Bush clover 15

 逆転時計を手にしたリリーの周囲に、淡い光が灯った。そしてそのまま、リリーは一歩踏みだすとルーピンの背に腕を回した。
「………こんなに背が高くなったの、いつごろなの? あたしとあんまり変わらないリーマスしか知らない」
「六年か七年……かな」
「制服はどうしてたの? 三十センチは軽く伸びてるもの。追いつかなかったんじゃない?」
「そうだね、買うより周りから貸してもらったほうが早かった」
「ブラック?」
「………そう…だったかな」
 ルーピンから腕をそっと放して、リリーはそのままじっと見つめていた。
「喧嘩したんなら仲直りしなきゃ」
「違うんだ」
 即答したルーピンにリリーは、少し眼を丸くした。思わず飛びだした言葉に動揺して、顔を彼女から反らした。耐えられそうにない、だけど、もっと話したい、全部話してしまいたい。
 過去、逆転時計の力に振り回された魔法使いは数限りなく、そのため、その『悪用』の事例集の読了は使用者に義務づけられていたが、リリーのこの行動は記録されていないことに気付いた。当時のダンブルドアが内密に処理したのか。報告にきたスネイプにとくに指示を出さず、さらにリリーを校内案内に喜々として連れ出したというから、彼女の出現、(もしくは行方不明)から顛末に至るまでを知っていたのだろう。
 数年後に彼女に迫る危機を知らせることは、何を意味するのか。ダンブルドアは何を思っていたのか。
「……聞かないから。本当は問い詰めたいほどなのよ、だけど聞かない」
 もう一度繰り返す言葉と同時に、纏っていた光が強くなった。
「リ、リリー、待っ……」
「手紙、書くわ。今のあなたに届くように」
 笑顔で見上げたリリーが光の中に消えた。彼女がいた場所に残された光も急速に消えていく。
 青い闇が室内を制したとき、堪えていたものがあふれた。
「……シリウス……今君を見つければ…僕は…」
 くぐもった声だけが辺りに聞こえるだけだった。

 数日後、満月が明けた朝、気付くと医務室に運ばれていた。マダム・ポンフリーが顔を覗き込んでいる。
「……おはようございます……」
 意識が戻った自分に安堵したような表情を一瞬だけ浮かべ、すぐに厳しい表情になった。
「おはよう。脱狼薬をきちんと飲んでいたのでしょうね。右肘と左足首が切断寸前でした。発見がもう少し遅れていたら失血死していましたよ」
「決められた分量は飲んでました。一応……」
「一応?!」
「い、いえ、しっかりきっちり飲んでました」
「………まったく……脱狼薬はまだ改善の必要がある薬ですが、かといって魔法省の機関が製造した薬はどうしようもないし……」
「ご存知だったのですか?」
「………セブルスに見せてもらいました。あなたがどういうわけか資料を持ちだしていたようね、リーマス。十年ぶりに戻ってきたはずなのに」
「あ、そ、その……」
 それは自分の重要機密で誰にも言えない。魔法省に施されている結界、暗号解読は自分だがじっさいに忍び込んだのは別の人物である。
「……あの…退院はいつぐらいに……」
「今日一日はここに居てもらいますよ。足と腕はあなたが眠っているあいだに完治させましたが、大量失血してますからね」
 マダム・ポンフリーが杖を振ると、カーテンの向こうから大人が抱えなければ持てないような大瓶がふわふわとやってきた。中には、淡い黄色の液体が口部分に迫るほど詰められ。小さなあわ粒をとめどなく発生させている。凝視したルーピンは息を飲んだ。
「ま、まさか……これを…?」
「何がまさかですか。これを午前中の内に飲みなさい。造血剤です」
「………はい……ありがとうございます……」
 身動きが取れない以上、従うしかなかった。

 

