ハッピーライフ 2

「……で、今度は誰を膨らませた」
「膨らませてませんっっ、ちょっとケンカしただけです。叔父と…」
 去年の夏、亡くなった両親のことを侮辱されたハリーは、感情の高ぶりから叔父の妹のマージを膨張させた。そしてその揚げ句、家を飛び出した。
 今年は、去年の過ちを繰り返すまいと、叔父夫婦は両親の話題をことさらに避けていたのだが、その反動なのか、今度はその矛先がハリーの名付け親だと判明した脱獄犯、シリウスに向かった。
 一度に13人もの人間を殺害した凶悪犯が、収監されていた刑務所より脱獄した、というニュースはマグル界にも流れたほどだった。未だ行方が分らない『極悪人』が甥の名付け親という事実に、叔父夫婦は驚愕し、そして、家では魔法を使えないハリーに代わり、いつ何時その極悪人が我が家を強襲するかと脅えてもいた。
 しかし、今朝に限ってそのことを失念していたバーノン・ダーズリー氏は、今日の朝食の場で、給仕させていたハリーの背に向かって侮辱の言葉を投げつけてしまったのだ。
 ダーズリー氏にとって不運だったのは、ハリーが大量の宿題、特にどういうわけか自分だけに余計に課された魔法薬学のレポートのことで腹が立つやら焦るやらで、この数日間、気が立っていたことだった。投げつけられた言葉に一瞬のうちに激高したハリーが振り向きざま『違う!』と叫んだ瞬間、すべての窓ガラスが吹き飛び、粉砕された。室内も庭も砕けたガラスが朝の光を受け、きらきらと輝いていたが、当然、ダーズリー親子は硬直、ハリーは去年と同じく家を飛びだしたのだった。
「……家中の窓ガラスを割っちゃっただけです」
「………」
「あと壁もちょっと壊しちゃったかな」
 なお悪いわ、ばか者。と突っ込みかけたが、スネイプは思いとどまった。ここで同じことをされてはたまらない。ここはホグワーツの堅牢な地下室ではなかった。
 ハリー・ポッターという少年は感情の高ぶりから様々な現象を引き起こす。杖を介さず、本人もその現象の制御は今のところ不可能だというから始末に悪い。
 スネイプが手を額にやったのを見て、ハリーはうつむいた。うつむきながらも、室内の様子を少し窺った。
 ホグワーツの地下の研究室とはかけ離れた雰囲気の居間だった。つまり、普通のマグル家庭の居間だ。叔父の家の居間と同じくらいの広さだが、装飾過多なあの家に比べると広く感じる。装飾過多といっても従兄のダドリーの写真が壁に埋め尽くされていて、あれを装飾とはハリーは思ってはいない。
 しかし、窓辺の小さな寄せ植えが花を咲かせ、日当たりがいいのか明るい室内に、ホグワーツ随一、陰険嫌みな薬学教授…。
『……似合わなさすぎ、怖いよ……』
 ハリーは内心で思わず呟いた。さすがにローブは纏ってはいない。黒いシャツにスラックスという服装だ。マグルの世界で生活するために、魔法使い然とした格好を避けているのが分る。
「ケンカしただけならさっさと家に帰れ。ふらふらと遊んでいる暇は、君には無いはずだ」
「……ええ、ありがたく取りかからせてもらいます。先生の特別課題」
「何か含みのある言い方だな。本来なら君は追試を受けているはずなんだがね」
「それって学校で受けるんですよね」
「当たり前だろう」
「そっちの方が良かったな」
「………貴様、一体何をしにきた!」
 ばしん、と卓が打たれた。スネイプにはハリーがふざけて答えたと思ったらしい。ハリーにしてみれば、叔父の家に戻るくらいなら、夏休み中ホグワーツで、それがたとえ大嫌いな魔法薬学だとしても、補習と追試に明け暮れた方が断然良かったので、本心からの言葉だったのだが。
 ハリーは内心で驚いたものの、スネイプの顔をまっすぐに見据えた。
「ルーピン先生の家を御存知ないですか?」
 わずかにスネイプの表情が揺れたように思えた。気のせいかもしれないが、ハリーは尚も続けた。
「ルーピン先生は「また会える」と言ってました。それならすぐに外国に行ってしまうことはないだろうと思って…」
「……なぜ奴の居場所を我輩が知っておるなど」
「よく二人で最後まで大広間に残ってご飯食べてたでしょう?」
