abouttextblog

 

 桂 花 (3)

 青灰色の闇が濃くなりやがて互いの顔も見えなくなる。それを惜しんで、月はニアへの口づけを止められなくなりそうになる。ニアの口内から二人の熱が溢れた。
 呼吸が追いつかなくなったニアが月の腕の中で暴れる。いやニアは力の限り暴れているつもりだが、月にしてみればただ身じろぐ程度に過ぎない。
 京都に来た理由は、ただ、ニアの顔を見、抱きしめたかっただけだと誰に言えるか。今日何度目かの苦笑を自分の中でして、いっそうの力を腕に込める。そして、抱きしめて口づけるだけでは済まなくなっていくのを自覚した。

−−離し難い

 一度抱けば気が済むはずだった。機械越しの神経戦を繰り広げた相手に、殺す前の一興のつもりだった。メロ、もしくはSPKの出方次第で殺すか生かすか、ニアは有利不利をコントロールするカードだ。それは今でも変わらない。変わらないが−
 何故、月はニアに執着を感じるのか分かりかねていた。理由などないのだろうか。
 腕がゆるんで、ニアが月の口づけから逃れた。息もろくに整わないままで月を睨みつける。
「こ、こんなこと、あの時の一度で充分でしょうが!! 欲求不満なら弥でも高田でも、彼女たちを相手にすればいい!!」
 呼吸の苦しさで目を潤ませたニアの抗議だったが、月は的を射たような、それでいてまるきり外した言葉に思わず笑った。他の人間で済ませられるのならとうの昔にしている。
「足りない」
「な……」
「ぜんぜん、まったく足りない。お前でないと意味がない」
 ニアにとっては、理不尽以上にまったく意味を為さない言葉だろうことは月には分かっていた。分かっているが、事実、ニアでないと意味がない。
 そんな月の思惑など理解も想像もできるはずもなく、目を大きく見開いて呆気にとられたニアは、ぼそりと呟いた。
「……酔ってますか、夜神」
 シャツのボタンを外しにかかった月の手を、ニアの手が抑えて止めようとした。「あいにく、素面だ」
「あなたの性癖はノーマルだと思っていたのですが」
 だから月はその手を取った。ポケットにでもまだ花の粒が残っているのか、微かに香る。
「仕方がないな。お前が男だったから」
 強ばらせていた力がぬけて、ニアの肩が少しさがった。月が掴んだ手も抵抗を止める。
「ニア?」
「…自分の立場を思いだしただけです。好きにしてください」
 ニアの顔はローテーブルのノートパソコンからの光だけに照らされていた。それが不貞腐れて横に向いてしまう。要領を得ない会話を終わらせたかったのかもしれない。
「じゃあ遠慮なく」
 離さないでいた手を引き、窓際へ連れようとした時、細い手首に抵抗と躊躇の力が入ったが一瞬でしかなかった。

 こめかみ、こめかみから目元、目元から頬へ口づけて、止まっていた手はシャツのボタンを外していった。
「………得した」
「…なにがですか」
「同一人物で二度、「初めて」なのが」
「……意味がわかりません」
 ただ思うことを思うままに口にし、ニアはそれを律義に返す。身体に沸き立つ感覚を抑えるためだけのもので、先刻から互いに理が通らないことを口走っている。
 普段なら苛立つことが、今は気にならないことが悪くないと思う。ニアにしてみればたまったものではないだろうが。
 シャツをはだけさせた胸へ指を滑らせると、肌がそれを追いかけるように粟立った。色づくところに触れれば肩が強ばり身体全体で震える。
 上体を少し起こしてニアを見下ろす。顔は背けたまま眼を固く閉じていて、身体に走る感覚を必死で耐えていた。
 −お前だって足りなかっただろう?
 そう言ってやりたくなる。あの時、ニアのなかから身を離したとき、蒼白だったはずの身体が淡い紅色に染まっていた。分け合ったものは熱だけでなかったのは、ニアも分かっているはずだ。
 小さく笑うと、手をニアの下腹に滑らせた。

「……や…やがみ…、はやく…抜いて…くだ…」
 ニアのなかへすべて埋め、息を吐いたが、ニアは呼吸もままならないように、声をかすれさせていた。何カ月も前に一度だけ及んだ行為が、身体に馴染んでいるはずもなく、それどころか、以前よりまして酷い強張りようだった。蒼白になったこめかみから床に涙が伝い、全身が震えていて、ニアは苦痛と羞恥に混乱している。しかしニアの苦痛が月にとってそのまま快感となってしまっていた。
 月がニアの涙を唇と舌で掬うと、その動きがニアをさらに追い詰めて、悲痛な声を上げた。
「う、うごか……ない…で……い、たい…」
 無茶を言う。動かなければずっとこのままではないか。
「……じゃあ、抜かなくてもいいんだな?」
 もう応えられなくなったニアは弱々しく首を振った。
「…そのうち、お前も…」
 月もニアの強張りに追い詰められる。上体を起こし、ニアの腰を掴んだ。
 月の動きがそのまま伝わり、ニアの背が絨毯を擦るほど固かったのが、徐々にニアのなかが月のそれを受け入れようと柔らかくなっていった。激痛が治まってきたのか、ニアの目元が淡い朱に染まる。ただ、顔は相変わらず背けたままだった。唇の端に、噛み切って血が少し滲んでいた。思わず舐めとると、その動きがなかを抉るかたちになってニアは息を詰まらせた。月が動くたび、ニアが身じろぐたびに、繋がるところから熱が火のように広がった。
 一度目のときとは違い、ニアは気を失った。月はニアがなぜあのとき自分の成すがままになっていたのか、しばらくしたあとに気付いた。
 人形を見られたくなかったのだ。
 それはおそらく、Lを象ったものではない人形で、それを自分から遠ざけるためには気絶できなかったのだろう。
「……お前…もう少し、うまくやれただろう…?」
 倉庫炎上のときも自分一人だけで現れた。あのとき、ニアもその場に現れなければ、そして外からあの倉庫を爆破することも出来たはずだというのに。
「僕がキラであることの証拠を得る…それをお前がこだわっていたことは解っていたが…」
 そしてまだ、ニアは諦めてはいないのだ。ここまで捨て身になれるものなのかと、思い至って、ニアの顔を静かにのぞいた。
 涙に濡れた頬に銀色の髪が張り付いている。月はそっとぬぐうように払った。それは自分でも意外としか思えないほど丁寧に動いて、苦笑してしまう。ニアを殺すことしか考えていなかった時期もあったではないか。
 あの襲撃が成功していたなら、今頃どうしていただろう。
 羽織ったままでいたシャツのポケットをさぐると、Lの人形が出てきた。行為の最中、無意識かポケットを外から掴んでいたのだ。しばらく小さなそれを見つめて、また戻すと、シャツをきちんと着せた。そして細い身体を引き寄せる。
 完治していない背中は、抱きかかえるようにしていると痛みが走る。けれど腕のなかにすんなりと収まったニアを離しがたくて、ニアが気付くまでの少しの間でもと、月は腕をその痩せた背に回した。

09.1.6



<(2)

abouttextblog

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル