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07.半熟 --------------------------02
デザート類以外のものを口にする竜崎を初めて見た。これはかなり貴重な場面かもしれない。ともあれ、ようやく自分の体調の改善に動いたから、僕は先刻密かに立てた計画を没にすることにした。計画、といってもあいつを押さえつけ食料を口に押し込むという乱暴なものだが。その際、蹴りの一つや二つは覚悟していた。あいつが本調子に戻ってくれないかぎり、僕はここに閉じこめられたままなのだから。
緩慢な動きでサンドイッチをつまんではかじり、紅茶を少しすすって、またかじる。そうだその調子だ、全部食べろよっ。
通じるわけもない念を送り、作業の続きにかかる。僕はキラが出現した時期から現在までの動きと自分の行動を照らしあわせていた。身に覚えがまったく無いというのに竜崎は僕をキラと疑っている。いや断定しているのだ。父さんたちの手前、疑惑は5%だの7%だのふざけた数値をあげているにすぎない。こんなに腹立たしい思いをしたことは生まれて初めてだ。どうして僕が大量殺人犯なんだ。
身に覚えがない、といえば、キラ以外にいくつかある。なぜ、僕は50日間の監禁に甘んじていたのか。そしてこれは誰にも言っていないが、なぜ、レイ・ペンバーというFBI捜査官が死んだ日の同じ時間帯に、同じ地下鉄線にいたのか、誰かと約束していた覚えはない。用もないのに電車に乗るということもしたことがないし、その発想をすることさえ無いと断言できる。なのに確かにあの日、僕はあの電車に乗っていた。
ペンバーはキラ捜査に関わる者の関係者を調べる任務についていたという。彼は僕を尾行していた。尾行に気付くことができたのは…どうしてだ? 遊園地に行く途中のバスの中、彼は僕に身分を明かした。あの時すでに僕は彼のことを分かっていたのだ。それがどういうことかさっぱり分からない。
そして彼の婚約者だという女性、南空ナオミ。僕は彼女にも会っている。父さんの荷物を届けにいった際、受付でキラ捜査の責任者である父さんに会おうとしていた。だが、父さんは庁内に居なかった。それから彼女と話をして…どうしたのだろう。何を話したのか覚えていない。
その後、彼女は行方不明となっている。婚約者が亡くなったショックで自殺したかもしれないという。しかし、僕が会ったあの女性はとてもそんな気弱な風に見えなかった。婚約者を死に追いやった者を追いつめるつもりだったと思える。彼女もFBIの捜査官だったと聞いたらなおさらその思いは強くなる。自殺じゃない、たぶん殺された。…キラか?
南空ナオミはキラを追った。キラはそれに気付いた。どうやって気付いた?警察内部だけでなく、その関係者の行動まで把握しているのか?
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「………」
夜神は今、キラと自分の行動を照合している。
自分に掛けられた容疑を晴らすためだというが、私は最初、カモフラージュだと思っていた。だが、驚くべきことに彼は自分のあいまいな記憶の事柄を次々に潰していっているのだ。自分で自分を追いつめていっているようにしか見えず、私には彼の行動は不可解だった。
そのまま突き詰め出てくる結論は私と同じ、つまりは君がキラだ。その答えに辿り着いたとき、君はどうするのか。
……私はやはり今目の前にいる夜神と、監禁前の夜神を同一人物とは見えていない。
監禁が数週間に及んだあの日、彼は突然、自分をここから出せとわめいた。自分がキラかもしれない、覚えがないから閉じこめ確かめてくれ、と言って自らあの状態になったにも関わらず、そのことを忘れたように訴えたのだ。
あの目を見たとき、私は『逃げられた』と思った。どういうわけかは分からない。これはあの日からずっと検証していることだ。
多重人格という疑いもあるが、彼の過去の病歴、診断記録を見てもそれらしい疑いは出てこない。とはいえ精神疾患は発症を本人や周囲が気付かないままでいることもあるから、改めて診断させる必要がある。
そうなるとまた一悶着が起きるが、疑問点はすべて消しておきたい。
「さて、どうしたもんですかねえ」
「なにが?」
私のつぶやきに即座に反応した夜神の声が、わずかに上ずっていた。見ると顔が幾分色を無くしている。数十日も表に出ていないのだから当然といえば当然なのだが。
「いえ、全部食べなければワタリが何を言うか。あれで怒らせると怖いんですよ」
「自分で持ってこいと言ったんだろ、残すなよ」
一瞬、呆けた表情を見せた。そして手元の資料に目を戻しながらそっけなく言う。
08.05.05
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