「あれは、何をするにつけてもとろい奴を監視していただけだ」
「けっこう喋ってたように見えましたけど」
「奴が勝手にな」
 ハリーはルーピンの話に受け答えするスネイプを何度も見ているのだが、これ以上押すとこの普段から不機嫌な先生を怒らせるだけだと判断し、納得したふりをした。
「最初はポンフリー先生に聞いたけどルーピン先生は一つのところには長く居ないから分らないって。でも薬を作っていたスネイプ先生なら知っているかもしれないと」
「…で、ここの場所は?」
「ルーピン先生の部屋に先生達の住所録がありました」
「……なるほど」
 あの住所録は休暇時に何かあった場合の連絡網だ。ルーピンの住所はホグワーツ内になっていたはずだ。
 しかし、後を濁しまくっているではないか。部屋の整理くらい、きちんとして出ていけと声に出さずに呻いた。スネイプは、ガラクタにしか見えないものばかりで埋め尽くしていた防衛術の室内を思い出した。
 ふたたび、額に手をやり、ソファに背を預けたスネイプにハリーは身を乗りだすようにして、スネイプの次の言葉を待った。
「……君は家に帰りたまえ。ルーピンの所に行って何をするつもりかは知らんが」
「家には戻りません。ルーピン先生の所に学校が始まるまでお邪魔させてもらいます」
 悲壮な表情で訴える少年に頭痛を覚えた。まず、その表情をするのは窓ガラスを粉砕され、壁にまでその被害が及んだ家族の方ではないのか。…十年間、この少年を虐げてきた報いとも言えなくはないのだが。
 ここが魔法界ならあらゆる魔法を行使して家へ叩き返すところだが、あいにくここはマグル界、しかも『諸事情』により魔法の使用が制限されている地域だ。その『諸事情』はスネイプにとって忌々しいだけのものであり、ダンブルドアとの約束さえなければとうの昔に破っている。この地域周辺が大混乱に陥ろうとも、知ったことではないのだ。
「先生もご存知ないのなら、僕……」
 怒りを隠そうともしないスネイプに、悲壮な表情から一転、ハリーは、挑むように、卓に手をつき見据えた。
「ここに、ずっと居座らせてもらいますから」
「……なんだと?」
 予想だにしなかったハリーの言葉に額から手をとった。母譲りの鮮やかな緑の瞳が光に瞬き、眼前にあった。
「さっきので、先生は近所のひとに、『怒ったことなんて一度もない先生』ということになってしまいました。これで僕に対して下手なことはできなくなりましたからね」
「ふん。あの女の記憶を消せば済む話だ」
「もう遅いですよ。あのタイプのおばさんはお喋り好きですから、今ごろは近所中に知れ渡ってます。いくら先生でも不特定多数の人間をいちいち忘却術をかけていくことはできない」
「…………」
 ここで、この少年に関する騒ぎを起こすことは諸事情に抵触する。しかしこの場合、襟首を掴んで叩き出すのは、周囲のマグルに対する説明が多少厄介なだけで至極まっとうな事ではないか。もとより近所の評判など、スネイプにとってはどうでも良いことである。が、周囲のマグルより厄介な人間がこの家の裏に住む。魔法使いである。
『……このガキをダシに今度こそカタをつけてやろうか…』
 裏の家に考えが及んだとき、ふと思いついたが、ダンブルドアの手前、今は得策ではないだろう。夏の間中、爆弾たるハリー・ポッターを抱え込むぐらいなら押し付けてやる。 
 スネイプは無言で羊皮紙とペンを宙から取りだした。

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すいません、出来ませんでしたので、
「ハッピー・ライフ」の書き足し版2話を…。
スネイプ先生、ハリーを見てると父親はもちろん、
母親も思い出してむかむかくるので
あまり相手をしたくないのです。傍から見るとおんみずから
近づいてるようにしか見えませんが。
ハリーも居座るなんて言ってはいますが、これは決死の捨て身作戦です。
要するにお互いにお互いが苦手。

2005.12.03改訂版(04.08.03)

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