ハッピーライフ 1
「…普通の家だ」
右手に大きなトランク、左手に空の大きな鳥篭を持ち、左肩に純白の翼の美しいフクロウを乗せた少年は、半ば呆然と辿りついた家を見上げた。ロンドンに近いとあるマグルの住宅街の中の一軒家。大きくはないが小さくもない。庭もある。
一見、ありふれた組み合わせの草花が植わっていたが、門を押し開いて足を踏み入れると、それらは奇怪な色や形の植物に変わっていた。幻覚の呪文か何かが掛けられているらしい。
「……ここに間違いないね」
それらを見渡し肩のフクロウに囁いた少年は、深呼吸をした。くしゃくしゃの黒髪を、とくに額にかかる髪を手でちょっと整えてみる。しかし、生まれつきのクセっ毛はすぐにくしゃくしゃになってしまった。額の大きな雷型の傷がどうしても隠せない。
あまり気にした風もなく、眼鏡を少し上げてその奥の緑色の眼をドアに向けた。
「こんにちは〜」
礼儀は守った方がいいだろうと、大きな声で呼びかけた。
少しして、住人が現れた。
何も映らないのではないかと思うほど黒く暗い眼が見下ろされた。とたん、ドアは閉じられた。
「あっ」
少年は慌てて、さっきよりも強くドアを叩き、声もさらに張り上げた。
「先生っ! スネイプ先生っっ!! ポッターです! 質問が…!」
少年、ハリー・ポッターは力の限りドアを叩きつけた。
唯一の手掛かりを逃すわけにはいかない。試合でスニッチを追い掛けるのと同じ執念でもって食い下がる。
その騒ぎを聞きつけたのか、近所の住人らしき女性が垣根ごしからハリーに声をかけた。
「坊や、どうしたの?」
『太った貴婦人』が微笑んでいる。いやよく似ている女性だ。ハリーはドアを叩きすぎて赤くなった手を止めた。
「あの、ちょっと先生に質問があって」
「おやまあ、ここの人、学校の先生なの?宿題?」
思った通り近所付き合いは無いようだ。聞きたいことは宿題ではないが、ハリーは笑顔で頷いた。
「えらいわねえ、夏休みなのに質問にくるなんて…ウチの子にも見習わせたいわ。どこの学校?」
「えっと…セント・ブルータス更生不能非行少年院です」
「ま、まあ…そう」
札付きの不良学生をたたき直す学校、ということで有名な学校の名前を挙げられ、この行儀のいい少年がそんな学校で学んでいるのかと、意外に思ったのか、はたまた、この行儀の良さは『叩き直された』結果なのだろうかとたじろいだのかは不明だ。しかし、この家の住人のイメージに沿う職場名ではあった。
少年の額に見え隠れしている痛々しい大きな傷は体罰によって負ったのだろうか、と女性は哀れみを含んだ眼を向けた。
「そう、それじゃあ、先生は怖いの?」
ここで、ハリーに一つの考えが浮かんだ。再びドアを開けさせるにはいい手かもしれない。
「いいえ、とんでもない! すっごく優しい先生です!!」
ドアの向こうで、がたん、という何かがぶつかる音がした。どうやら聞いているようだ。
「まあ、厳しそうに見えるけどねえ」
「外見はそうなんですけど、怒られたことなんて一度もないんですよ!」
実は外見通りに厳しく怖い先生だ。それに怒られたことしかない。いいがかりにもあった。そのあたりを思い出すと腹が立ってきたが、顔に出ないように気をつける。
「それに、危ないところを助けてもらったり」
これは本当だ。たぶん。ああでも、このドアが開いたとき殺されるかも。
ドアの向こうで怒気が膨れ上がり、目の前の女性は感心したように頷いていた。背中に冷たい汗を感じる。しかし、ハリーは満面の笑みで言い放った。
「スネイプ先生は大好きな先生ですっっ!!」
自分でも、十分にとんでもないことを言ったことに自覚はある。背後のドアから絶対零度を思わせる冷気が一気に拡散した。
音もなく、ドアが開いた。ハリーには冷凍庫が開かれたように感じたが。
「先生っ、こんにちはっっ」
ここで引き下がってたまるか、ギャラリー?もいるんだっっ。その思いだけで飛びつかんばかりに、振り向いた。
一見、会えた嬉しさで無邪気に喜ぶ生徒と、無表情ながらも家に迎え入れようとする教師である。女性はその微笑ましい光景に笑みを浮かべ、ハリーに「よかったねえ、坊や」と声をかけて行ってしまった。
その場は沈黙に支配された。
必死の面持ちで見上げるハリーを忌々しさを露わにねめつけたスネイプは舌打ちし、背を向けた。
「せ、先生っ」
「…入れ。荷物はそこに置いてドアをしめろ」
第一関門突破した。ハリーは胸をなでおろして、トランクと鳥籠を運んだ。
>Next
すいません、先週から嫌な予感はあったんですが、
『Bush clover』ちょっとムリでした…。なので
別サイトでアップしていたものをこちらに。
アズカバン映画と5巻を読んで(がんばって原書読んでました)
ハリー頑張れ月間でした、この時期。3話予定です(^^;)
『Bush clover』、一応書けてはいるんですが、きちんとまとめてから
アップしたいなと。来週あたり…うう。
2005.11.19(04.06.22)
|