ハッピーライフ 3

 ハリーはスネイプが描いた地図を手に、トランクと空の鳥篭を引きずっていた。ヘドウィグは頭上を優雅に旋回しつつ、ハリーの後をついてきている。
「えと、ここを左に曲がって……次の次の通りで右……」
 地図を見つめ、道を確かめているうちに、周辺を不必要にぐるぐるとまわっているような気がしてきた。いや、戻ってこられないように複雑な道順を示してあるに違いない。
 ハリーは地図をもう一度見直した。ほんの数分のうちに細かに描かれた地図だが、街の全体図が分からない。恐らく近所なのだろう。猫を捨てるとき、知らないところへ連れていく途中で、数回猫の目を回すという。ハリーの気分はまさに猫のそれだった。
「……これでデタラメだったら、もう一度、スネイプのところにどんな手を使ってでも戻ってやるっっ」
 再び歩きだした十数分後。息を切らし、立ち止まった。見上げると一件の家があった。スネイプの家とよく似た建物だ。庭にはやはりありふれた草花や垣ね、少し違うと言えば、敷地に踏み入れてもそれらは普通の植物のままだったことだ。
 住宅街の一番端の列に位置し、振り返ると鬱蒼とした木々が騒めく公園があった。
 辺りは薄暗くなってきたが、家の中には明かりが灯っている。それを見た途端、足がすくんだ。心臓の音がばくばくと高鳴っているのが聞こえてくる。スネイプの家を前にしたときは必死だったのでこんなにも緊張はしなかった。
 叔父の家を飛び出したことを咎められることは覚悟済みだ。スネイプのところで予行演習もした。しかし、『関係ないから』と言われたらどうしよう。ただ、両親の友人だったという理由だけで押しかけるのは迷惑だとは思う。
「だけど…せめて……」
 ヘドウィグがハリーの肩に舞い降りた。その重みで、ハリーは少し落ち着いた気分になった。
「よし、行っちゃえ」
 意を決し、僅かに震える指で呼び鈴を鳴らした。反応がない。
「?」
 もう一度鳴らしてみたがやはり応答がない。ドアノブに手をかけてみた。
「……開いてる……」
 そっと開けて覗きこんでみる。スネイプの家と同じ間取のようだ。視線を下に向けると見慣れた古ぼけたトランクがあった。ルーピン先生のものだ。
「……家は間違いないみたい」
 肩に舞い降りたヘドウィグに呟くと、今度は身体ごと中に入ってみた。なんだか中は焦げ臭い。
「……煙ってる…?ちょ、ちょっとこれ?!」
 焦げ臭い室内に漂う、白いもや。ハリーは荷物を放り出した。
「うわーうわー、キ、キッチンはっっ?」
 遠慮も何もなく、短い廊下を駆け出し、見当をつけたドアを開けた。どっと煙が溢れ出す。ヘドウィグがたまらず逃げ出した。
 ハリーは部屋に飛び込み、火元のコンロに突進した。コンロの上で鍋が空焚きになっている。慌てて火を止めた。
「せ、先生〜〜〜、いったい何作ろうとしてたんだろう……」
 どうやら鍋の中に入っていた何かの物質が気化しただけで、小火にもならなかった。ハリーは安堵してため息をつくと、換気のために窓をあけた。
 鬱蒼とした森と鮮やかな色の夕焼けが見えた。
「煙ってる煙ってる。おかしいな、また分量間違えてたみたいだな〜」
 玄関口から男の声が聞こえてきた。
「計量はやっぱり大切なんだねえ。目分量じゃダメみたいだ」
 その暢気そうな声に叱咤するような犬の鳴き声。男が何か言うたびに、ばうばうと鳴く声は会話のようだ。
 ハリーは深呼吸をした。まだ煙たい。
「玄関もここも開いてるよ、ぶっそうだね」
 その声に犬がひと際大きく唸り、男が苦笑している。
「はいはい、僕が不注意でした……」
 立ちつくしたらしいその人に、ハリーは振り向きざま言い放った。
「先生! ぶっそうとかその前に火をつけたまま、その場を離れない! 離れるなら火を消して! 外出するなんてもってのほかですっっ! しかも鍵もかけてないなんて暢気にもほどがあります!!」
「す、すみません……その、三時間は火にかけてないといけない筈だったんだけど……」
「何を作ってたんですか?」
「脱狼薬だよ」
「………スネイプ先生に作ってもらったらどうですか、今、近所にいますよ」
「やっぱりそうだよねえ。だけど今はセブルスに絶交されてるし、ほとぼり冷めるまではね。ときにハリー」
 にわかに口調が教師のそれになった。
「君はどうしてここに?」
「そ、それは…」
「ダーズリーの家で何かあった…」
「奴らに虐められたかっ? 今度は俺が十三年分込めて…てっ」
「シリウス、君は落ち付きなさい」
「シ、シリウス?」
 ルーピンの後ろから巨大な黒犬が現れたが、キッチンに一歩踏み入れた足が瞬時に人の足に変わり、見上げると黒髪の男がいた。
 ルーピン先生に比べて少し背が高い灰色の眼の男。この一カ月の間に随分人相が変わって別人のようだ。伸び放題だった髪は短く切られ、髭もない。痩せ過ぎているが両親の結婚式の写真と同じ容姿だった。
「思った通り、やっぱりシリウス、ルーピン先生と一緒だったんだね!」
 満面の笑顔で自分を見上げたハリーにシリウスは困惑した。ルーピンは額に手をやっている。
「ハリー…」
「僕、家出してきました!」
 高らかな宣言に、大人二人はしばらく言葉がでなかった。

