about|text|blog
轍 02
「なるほど、今度からお前を捕まえるときはマットをかっさらえばいいわけだな」
「真顔で言うなぁっっっ」
YB倉庫炎上の翌朝、とあるホテルの一室では、椅子に座った老人が、若い男に対峙していた。椅子から少し離れた窓際にはソファがあって、そこにはもう一人、これも若い男が後ろ手に縛られて座っていた。ゴーグルを首から提げた男、マットは涙目になって老人に抗議の声をあげている。
「その口調! Mr.ワイミーの代理人だな!!」
立って睨んでいた男は老人の正体に気づいて怒鳴った。顔に酷い傷を負っているために凄みが増す。
「ワイミーズ・ハウスを訪れるときはこの姿を利用したことはなかったが…聡いな」
「俺があそこで見かけたのはもっと若い男だった。髪は明るい色の」
「うむ。あれも変装だがね。素顔は事情があって二十年ほど晒してない」
見かけほど歳をとってはいないらしい老人は愉快そうに笑った。
「メロ、ロジャーが心配して探していた。何をしているかくらい連絡いれてやれ」
「ロジャーが? いやそれよりマットを離せよ」
老人は笑って了承し、立上るとすたすたと大股でソファに近づいた。
「で、なんでロジャーが俺を?」
「ニアがキラに負けた」
「……そうらしいな。炎上した倉庫はキラとの対決の場だった。負傷者一名、原因不明」
「一人、それも成人という情報だからニアはまだどこかにいる、って話をしてたときに捕まえてくれたんだよなあ」
「目立つところで携帯でくっちゃべっていたのが悪い」
「周囲に人がいないことは確認してたんだっ」
恨めしそうに毒づくマットの頭をぽんぽんと軽くたたくと、また椅子に戻った。動きが老人のそれではない。
「詳しく話すと、ニアのもとで動いていた者がワイミーズ・ハウスに連絡をとった。メロ、お前と話し合いをもちたいと」
「SPKか。何も話すことなんかないぜ、俺はSPKを壊滅にまで追い込んだからな」
老人の向かいの椅子に座って足を組む。
「向こうも複雑らしいがね、ニアの指示だとさ」
「…やっぱりすり替えさせたノートが偽物だったか。それを寸前で気付いたんだな」
マットもメロの隣りの椅子に移動して腰を下ろした。捻られた手首をさすりながら話の輪に入った。
「ニアの作戦じゃノートに自分の名を書かせることで証拠とするって言ってたんなら…本物のノートじゃ殺されるじゃないか、だけどニアの死体は出てきてない」
「キラはあの倉庫でノートを使うつもりはなかった。何かのカモフラージュのためにニアとの対決を利用したのかもしれない。あの場に二人しかいなかったことがおかしいんだ」
「警察官三名の遺体発見…こいつら、日本のキラ専門の捜査チームの連中だろ。あの倉庫にいるはずだったのになんで全然別のところで…」
「一人が行方不明、模木はSPKと一緒にいるはずだ。そしてその捜査チームの中心だった夜神月は…倉庫での負傷者か」
「ニアはそいつがキラだと見てるんだよな」
「もっと腹立たしいのは、こいつは二代目Lでもあるんだ」
「げ、なんで?!」
「Lと行動をともにしていたMr.ワイミー、ワタリはロジャーへのメールで、『L自身が認めた』と言っていたらしいな。事実、この数年の夜神がLとして解決した事件での推理能力はもとより、現地の捜査機関への指揮手腕もLと匹敵する」
再び口を開いた老人は、先刻と打って変わって不機嫌さを漂わせていた。
「…詳しいな」
「……お前達は知らないだろうが、ワイミーズ・ハウスの維持にはLの力があったんだ。Lの手がけた事件の報酬で成り立っていた。どういうことか分かるか」
「この四年間はずっと無収入って?」
「めでたく、今期は資金ゼロのスタートで赤字街道まっしぐら。子どもたちが路頭に迷う危険すら出てきた」
「いや、Mr.ワイミーの事業はもっとあったろ?!」
真っ青になったマットが思わず立上る。メロも予想だにしなかった話に固まっていた。施設を出たとはいえ、二人にとってあのワイミーズ・ハウスは本当の家だ。それが無くなるかもしれない。
