ルール

「待たんか、バカ者」
「うわ」
 食事を終え、大広間から出ていく者が出始めた頃、ルーピン教授もそれに釣られるように立ち上がっのだが、スネイプ教授はそれを阻止するべく、襟首を捕み、椅子に無理やり戻した。
 ルーピンは継ぎ接ぎだらけのローブの下に、粗末さではローブと変わらないシャツやセーターなどを重ねて着ている。その為に判らないが、かなりやせ細っているのだ。上背がある自分とあまり変わらないというのに、片手で易々と動きを止められる軽さに、内心でぞっとする。
 本人は後ろに引き戻されて驚いたようなのだが、きょとんとした顔で自分を見上げていた。
 呆れつつ、ほとんど手をつけられていない食事を指さす。
「リーマス、きちんと食べねばのう」
「はい、すみません…」
 校長のにこやかに諭すような言葉に、恐縮したような笑顔を浮かべる。これでは学生時代、しかも低学年時代のようではないか。
 呆れ果てた所に、視線を感じた。反射的に視線を返す。苛立つのとグリフィンドールのテーブル付近だったのとできついものとなる。案の定、眼があったのはハリー・ポッターとその友人二人だ。怒気を感じたか、三人とも一斉に回れ右をして駆け出していった。
「まったく…」
「あの子はジェームズと違うんだから、そんなに邪険にしなくても」
「うるさい」
 苦笑まじりで言ってくるのを一言で一蹴した。そして肩をすくめられたのを感じたが無視した。
「ハリーは大きくなったね。汽車の中で会った時、少し驚いた」
 穏やかな笑みを浮かべて呟く新しい同僚を見下ろした。
 淡く灰色がかった茶色の髪に、白い筋が幾つかあった。顔つきが実年齢より若く見えるだけにそれが目立つ。十二年もの間、世界中を放浪していたというその蓄積された疲労と、患っている病のためだった。
「父親と瓜二つだからか」
「それもあるけどね、十年くらい前に一度こっちに帰ってきてたんだけど、その時に会ったんだ。もちろんハリーは覚えていないけど…庭の隅で泣くのを我慢していたよ」
 椅子を引き寄せ、スネイプは腰を下ろした。二人の目の前には、食事が冷めきっている。
「で、この前に食事を摂ったのはいつだ」
「ええと…三日前だったかな」
「金が無かったのか?」
「いくらなんでも食べるものくらいは…。食欲が無いだけだよ」
 不思議そうにスネイプの顔を見た。 
「何だ」
「いや、私がここに来ることを最後まで反対していたのは君だっただろう? なのに何故気にかけてくれるのかなと」
「校長命令だ。そしてブラックを見つけ出すにはお前を監視することが手っ取り早い」
「…納得した。これ以上ない理由だ」
 困惑したように笑う。スネイプはその表情に若干の違和感を感じた。
「私がブラックの仲間だ、という疑いはかけられるだろうとは思っていたけれど、こうも真っ正面から言われるとね」
 悲しそうにため息をつく。しかし、これは単なる振りであることをスネイプは知っている。
「それと」
「まだあるのかい」
「ここ数年、防衛術の担当にロクなのがおらん」
「へえ」
「今年度も間際まで決まらず、昨年度のような役立たずが来るよりかはお前の方がまだマシだと判断した。最悪の場合、我輩が二科目担当の憂き目に遭うところだったからな。それを思えばお前の面倒を見ることなど易い」
「要するにお守りか…またエラいのがついたな」
「諦めろ。おかしな行動をすれば容赦せん」
 ルーピンの手が止まった。スネイプに顔を向ける。
「セブルス、君の心労を一つ無くしておこう。私はシリウス・ブラックと通じてはいない」
 穏やかな笑みが消え去った眼光は、鋭くスネイプに突き刺した。
 その視線を、相手同様の鋭敏さで弾き返す。
「卒業以来会ってはいない、そう言いたいのだろう」
「ああ。むしろ君の方が頻度としては多かったはずだ。彼があちら側の人間だったというのならね」
「……顔を合わせるようなことがあれば、その場で殺している」
「そうだね、君にはヴォルデモードのことがなくてもその理由がある…今見つけても?」
「無論だ」
 断言するスネイプをじっと見つめると、ルーピンは緊張を解くように、やわらかに微笑んだ。意図を読み損なった。別段、意図など無いのかもしれないが。
「それでは私は、君より早く見つけなければいけなくなったね」
「貴様、何をするつもりだ」
「何があったのか聞きたい」
「……」
 声は穏やかなままだったが、食事に視線を落としたルーピンの表情は分らない。
「…食事中にするような話じゃなかったね、ごめん」
 すでに大広間に残っているのは二人だけだった。遠くから生徒のざわめきが聞こえてくる。
 黙々と食事を再開したルーピンを改めて見る。学生の頃もお世辞にも健康的ではない痩せた容姿をしていたが、12年の歳月を経て、窶れたうえに袖口や首筋に大傷の跡が見え隠れしていた。大部分が自傷だが、首筋から背中にかけていると思われる傷跡は追われて受けた傷だろう。
「結局、私が残ってしまったね…。死ぬのは仲間内では私が最初だと思っていたのに。なんだか…私は…僕は何をしているんだろう」
 疲れる。
 どうやら互いが互いのタブーへ剣だか槍だかを突き刺してしまったようだ。
 手首を上から下へ軽く振り落とす。ごとんという重みのある音がして、テーブルが少し揺れた。深緑色の大瓶とグラスが2つ。
「……それ」
 ようやく食べ終えたルーピンは、出現した物を見て眼を丸くした。
「酒だ。飲むか」
「ありがとう」
 淡い琥珀色の液体が満たされたグラスを仏頂面で渡された。笑ってそれを受取る。
「夢みたいだねえ。学校の大広間でお酒を、しかも教員席で飲む日がくるなんて思いもしなかった」
「学生席なら飲まされたがな」
「ああ、ときどき水差しの中身がアルコールに変わってたねえ」
「他人事のように言うな。あれはお前達の仕業だろうが」
「仕掛けたのはそうだけど、お酒はスリザリンからの提供だったよ。何回かは」
「……くすねたのはお前だな」
「だって高価そうなのが何故か大量にあったから。あれは厳しい監督生どのの眼を盗むのに必死で、味わうどころではなかったみたいだよ」
 当時の『厳しい監督生』を前に、面白そうに話す。話された方も今更のことで怒る気もない。
 何故、グリフィンドール寮であったルーピンが、スリザリン寮に隠されていた酒の在りかを知っていたのか、どうやって持ちだしたのかはたぶん聞いたところで答えるような男でもないのだ。
 忌々しく感じた大半の事柄が、単に懐かしい思い出になっている。それを思い返す相手が互いに予想外の人物だが。
 先刻の緊迫感を忘れた訳ではないが、蒸し返すことはしない。
 それからしばらく、二人は黙って酒を酌み交わしていた。

別サイトで書いていたものその1。
文章のどこかに分岐点があります。
目指すは二人のどつき漫才。けっしてカップリング話とか
そういった方面にはいきません(^^;)

2004.10.31

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