「そうか。今度はガラスを割っただけなんだね」
「魔法省が出てくることはないな。その程度じゃ」
 安堵したかのような二人の言葉に、ハリーも安心した。居間に移動して、ハリーの家出理由を話しはじめたころは、二人とも深刻な顔をしていたが、振り向きざまに窓ガラスを破壊したというところで、シリウスに「よくやった」と頭をぐしゃぐしゃとかき回された。ルーピンも笑っている。
「それで僕、飛びだして……あの、ルーピン先生のところに泊めてもらえたらって思って…僕、おさんどんやります! こうみえても一通りできるんです、料理はレシピ本を叔母さんのをパクってきたし、寝るところもベッドなんていらないです! 物置で寝起きしてたからどこだって平気です! だから夏休みが終るまで泊めてください!」
 とにかく一息に訴えた。ダーズリーたちとは来夏まで会いたくはなかったし、もとより、できることなら一生あの家に戻りたくはないのだ。ふと、ホグワーツではなく、地元の中学校へ入学したらどうしていただろうかと思った。まだ、誰かが連れ出してくれるのを待ち続けていたのだろうか。
 小さなころ、庭の隅でうずくまるようにして、誰からも隠れていたことも思い出す。雨が降っていても雪が降っていても同じ場所で膝を抱えて息を潜めていた。
「僕……僕、もう嫌だ! あそこには帰りたくない、たくさんだ!!」
 思い詰めたハリーの言葉に呼応したかのように、ぎしりと家全体から音が鳴った。天井が小さく振動し埃が落ちてくる。家中の戸棚やドアが勝手に開閉しだし、振動は床にまで広がった。
「ハリー」
 名を呼ばれ、気がついたときには抱きしめられていた。背中をやさしく叩かれたとき、なぜかとても懐かしい気持ちがして、顔をあげた。
「ここに居ればいい。家主だって文句はないだろう?」
 シリウスが笑っている。そして何もなかったようにゆっくりと腕を放されても背中が暖かいままだった。
「この夏はこの家にいるつもりだしね。遠慮しなくていいよ」
 ルーピンもにこにことしている。どんな理由にしろ、断られることを覚悟して、そうなったときにはなんとしてでも食い下がるつもりだったので、ハリーは拍子抜けした。ぽかんとした表情のハリーにシリウスが笑ってルーピンを指した。
「…ダーズリーのところに後始末しにいくのが嫌なのさ、この先生は」
「は?」
「……君に行ってもらうわけにはいかないからねえ。だとしたら僕かセブルスだろう。どっちにしたってもう一悶着あるよ」
「いっそ俺が行ってもいいが。………窓ガラスを直すかわりに家をそのものを破壊しているかもしれん」
「いや、ぜったいに君はやるね。目に浮かぶ」
「な? だからハリー、君はここにいろ。それが平和のためだ」
 真剣なような戯けたような顔で言うシリウスに、ハリーは吹き出してしまった。ふと窓を見やると、ヘドウィグが戻っていて、桟で毛繕いをしている。
 家鳴りもいつの間にか治まっていた。

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「ハッピー・ライフ」の書き足し版3話です。
とりあえず、この話はこれでおしまいですが
この設定でちょこちょこ書いていきたいなと。
スネイプ先生宅との位置関係ももっとはっきり
書きたいとは思ってますし。

2005.12.17改訂版(04.11.11)

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