顔立ちをしているのにと驚いたものだ。
　有能故に退職を思いとどまらせようとする動きもあったと聞く。退職は婚約者のレイ・ペンバーのたっての希望だったらしいが、それを聞き入れた南空ナオミは、幸せを彼との未来に見たのだろう。
　私の依頼でレイ・ペンバーは夜神を調べていたが、その彼が突然倒れて死んだ。ほぼ同時刻、日本で同様に動いていた他のFBI捜査官全員も命を落した。キラの仕業である。
　婚約者の死に、ただ泣き崩れるような女性ではない。彼女はペンバーの行動を追いかけたはずだ。そして行方不明となった。彼女は独自でキラに辿り着いたのかもしれない。…ペンバーを死に追いやったのは私だというのに。
　せめて私がペンバーの行動の裏にいたことを知っていれば、彼女は警察庁に赴いたはずだった。
　いや、来たのか？　捜査権を持たない身ではやれることに限界がある。彼女なら、日本でキラ捜査をしている者に自分が得た情報を話し、捜査に加わろうとするかもしれない。
「ワタリ、今から流すリストを調べてくれ」
『かしこまりました』
　夜神に気取られぬよう、無駄に長いデータをワタリに送った。その中に忍ばせた指示の回答が即座に返ってきた。

▼

　これ以上、余計な疑いを掛けられたくなかったから、僕は自分がやっていることを他の誰もが見えるようにしていた。だから竜崎は、僕が何を調べているのか、そしてそこから何を導き出すのか読むはずだ。まあヤツのことだから、僕が触るパソコンには、何をしたかトレースできるようにしているだろうが。
　恐らく、今のワタリへの指示は僕と南空ナオミの接点の確認だろう。防犯カメラのデータはもう廃棄しているだろうが、警察庁の窓口の記録を調べればすぐ分かる。
　南空ナオミの履歴や彼女が関わった事件など、モニターに流れる文字列を読み取っていく。二年前にはアメリカで迷宮入りしかけた連続殺人事件を手がけ、犯人を逮捕している。その犯人は獄中で死亡していた。ざっと見るかぎりでも彼女がとても有能な捜査官だったことがよく分かる。後追い自殺など、この女性がするわけがない。
　僕は彼女と何を話した？どうして思い出せない？　僕は記憶障害を持っているのか？
「月？　どうした、顔色悪いぞ」
　肩に手を置かれ、ふいにかかった声に顔をあげた。
「父さん…、大丈夫だよ。ちょっとお腹はすいてるけどね」
「ああ、食べますか、私の」
「お前は全部食べろ」
「…はい」
　そんなに量があるとは思えないサンドウィッチを見つめ、ため息をつく竜崎だった。今度はパンを一枚ずつ剥がして細切れにしだした。
「何か食べるか。根を詰めると体に良くないぞ、お前も本調子ではないだろう」
「父さんほどじゃあないよ、今日は家に帰って母さんたちに顔みせたら」
「ああ、まあな」
　父に僕の病歴を聞こうとしたがそんなことをしなくても、横でサンドウィッチをばらして遊んでいる男が調べていることだった。あとで聞くか。

08.05.10

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