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 SSR (1)

 早朝から、表で人の声がひっきりなしに聞こえてくる。荷物をマンションに運び入れているところらしい。ここに引っ越してくる者がいるのかと、ニアはソファの上で丸くなったままで判断した。
 窓から見えていた木は桜の木だった。連れてこられたときから気になっていたが、今、ちらほらと小さな花を咲かせていて、もうすぐ満開になるという。それをぼんやりと眺めながら聴覚は物音に集中していた。
「…隣?」
 音が近くなっていた。すっかり目が覚めたニアは、起き上がると玄関に向かった。
「ニア、どこにいく」
 朝食の支度をしていた魅上が少し慌てたように声をかけた。振り向くと作業を中断してこちらにやってきていた。
「隣に引越してきた物好きを見にいくんです。一緒にいきますか?」
「……物好きとはなんなんだ」
「最近、この建物の住人はどんどん引き払っているでしょう」
「…この時期は日本ではどこも引越が多い」
「ここは賃貸ではないでしょう」
「そうだがな」
「キラの大粛正とやらの煽りで各地で暴力団の抗争が頻発しています。この周辺でも同様で、誰もが安全を気にしています。そんななかでの入居先のチェックは入念にならざるを得ないというのに、不自然に退去者が多い物件に入居を決めたということは不審に思わない鈍感な者か、どうしようもなくくだらないウワサがたっていてそれを確かめたいなどと考えた馬鹿者か………」
 くるりときびすを返し、ソファに戻った。見なくてもいい。業者が荷物だけを運びこんでいるだけだ。
「ニア?」
「もういいです」
 ニアは臨戦態勢に入った。考えなくてはいけないことがたくさんある。

 昼にさしかかろうとしていた頃、月は京都市内をタクシーで移動していた。天気がよく、観光できたならいい時期かもしれない。しかし、月はそんなうららかな表の景色を眺めている場合ではなかった。荷物に伏せた状態から背中の激痛で動けない。
「…にいちゃん大丈夫か? 府警の手前に病院あるけどそこいったろか?」
「……い、いえ……大丈夫です……」
 さすがに東京から京都へ新幹線移動は、背中への負担がかなりのものだった。駅へ到着しすぐさまタクシーに乗ったが、行き先を告げた直後、うかつにも気を失ってしまった。運転手は、まさか客が本来なら絶対安静の重傷患者とは思ってはいなかったが、それでも乗った直後から話しかけても無反応で、バックミラーで荷物に突っ伏しているさまを確認して焦っていた。
 何度かの呼びかけで意識を取り戻した月は、再び気絶をしないよう、体勢を整えた。窓の外にはタクシーと並んで飛行するリュークがいる。進行方向右手には塀が長く伸び、向こう側にうっそうとした森のようなものある。そこに興味をひかれているらしく、同じスピードで滑空しながら眺めている。激痛に悩まされている月はのんきな死神が心底うらやましいと思った。

 

「ええ?!出張?!京都!!そんな身体で無理よ月!」
 当然の反応を示したミサの後ろで、粧裕がおもむろに口を開いた。
「……じゃあお土産リストつくらなきゃ。生八橋とおたべって違ったっけ?お漬物、おとうさん好きだったからこれはぜったいに買ってきてね、おにいちゃん。あ、京都の警察署の記念スタンプなんてあってもいらないわよ。そうそう向こうの人には「どうせ」迷惑かけるんだから東京のお土産も持って……はいけないよね、たぶんそれだけで大荷物になっちゃう。宅配便で送ろうかしら。あとで住所教えてね。ところで何週間、何ヵ月ほどいってるのかしら。「当然」担当医の先生にはこのこと言ってあるのよね?あとでわたしに苦情がこないようにしてくれてるわよね?向こうでもちゃんと診察してくれるように紹介状はもらってあるんでしょうね」
「…………」
「…粧裕ちゃん、怖い……」
 ミサが怯えている。優しげな微笑を浮べて一気に言いたいことを言った妹に、月は確かに自分との血縁を感じた。目が据わっている。
 絶対安静だと言われているが仕事を持ち込み、昼夜を問わず入る報告を受けるために病棟の一番端の部屋を確保し、パソコンを繋ぐために電気工事まで施したところまでは病院側も許可したが、自分の体調を無視し続けるために裂傷を負ったところが開き、火傷が原因の化膿部もまだ安定しない。これ以上無理をすると治りが遅くなるばかりだという説得をほとんど聞入れず、ついには妹である粧裕に医師達は注意をするようになっていた。その苦情処理にほとほとうんざりしているのがよく判った。
「紹介状はここにある。少なくとも僕がここにいないとなると、お前には苦情はいかない」
「…京都から知らない先生から電話がくるなんてこともないわよね」
「絶対に無い」
「そう。それならいいわ。洗濯物はこれだけね、わたしはこれで家に帰るから。ミサさんはごゆっくり」
 ミサにだけはにっこりと笑って手をふったが、兄には念を押すような視線しか送らない。
 粧裕が出ていき足音も遠くなったところで、ミサがほうっと安堵のため息をついた。
「粧裕ちゃん…すっかり元気になってよかったね、月」
「…ああ」

 

 まだ目的地に到着していないうちから病院に担ぎ込まれるようなことがあれば、粧裕が何を言うか分からない。物静かな性格の粧裕が、あそこまでの嫌みや皮肉を言うのは本当に自分のことを案じているからで、兄としてこれ以上妹に心配をかけられない。
 ふと自分を叱るという人間は粧裕しかいないことに、月は気づいた。そういった人間は他にはこの世にいない。ほとんどすべて自分が手をかけた。
 意識がまた飛びそうになったとき、車が止まった。

08.06.02

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