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 桂 花 (1)

 月は、入院中に同時進行させていた二十件ちかい捜査を、退院と同時に解決させ、退院したその足で警察庁に出勤し、新たに二十件を手がけた。気付けばこの数ヵ月もの間、完全無休で働いていたことになり、上層部に『是が非でも休暇を取ってもらいたい』、と懇願されてしまった。
 いくら昼夜を問わない、しかもたった一人の特別捜査本部とはいえ、法的に問題があるし、何より、過労で倒れられでもしたら、などと尤もらしいことを並べ立てられたが、月がいない間に、特捜を一旦解散、元の課へ戻す手続きを済ませるつもりだろう。
『…これで日本警察はキラ捜査をうやむやのうちに打ちきる。少しはラクになるか』
 すべてそうなるように仕向けた月は、上層部の指示に従った。

 背中の包帯の量はだいぶ減り、背筋を伸ばして見上げることができるようになっていた。
 ひさしぶりに振り仰いだ空は、冷えた空気に支配されていた。そして微かに甘い香が滲んでいる。
「…花?」
 思いだしそうで思い出せない。月にしては珍しいことだったが、花のことよりもしなくてはいけないことが山積みだった。
 まずは、軟禁状態をものともせず、すくすくと成長する筋金入りのひきこもりの顔を見に、京都へ行くつもりだった。携帯電話を取りだし、魅上の番号を呼び出した。

□ ■ □ ■ □ ■

 紅葉の季節にはまだ早いが、夕闇が山を染め上げていた。街に灯りがともりだす。
 無理矢理の検査と麻酔まがいの痛み止めで、月にとっては迷惑きわまりない目に遭わせた大学病院を左に、タクシーは北を行く。車に乗ったときの常で、同じ速度で低空飛行するリュークは、月をちゃかすように病院を指差している。
 しかしタクシーは、すぐにその大通りから少し外れて閑静な住宅街に入った。目的の建物があらわれる。
 その建物、マンションの十階に密かに購入した部屋がある。隣室の魅上の部屋に比べるとかなり狭く、小さな部屋だが、室内を区切っていた壁をすべて取り払ったから、実際の面積よりは広く感じられる。
 その部屋は窓側とドア側という大ざっぱな分け方をしていて、ドア側には本棚とパソコンがある。窓側は、ベッドと小物を置くぐらいしかできない小さな棚があるだけだ。
 大半の住人が退去したせいか、マンションの中はひっそりとしていて、月は誰にも会わずに部屋に着いた。鍵を取り出しドアを開ける。
「………予想はしていたが……」
 眼前に広がる室内の様子に目眩を覚えた月は、面倒そうに振り返っている銀髪の少年を見やった。書類とおもちゃが足の踏み場もないほどに散乱していたのだ。しかし窓際のベッド周りは整然としている。これはこの部屋に閉じ込めている少年が、そこに近づいてもいない結果だろう。
 月は苦笑して靴を脱いで、散乱しているものを踏み越え、蹴り分けながらベッドのある窓際に向かった。
 少年、ニアはちらりと視線を動かすと、手元の書類に戻った。「仕事中」だったようだ。背中を丸めて座り込み、ローテーブルのノートパソコンを時折覗いては書類に戻り、口元に手をやっている。
 荷物を床に置くと、一息つくためにベッドに腰を下ろす。そして考え込むニアをじっと見つめた。ニアは月の視線に気付くと、ぷいと横を向くどころか、後ろに向いてしまった。子どもじみたニアの仕草に、声もなく月は笑う。

 ニアが見たとすれば硬直したかもしれない。
 それはひどく優しく、このうえなく柔和な眼差しだったが、月本人も気づいてはいない。死神だけが知るところとなった。

08.12.28

『トラック』『A color』よりも
先に移動させたのは
exciteに載っけるにはよろしくない(^^;)
展開を予定しているから、です…。

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