大臣閣下の日常業務

 アズカバン脱獄事件が発生して一週間。連日の対応に追われていたが、今日もその一環で法務局を訪れた。アズカバンの非常事態時の運営についての報告を受けなければならない。本来なら、自分の執務室に来させても良かったのだが法務局職員の強烈極まりない皮肉を自室で聞く気になれなかったところに、担当職員の体調が万全ではないとのことで、出向くことを二つ返事で了解した次第である。

 
「ご足労いただいて申し訳ありません、閣下」
 魔法省内最下層の暗く重苦しい通路をつきあたる位置に、その部屋はあった。ノックをすると女性の声があった。安堵のため息をついて入室した。
 そこは竹林に囲まれた水辺だった。
 清冽な緑と風、せせらぎの音、空は青く高い。
 呆気にとられたファッジの目の前に、古めかしい籐製の円卓に書類を広げていた女性がにっこりと微笑んでいた。
「……これは…いったい?」
「スクリーンですか? 大変でしたのよ、環境局との交渉。最後には法務局総出でくじを引いたんですから。すてきでしょう? 隣は南極大陸でしてよ」
 にこやかに応じながら立ち上がろうとする。ピンクの髪色をした若い女性がするりと現れ、かつ慌てて女性に駆け寄った。
「もう、急に立ち上がらないでくださいよ〜、ご用があればわたしに全部言ってください。あ、閣下、すみませんが、そこのソファにお座りください。お茶をただいま」
 自分が属する組織の最高位に位置するので、一応は『閣下』など尊称してはいるが、あからさまに直属上司の方を気づかっている。
 しかし、ファッジのほうも理由はわかっているので素直にソファに腰掛けた。
「ごめんなさいね、でも、ぜんぜん大丈夫なんだけど……」
「ダメです。この前もそんなこといって倒れてたじゃないですかっ」
 ぱたぱたと茂みの方へ駆け出すと、するりと消えた。そして茶器一揃いを抱えてすぐ現れた。
「……そういう押しの強いところ、お母様にそっくりねえ、ニンファドーラ」
 杖を振り回す、ピンク色の髪の女性にため息まじりで言ったが、言われた方は反射的に振り返った。目がつり上がっている。
「トンクスです。名前は言わないでくださいっっ」
「はいはい」
 お茶を少し飛びただせながらも、大臣に出したあと、トンクスと名乗った女性は上司の机までいくと手をとった。
「はい、どうぞ。イーストシティ先生」
「ありがとう」
 ゆっくりと立ち上がった女性は手を引かれて机を回った。白い、ゆったりとしたローブのお腹の部分が膨らんでいた。
「来月、だったかね?」
「ええ。男の子なんですのよ」
「ほほう、分かるのかね」
「近ごろはいろんな検査で性別が分かるようになってるんですって。ああ、マグルの医療機関での検査ですけれど」
「てっきり聖マンゴかと思っていたよ」
「兄が勤めていた病院に。今までの子どもたちもですけれど」
「四人めでベテランおかあさんなのに、なんだっていつも無茶するんです? この前のとき、ダンナさんが駆けつけてきてムダに騒ぎが大きくなったんですからね」
「あらそうなの?」
「……気を失うってステキですね? 先生」
「この前、とは?」
「先月の二十八日。ここでですよ」
「そうなんですって」
 トンクスがあきれ返りながらも応え、女性、イーストシティは感心したような、他人事のような風に大臣に請け合った。
「………はあ」
「?」
「お茶のお替りしましょうか? 閣下」
「……悪いね。それじゃあ、今度はもう少し熱いのを頼むよ」
「あら。トンクス、お湯がお水なんじゃない?」
「えっ?! ああっっ、忘れてた!! ごめんなさい、す、すぐ入れてきますっっ!」
 彼女も十分騒がしい、と思いつつファッジはもう一度ため息をついてソファに深くかけ直した。
「二十八日…アズカバンの件では私個人についても?」
「まあそうだ。だがもういいんだがね」
「ひょっとして私、重要参考人になっているのですか?」
「鉄壁のアリバイから外されたがね」
「それじゃあクラウチさん、この件だったのかしら。午前中にいらっしゃって」
「何か言ってたか。彼は来年のワールドカップだのでそれどころではないだろうに」
「ええ、私の姿を見てため息をつかれて。そのままお帰りになられましたわ」
「そうだろうなあ。本当に君はアズカバンに行ってないのだね?」
「行きましたわよ」
「何っ」
「昨日ですけれど。閣下にご足労いただいたのは、ディメンターをホグワーツへ出向させる許可をお出しになられたでしょう、その手続きについてではないですか」
 すました顔で付け足す女性に、ファッジは脱力しきってソファに沈んだ。
「…そ、そうだったね」
 組んでいた手をほどいてまた組み直す。なるべく視線を合わせないようにしたいのだ。なので、正面の女性の視線がにわかに厳しくなっていく様が見えなかった。
 若干、事務的な調子を帯びた声音が続く。
「出向する者の人数、禁止条項の周知・順守の徹底、とくにシリウス・ブラック以外の人間、動物、建造物に危害が及んだときの懲罰を納得させますのに時間がかかりました」
「連中との意志疎通は難しかったろう」
 労をねぎらうつもりだったのだが、思わず顔を上げたために、女性の視線とまともにぶつかってしまった。微笑を浮かべているが、これは呆れているらしい。
「………続きを聞こうか」
「では」
 手元のいくつかの書類の一つを手にとり、視線をそちらに移す。
「…そして残る者でのアズカバン運営についての指示、これは出向人員が半数以上になるので、運営に支障をきたすためという理由で、収監日数が一年以下の者は特例で釈放とされましたわね。それについても法務局の意見もなしに。その事務処理だけをこちらにふっていただいて光栄ですわ」
 魔法省法務局はその職務上、政務関係の各局と距離を置き、法務局職員は階級の上下を越えて時には上層部にも意見する立場にあった。
 高圧ともとれる発言をする者が多いなかでこのイーストシティという女性は穏やかな物言いをする。まだ三十歳をいくつか過ぎたばかりで、ファッジにとっては親子ほどにも違う若い職員でもあり、なので、単なる気分の問題なのだが、発言内容がたとえ苛烈であっても、頭ごなしの抗議をぶちまける他の職員よりずっとましであった。
 最後の皮肉を受け止め即答した。
「済まなかった。一刻を争っていたのだ」
 跳ね返ってきた詫びに女性が苦笑する。そして、また別の書類を取り上げた。
「当日のアズカバンの状況から、ブラックは単独で動いたようですわ」
「手引きした者などいない、と?」
「看守たちはそう主張しています。アズカバンに入ったその日からの行動はすべて記録されていますが、他の囚人との接触はなく、問題行動もない。記録だけみれば模範囚……最後に言葉を交わされたのは閣下ですわね。新聞を渡されたとか」
「ぐ、ちょ、ちょっとまってくれ、そこは捜査局の範囲じゃないかね」
「ええ、頼まれましたの。…ディメンターと話せる者が限られてますし」
「だからといって君に頼むとは…」
「特別手当をいただけますか?」
 戯けたように言って、書類を封筒に収めた。
「うむ。考えよう。捜査局の人手不足はわかっとるが、いくら君が十二年前までは闇払いだったとはいえ…」
 アズカバンについての報告書や資料を小脇に抱えて立ち上がった。

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しつこく3巻ねた。4、5巻要素含。
各部署名はなんかてきとう風味ですが
まあこんな感じで。
トンクスちゃん20歳くらい。
全部で3話予定。

2007.7.10

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