 薬を飲み始めた矢先、スネイプ教授がやってきた。恐ろしい形相だった。
「貴様、決められた量を誤魔化したのか、余計な混ぜ物をしたのかどっちだ?!」
 意識が戻ったばかりで弱り切っている相手に容赦ない。ルーピンは深呼吸をしてから答えた。
「量と時間、どちらも厳守して飲んでいたよ。ごめん、セブルス。ちょっと体調を崩していたんだ」
 椅子を寄せどっかと坐ると、さらに睨み付けた。
「それに、いろいろあったからね…。部屋から飛びださないよう封印はしていたし、あれは狼状態では解除できない」
「………あの面妖な封印はどこで仕込んできた? 解くのに二時間はかかったぞ」
「ああ、あれは父が古文書から発見したものでね、東洋だか南米だかのものらしいけれど。えっと事務所のなかは……?」
「血の色一色に染まっておるわ。窓を開ければ匂いでさぞやにぎやかなことになるだろう。一瞬にしてディメンターの吹溜りだ。……開けてきてやろうか。奴等を手懐けて教材にしたらどうだ」
「すみません、ごめんなさい。迷惑をかけました。お願いだからそれはやめてくれ」
 スネイプの本気を察知したルーピンは平謝った。結局、自分の不始末はほとんどすべてを彼が始末している状況を思い出したのだ。
「ふん。部屋のなかの血痕、血溜まりは消しておいた。生徒が見ればまた厄介なことになるからな」
「ありがとう。ここに運んでくれたのも?」
「ああ。薬を飲んでいても記憶を飛ばしていたのか?」
「いや、覚えている。狼としての衝動と私の中の殺意が同調したのだと思う」
 コップのなかの薬がなくなるたび、大瓶が浮き上がり、勝手についでいく。話しながら、つがれていく液体を眺めていた。
「殺意?」
「……私は、もう少しでリリーにすべてを話すところだった……一方で、話さなかったことに後悔している。彼女は戻り、卒業して…そしてもう二度と会わない。幸せな彼女を知ることが叶わない。そう思うと私のなかにあったものが抑えきれなくなりそうだった。それを戒めるために、自分の足を食いちぎったんだ。それが精いっぱいだった」
 コップに視線を落としてため息をつくと、それを口に運んだ。
「……これ、何リットルあるんだろう……午前中に飲めって言われてるんだけど」
「エヴァンスは、どれだけの情報を持ち帰ったと思う」
「……分からない。ハリーをジェームズの子どもだと知ってしまったけれど、母親には考えが及んでいないらしかった。リリーは、この世界では自分が居ない、死んでいることを知っていた」
「逆転時計を使えば、同じ時間軸に複数の自分自身と存在することになる。そのときの気配は」
「うん。あれは慣れるのに時間がかかるね。目が回りそうだ」
「……エヴァンスにすべてを教えたところで、相手が悪すぎる」
「……だから、自分の逆転時計で過去に行くことを考えたけれど」
「…ブラックを殺しにか」
「……ああ。そうすることでもっと事態が悪くなるかもしれなかったのに」
 ルーピンが珍しく自嘲している。シリウス・ブラックに対する殺意は自分が抱くそれより大きく、重いのだろう。
「年が明けたら、ハリーに守護霊の呪文を教えようと思う」
「…あれは十三歳の子どもには無理だ」
「完璧なものではなくても、ディメンターから避難できる程度なら…だけどハリーはこの方面の魔法にはすごい才能がある…教えていてそれがよく分かった」
 スネイプは立上がり、ルーピンを見下ろした。
「気が済むようにすればいい。だが、奴をとっとと見つけだし、始末するほうが早いぞ」
「……分かっている…セブルス」
 出ていこうとしたスネイプを呼び止めた。スネイプの暗い色の眼を見据える。
「もう少しの間だけ迷惑をかけるだろうけど、よろしく」
「…今すぐにでも出ていけ。我輩はいっこうに構わん」
 スネイプのいつも通りの口調にルーピンは苦笑した。

 


エピローグ/プロローグ “喝采”

 ジェームズは、眼を真っ赤にしたリリーが校長室から出てくるのを見かけた。いや、待ち伏せていた。
 力の限りに嫌われているのは自覚している。だからこそ大人しいアプローチでは通用しないのだが、近頃は作戦の方向性を考え直せと友人たちに言われている。
 リリーが近づく。ほとんど条件反射で飛びだした。そして小柄な彼女を見下ろして、言葉がつまった。今日のリリーはあまりにも意気消沈していて、用意していた言葉がどこかへ行ってしまったのだ。
「エ、エヴァ……」
 ジェームズの前でぴたりと止まったリリーは、いつもなら回れ右をしてダッシュで駆け出していくのに、今日はじっと見上げたままだった。まだ涙が瞳にあって、いつも以上に澄んでいた。
「あ、あの…どうかしたのか?」
「………来年から、全科目を受けられなくなったの」
「全科目って…マグル学も?」
 両親や妹、親類縁者すべてがマグルという環境で育ったはずなのにどうしてマグル学を学ぶ必要があったのだろう。その疑問がジェームズの顔に出たのか、リリーは落胆しながらも答えた。
「魔法界がマグル界をどう捉えているのか知りたかったから。でも来年からはあきらめなきゃ」
「そうか……でもどうやって? 時間重なる授業だってあるだろ? テストだって」
「うん。それが大丈夫な道具があるんだけど、ちょっとふざけちゃって取上げられちゃった」
「なんの道具」
「言わない。言っちゃダメだから」
「……あそう…」
 
