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ミルク(2)
この養護施設は、赤ん坊、それも生まれたばかりの新生児を預かることはこれまでになかった。
「ワイミーさんは気まぐれなところがあるから」
彼、Lは医療棟の前にきたところで呟いて、きょろきょろと辺りを見回してみた。ガラス戸になっているドアを押し開いてそっと中に入る。セキュリティを外したときに一緒に開けておいたのだ。
Lも赤ん坊にとても興味があった。写真やテレビで見たことはあっても、本物の赤ん坊など見たことがなかったから。
小さな小さな、ヒトとして不完全な状態で生まれでてきたもの。
自分もかつてそうであったのだと頭では理解できても、不思議な気持ちになる。だから、他の子たちに言われる前から、医療棟の状況と赤ん坊の部屋の割り出しを済ませていた。
迷いもせず、その部屋の前にきた。引き戸になっているドアの隙間からあかりが漏れている。そこに指をかけて音を出さないように引いた。
中をのぞくと、そこは小さな部屋で、窓に薄い色のカーテンが降りていた。その前には柵のついた小さなベッドがある。
側にいってみると、ひよこの小さなぬいぐるみのしっぽを、さらに小さな手でつかんだ赤ん坊が眠っていた。
ガーゼのような白い服を着せられて、タオルケットをかけられている。やわらかそうな、銀髪といってもいいくらいの淡い色の髪がふわふわと額にかかっていた。
「………マシュマロ………」
しっぽをつかんでいない方の、ガーゼのそでからほんの少しだけのぞく手をつついてみたくなった。自分の手をじっとみて、一応の処置とばかりカーテンでごしごしとふく。
そっと指を近づけた。慎重に起こさないように、息をも止めて指先に触れた。二度、三度とつついて、何度目かで、小さな掌が彼の指を掴んだ。
「−−−」
期待はしていたけれど、いざその反応があったとき、どうすれば良いのか考えにいれてなかった。まったくの未知の経験に、普段の思考力が追いついていないようだ。
ひっぱれば簡単に放すだろう。だけど、予想外の力強さに面食らってしまう。
そして、赤ん坊がその目を開いた。ぱっちり、という音が聞こえそうなほどの突然さだった。
大きな真っ黒の目。まだ周囲を認識する機能を持ちあわせていないその瞳は、それでも自分が掴む指の持ち主の顔を見上げたようだった。みるみるうちにしかめつらになっていく。
「まずい……ですね」
ぼそりと呟いた。
しゃくりあげるような反応を身体全体で示した。掴んだ指に一層の力をこめてくる。
彼が逃げ出そうとしたそのとき、大声で泣きだした。
09.02.18
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