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轍 01
無言でドアの手前にいたジェパンニの膝に乗り上げ、ドアをあけたニアはそのまま外に出ると有無を言わせずドアを閉めた。中の四人は呆気に取られたまま外のニアを見る。四角いものをパジャマのようなシャツのポケットから取りだしている。
アヒルのラジコンコントローラーだと気づいたのはジェパンニだけだった。あれは先日、ニアがなにやらごそごそと中をいじっていた。
「ニア、何を…」
ドアをあけようとしたがロックがかかっている。中からなにをやっても開けない。窓も同様だった。突然、車のエンジンがかかり、急発進した。全員がふいをつかれ、体勢を崩す。
「な、なんだ、勝手に?!」
「ニ、ニアがまだ!」
『………このままメロを捜しだし、合流してください。緊急事態です』
車内の通信機からニアのいつもの淡々とした口調が流れた。振り向くとコントローラーに口をあてている姿が遠ざかっていく。運転席にいたレスターがマイクを掴みあげた。
「ニア、何を言っている?! これから日本捜査本部と…」
『ええ、せっかくジェパンニが細工してくれたノートは偽物でした。気づくのが遅くなってしまい申し訳ありません。私のミスです』
「偽物…?」
『夜神にしてやられました。私の読みを先回りしています』
「だ、だったらそこは危険だ、今戻る!」
『いえ、それには及びません。私はこれから夜神に会いますが、あなたがたはさっきも言ったようにメロを探しだしてください。彼は日本に潜伏しているはずです』
「ニア、月くんがキラなのか?!」
『私の考えではそうです』
SPKと共にいた模木はたまらず会話に横入りした。キラが現れたときから、夜神月を疑ったL、竜崎はレムという死神によって死んだ。同様の疑いをもったニアもまた同じ末路を辿るのか、そんな予感が襲う。
殺される ム ム。他の者にも、ニアのこれからしようとしていることの結果を予想できた。我々が戻らなければ死なせてしまう。
「私もそこへいきます、危険すぎる! それに仲間がそこに!」
『……Mr.模木、彼らのことは…覚悟をしてください。そしてあなたも。夜神に、キラに顔と名前が知られているのはその中ではあなただけです』
「…すまない…我々がもっとしっかりしていれば…彼がキラだとは捜査当初から疑われていたことなのに」
通話を模木に任せたレスターは車のUターンを試みたが、ハンドルもブレーキも、アクセルさえまったく反応しない。しかし、ナビゲーションシステムと連動しているのか目的を設定しているかのごとく操られている。
『仕方がありませんよ、夜神はLを出し抜いた。恐らく死神をも利用しているんでしょうが…もう通信を切ります』
「ニア!」
『…短い間でしたがありがとう。推理しかできない、身の回りのことすらなにもできない私を信じてついてきてくれて感謝します』
「ニア!ダメです、そこから離れてください!もう一度作戦を立て直せばいいんです!」
今度はジェパンニが模木からマイクを奪って怒鳴っていた。
『…ジェパンニ、あなたには特に過酷な指示ばかりを押し付けてきました。なのにそれを生かせなかったことを許してください』
「そんなことはどうでもいい、ニア!レスター指揮官、戻ってください!!」
「だ、ダメだ! コントロールがまったくきかない、自動操縦などいつの間にっっ」
『…今度こそ切ります。…さよなら』
「ニアっ」
酷いノイズが車内に充満する。この次第に誰もが愕然となった。しかし乗車している人間の思惑をまったく無視し、車は走り続けていた。信号にさしかかる。
「…ちょ、ちょっと待て、ブレーキが!」
「模木、ジェパンニ、ハンドブレーキ壊すつもりで上げて! レスター、ブレーキとハンドルを!」
顔を蒼白させたままリドナーが叫んだ。自らは持っていた拳銃を取り出してナビゲーションシステムに狙いを定めた。
三つの動きがほとんど同時に行われた。ハンドブレーキを機構の限界まで無理矢理あげ、ブレーキを踏みつけ、銃声が車内に破裂した。
とたんに車が蛇行する。レスターがあわててハンドルを切る。今度はその動きを車が従った。交差点手前で横滑りになりながらも停止した。
安堵のため息をついている場合ではなく、四人は車外に飛びだした。
「離れ過ぎた!」「走るしかない、行きましょう!」
数分とはいえ、スピードを出した車の走行距離を思うと絶望的になる。それを振り払うように走り出した。
倉庫ばかりが建ち並ぶ地域でトラックや工業用作業車も多く走っていた。打ち捨てられた車を迂回していくのを後ろに、数十メートルほど走ったあと、微かな地響きと甲高い破裂音がした。そしてあとに続く爆発音。連続している。自分たちが向かおうとしていた方角だった。
誰一人止まらず走り、ようやくYB倉庫が見える角を曲がる。しかし、そこで炎に包まれた倉庫が目に飛び込んだ。
「…嘘だろう…ニア!」
あたりが騒然となるなか、四人は倉庫の入り口に走りよった。人が集り始め、ようやく近づくことができたたった一つの入り口からは、無情にも炎が吹き出し、中の様子など見るまでもなかった。
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成す術もなく、その場から離れるしかなかった四人が操作拠点にしていたビルに到着したのはそれから数時間たったあとだった。
道すがら可能な限りの情報を集めていたが、それを即座に検討にかかる。
複数あるモニターにはニュースを映し、インターネットでの報道もチェックする。突如、爆発炎上した倉庫の報道は全チャンネルのニュースで流れていたが、詳細がまだほとんどない。一人の重傷者が救出されたという一報以外は何もなかった。
「ひとり…? 二人か、いやニアの予測では魅上をいれて三人のはずだ」
「ニアは…」
「その重傷者というのは?」
「……まて搬出作業が…顔はわからないがこの大きさは成人だ」
モニターを凝視していたジェパンニが答えた。そこに映し出されているのは、頭から足先までシーツに被せられたタンカを運びだすところだった。シーツの盛り上がりからみて、小柄なニアではありえない。
同時刻、警察官三名の遺体が別々の場所で発見という報も飛び込み、模木が呆然と椅子に座り込んだ。そして行方不明となっている一名の刑事を重要参考人として行方を追っている。
「………模木を生かした理由はこれね」
「まだ参考人扱いなのが救いか…この重傷者というのは夜神か魅上か」
「仲間割れしたか」
ふいに沈黙がおり、ニュースの音声だけになる。報道側も混乱しているようだ。無人の倉庫が爆発炎上するという事件は、真相を知らなければ不可解なだけで、徐々に警官三名の遺体発見というニュースにシフトしていっている。
「…ニアの言葉通り、メロを探し出しましょう」
「メロと協力してキラを、ということか」
「それは彼との話合いによるな…。メロは我々SPKの大半を殺した。日本警察としてもそうだろう?」
「夜神次長は…メロを追って亡くなった。だが、その状況を作り出したのはキラ、月くんなんだ」
大きな手で顔を覆ったまま、絞り出すように言った模木の言葉に再び押し黙る。
「…メロも日本にいるのならこの騒ぎは知っているだろう。ワイミーズハウスの方にも連絡を入れてみよう」
疲れきったようなレスターの声に、全員が頷くほかはなかった。
08.05.13
車などについての補足→■
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