 リーマスは、校長室の前で、世にも稀なる光景を眼にした。ジェームズがリリーと二人だけで何か話し込んでいる。一緒にいた友人二人を慌てて呼びかけた。
「シリウス、ピーターっ、ちょっとちょっと」
 奇妙な慌てようで呼びかけるリーマスに、引き寄せられるように視線を向けた。途端、シリウスは硬直した。ピーターもだ。
「………ジェームズが偉大な一歩を踏み出した」
「今日はお祝いしなきゃ」
 シリウスが呟くと、ピーターも同調した。リーマスはにっこり笑って、しかし声をひそめた。
「僕、お酒とってくる。すごく高級そうなのを見つけたんだ」
「どこで」
「スリザリン寮のなか」
「………監督生ってのは各寮フリーパスなのか?」
「ううん。だけどパスワード、この前、分かったんだ、偶然」
 シリウスは小柄な友人を見下ろして、本当に偶然だろうか、と訝しんだ。だが、今日の宴会は決定事項だ。取ってくることに異存はない。
「よし、じゃあ、リーマスは酒、ピーターは厨房でなんか見繕ってくる。俺は今からホグズミートに行ってくるから。今日の主賓はジェームズ……」
「リーマス!」
 音を立てないように退却しようとしたのに、リリーがリーマスを見つけた。
 リーマスが振り返ったのとリリーがリーマスに飛びついたのは同時だった。勢いがつき、リーマスはリリーを抱えたまま後ろにいたシリウスに激突した。女の子とはいえ、あまり自分と背丈の変わらないリリーの勢いを止めることができなかったのだ。
 シリウスが二人分の体重をまともに受け、倒れなかったもののせき込んでいる。ピーターは危うく難を逃れた。
 ジェームズが向こうで呆然として突っ立っている。少し泣きそうな顔にも見える。
「ご、ごめん、シリウス。リリー、どうしたの?」
「ううん、なんでもないの、ダンブルドア先生に怒られてただけ。……あんなに楽しそうに案内してくれたの、分かったような気がする」
「?? なにそれ?」
「なんでもないの。リーマスの顔みたら安心しちゃった」
「……せめてジェームズの聞こえないところで言ってくれ、泣いてるぞ、あいつ」
 シリウスは、二人分の体重を支えたまま言ってみた。何度も繰り返される状況で、あまりにも進展が見られないから半ば諦めぎみである。
 しかし、今日のリリー・エヴァンスは様子が違っていた。
 そっとリーマスから腕を放すと、ジェームズに振り向いたのだ。ピーターは慌てて窓の外の天気を確認した。雨か雪が降り出すかもと思ったのだ。振り向かれたジェームズも、自分が夢に見るほど望んでいた状況、せめて『普通に自分と話すリリー・エヴァンス』というささやかな願望ではあるが、それが実現しつつあり、そして、先刻もその状況だったことに今さらながら気付き、思わず身構えた。
 リーマスはそろそろと退却を始め、シリウスもピーターの襟首を掴んで下がり始める。
「ポッター……」
 彼女の呼びかけにジェームズは硬直している。足音を立てないように離れつつある三人は、次に泣きそうになってこちらをちらりと見たジェームズに声を出さずに励ました。
『このチャンスを逃したら一生無いぞっ』『ここで少しでも仲良くなるんだよ、ジェームズっ』『ジェームズ、がんばれっ』
 そして、三人はくるりときびすをかえし、駆け出した。
 リーマスはリリーが本当はジェームズのことを周囲が知るほどには嫌ってはいないことをよく知っていたから、自然に微笑んでしまう。

 
 ゆっくりと、何かが始まった。

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いろいろ訂正しているうちに1000文字ほど
増えてしまってます。

2006.1.6

なんだかハッピーエンドかバッドエンドなのか
わかりませんね…
でもこの『Bush clover』は
今後upする話の基本軸となります。
なのでそのうち続編みたいな話を書くかもしれませんし、
途中で挿入してよかったんじゃないか?みたいな話も
書くかと思います。

2005.12.24

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