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ミルク(1)
ワイミーズハウスに初めて赤ん坊が入所した。まだ新生児のうえ、肺炎を起こしかけているということで、併設している医療棟で治療を受けている。なのでまだ誰もその子を見ていない。
そんな話を聞けば好奇心はかきたてられて、何人もの子どもたちが医療棟に忍び込み、もしくは怪我をした、風邪をひいた、おなか痛い、などと理由をつけて侵入をはかったが、ことごとく失敗している。
こうなれば、ハウスでは別格の特別扱いのあの人物に任せるしかない、と何人かの子どもたちは結論に達した。もはや赤ん坊のことより医療棟の侵入が興味の大部分だった。
施設の一室を占居して閉じこもるその人物は、普段から何をしているのか、目の下に濃い隈を刻んでいて、しかし眼光はするどく、ひどく大人びた話しかたをする。
子どもたちは、いつもその人物、彼が同年代であることに違和感を感じずにはいられなかった。そして、持参したケーキにつられてあっさりと承諾した彼に、今度は拍子抜けた。
はだしの足をソファにかかえあげたまま、ケーキをフォークでつついては食べていた彼は、そのままの状態で口を開いた。
「それでは今からいってきますよ」
「えーっ、もう夜中だよ」
「だからですよ。人がいなくて好都合です」
「いやセキュリティすごいとおもうぜ」
「ああ、そういやそんなものがありましたね」
癖なのか親指の爪を噛みつつソファから降りる。そして、パソコンの前ににぺたぺたと歩み寄ると、キーボードを叩いた。
大量の文字列が下から上へ走り去ると、建物の図面らしきものがあらわれ、赤い点滅が至る所にあったが、それらが、彼がもう一度キーをたたくと一瞬で消えた。何をしたか、子どもたちにも分かった。
「うわっ、そんなんありかよ、セキュリティはずしたのか??」
「カメラだけですね、通常のものと赤外線のものと」
「……それ以外に何があるのさ……」
「ていうか、なんでそのパソコンでセキュリティいじれるんだ??」
「すぐ復活しますよ、30分ほどで。見つかっても充分逃げ切れます。複雑な構造でもなし」
子どもたちの至極もっともな反応を受け流して、振り返る。
「いっしょにきますか?」
「……えんりょします…」
「ケーキをもっと用意しとくから、どんなだったか教えてくれよ」
「わかりました」
じつは彼は、行動するには自分一人だけのほうが動きやすいと思っていたので、わざと怖け付くような手段を披露したのだ。
きょろりと周囲をみまわして、部屋から出ていった。
09.02.16
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