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　晩 夏 (2)

　月の声が遠くなったり近くなったりして、熱に浮かされていると面白い聞こえ方をする。
　ニアは、部屋をヘッドフォンでの会話をしながら歩き回る月を見ていた。タオルやニアの着替を拾い上げ、腕にかけていく。
　洗濯してあるものの、いい加減に放ったままにしていたうえに、書類やおもちゃが積み重なっているのによく分るものだと、ニアは思った。
　歩き周り拾い上げるだけなのに、隙の無いきれいな所作だ。探し回ることをしていない。ただ、ふいに止まるときがある。ぼんやりとした思考のままながめているので、夢を見ているのかもしれない。思わずモニターのコントローラーを探そうとしてしまった。　

　ふわりと身体が浮いた。ニアはいつの間にか閉じていた眼をまた開いた。
　月の腕がニアの背の下に差し入れられて、上体を起こしている。
　ニアには、手際よく替えのパジャマに着替させられていく自分の状況が、他人ごとのように思えた。細い筋が一周する月の左手首が目の前を横切る。
　たしか右利きだったはずだが、その左手は器用にニアのボタンを止めていく。
　軽い落下感ののち、背中や頭が柔らかい場所に落着く。ニアは、また目の前を横切る月の左手を掴んだ。振り払うかと思ったのにそういった反応はなかったので、よく見えるように手首を目の前に持ってきた。
　相当近づけてもまだ視界がぼやけている。少し遠ざけてみる。硬い何かを長時間当てられてついた跡だ。その硬い何かはなんだろう。

□

　月は、呆れながらも自分の手首をニアの好きにさせた。焦点の合わない眼で手首を近づけたり遠ざけたりしている。
　外国の捜査機関と応答しているそばで、日本の夏に対し、呪詛のようにぶつぶつと悪態をついていたのだが、大人しくなったと思えば、ニアは、今も残る月の手首の細い筋を凝視している。
『寝ぼけているな』
　普段のニアなら、自分から月に触れるようなことは絶対にない。

　数時間前、体調不良を隠し、月に組み敷かれながらも暴れて抵抗した。
　身長が伸び、力も以前より増したが、それでも一度組み敷いてしまえば、主導権は最後まで月にあった。
　身体ごと横に向こうともがくのを無視して、シャツの下に手を差し入れると身体が跳ねた。肉付きの薄い体躯は女とは違いすぎたが、男にはないようなしなやかさで、硬さもない。運動をせずに成長するとこういう身体になるのかと、もっと確かめるようにゆっくりと腰骨から胸へ手を滑らせた。ニアが一瞬眼を見開いて、身体をこわばらせた。
　一言二言からかうと、悔しそうに唇を噛んで顔を背ける。なおも押さえつけられている手を外そうと力を入れたが、うまくいかず身をよじるだけにしかならない。月は押さえつけていたニアの手首を少し緩める。そしてあらわになっていた首筋に口づけた。エアコンが効き過ぎる室内で、半裸状態になっているにも関わらず、触れる肌はどこも熱い。
　少し無理な姿勢だったが、身体を開かせようとした。ニアの反応をもっと見ていたいが、それは一度自分の欲を吐きだしてからだ。
　月がニアの脚に手をかけたとき、ニアは突然波打つシーツに突っ伏した。力尽きたように動かない。
「…ニア？」
　体力が尽きたのは分るが、今までならせめてもと、身体を丸めようとするのに、動こうともしない。脚を開かせ、身体を割り込ませながら背後から抱きしめた。
　ニアの細い身体から尋常でない熱が伝わる。目尻に涙を浮かべて、苦しげに呼吸している。それらは情欲からくるものではないことに嫌でも気付いた。
　パソコンから、着信のアラートが鳴ったのもこの時だった。月は、自分の裡から一気に性欲が引いていくのを感じて、舌打ちする気にもなれなかった。

　左手首を自由にさせたまま、右手で額の髪を上げてやる。熱はだいぶ下っていた。
「………この手錠の跡はLですか」
　少し掠れた声だった。ニアは相変わらず月の手首を掴んで見つめたままだ。
「…手錠で合っていますよね」
　熱の影響でどことなく言葉が繋がっていないが、間違ってはいない。手首に細い均一の筋をつけるとすれば、手錠ぐらいだ。そしてそこからLに結びつけるのも、これまでの経緯から当然だった。
「ああ、そうだ。３メートル弱の鎖の先には竜崎がつながっていたさ」
「L……彼が存在していた証拠の一つ……」
　ニアにしては珍しく感傷的なセリフだと月は思った。
「誕生日の出来事としては悪くない…L…」
　夢の中にいるかのようなつぶやきだった。月は手首をつかませたまま、それを横に降ろす。ニアが抵抗しなかったのは、すでに目を閉じて眠りに入ろうとしていたからだった。
　月は、身体の細さと対照的に、神経が太いと改めて思った。生殺与奪を握られている人間の態度ではない。苦笑して身を屈めると、祝いの言葉を耳元で囁いた。

10.04.17

やややっと書けた(^^;)
またあとでこっそり書き直すかもしれませんが。
ぼけぼけニアちゃんです。

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