「そう。もっとある。だが、ハウスへ資金を流すにはかなり厄介なことになっていてな。ハウスの権限も自由にならない」
「あんたMr.ワイミーの代理人じゃないか、代理人てことは…」
「そうだ、私はMr.ワイミーの遺言で後継者に指名されている。だが、私は子どものころにMr.ワイミーの被後見人だったというだけに過ぎないから、彼の親戚筋は黙ってはいない」
固まっていたメロが立上った。
「SPKに連絡をとる。そして連中が望むなら協力してもいい、いや連中の力は手広くやっていくには絶対に必要だ」
「て、手広く…メロ、まさか探偵屋をやろうとしてるのか?ニアは?キラは?!」
目を丸くしたマットの両肩を強く上から叩いた。
「ニアを連れ戻し、キラをぶっ倒し、Lの名を奪還する。Lはワイミーズ・ハウスのものだ!」
「オレも入ってるんだよな?」
「もちろん。ていうか逃がさん」
「よっしゃー、お前、変に気を使うところがあるから一瞬ここではみごにされるかと思ったぜ」
「で、開業資金は出して貰えるんだろ、代理人さんよ」
あっという間に話を決めた二十歳そこそこの若者二人に少し呆れていたが、内心、嫌がってでも資金作りのために働かせようとしていたことを思えば結果オーライだった。
「ああ、出そう。まずはロジャーに連絡をいれるから、ニアの居場所を探れ」
言い終わらないうちに、二人はテレビのニュースと新聞にチェックをいれていた。ニュース音声が流れてくる。しかし、YB倉庫の炎上、警察官三名の遺体発見の続報ではない、新たな事件の報道だった。暴力団関係者と思われる者が昨夜相次いで病院に運び込まれたが死亡し、全員が心臓麻痺の疑いあるという。調べてみると全国で同様に倒れて手当ての間も無く死亡する者が数十人にものぼり、警察、医療の場で混乱を来していた。
「キラか…数十人…今まで一時にこんな大量になんてあったか?」
「メロ、日本だけじゃないみたいだぜ、アメリカでも都市部を中心に倒れて死んでいる奴等が今現在の公式発表だけで約数十人…軽く百人越えてるんだろうな」
「FBIや政府にマークにされている連中が含まれるんなら発表しないだろうな、混乱が酷くなる」
ヨーロッパ、アジア地域にも同様の混乱が発生していて、突然死亡する者は数百人規模にまで膨れ上がっている。身元は指名手配犯から判明していっている。犯罪組織の人間に及べば、それを引き金にした抗争も世界各地で勃発するだろう。
「これは…広がるぞ…」
「デスノートはきっかけに過ぎない…組織の頭が死ねば下にいる人間が暴走するなんてザラにある」
報道にもキラの名前が出てきている。この異常事態に無人倉庫炎上の続報など望めなかった。
「メロ、マット。SPKに今から直接向え。これは早く手を打たんとこっちの身動きがとれなくなる。世界がキラに屈伏する」
「あんたは一緒にこないのか?」
「私はこれから準備にかかる、場所もいるだろう?それから今後、私のことはワタリと呼べ、Lはワタリを介していたからな」
「二代目に喧嘩売るのか、いいな」
やはり老人とは思えない動きで上着を引っつかんだ代理人、ワタリは部屋を飛びだしていった。
「…あれだけ身軽に動いてりゃ、爺さんだとは思ってくれないよなー、メロ」
「あれはまだあの変装に馴れてないとみたな」
「ところでさ、Mr.ワイミーの代理人、オレも見たことあったけど、女だったぜ」
「げ、女バージョンもあるってか」
「あんがい女だったりしてなー」
少しの間黙り込むが、気を取り直した二人は立上った。
「それは今後の課題としてだ、まずはSPKと修羅場だ」
「おお。後ろで応援しててやる」
「…ありがとよ」
まるきり援護の意志はない相棒に一瞥すると、メロもまた大股で部屋を出ていき、マットもそれに続いた。
08.05.13
ふつうにあとがきとしたいんですが…補足→■
01<
|