■ 守護月天〜青い果実の惨火〜 ■

 [あとがき]




「う〜眠い…あと少し…」



かれこれ何度目の言葉だろうか。

眠りから覚めようとする度にこの言葉を繰り返して七時だったのがもう十一時になってしまっていた。

いつもなら私特製の目覚しによって一発で飛び起きる(と言うか起きなければ、死んでしまう…)のだが、

今日は日曜日と言うこともあってアレを設置してはいない。

主殿も、休日の朝早くから出歩いたりはしないだろうし。



「……」



布団の中から、ちらりと傍らに置いてある時計に目をやって見る。



…十一時五分…



いつの間にこんな時間になっていたのだろう。

時が経つのは早い。それが、睡眠中だとなおさらだ。

時は金なり。この言葉が心底理解できる瞬間である。



「う〜〜。そろそろ、起きないと…」



いくらなんでも十一時ともなれば流石に朝早くとはいえないから起きなくてはまずい。

例え休日であっても主殿に試練を与えて鍛えなくてはならないのが精霊の辛いところだ。



「う〜寒い…」



やっとの事でベットから這い出て、冷たい外気に身を震わせる。

低血圧なのと寒がりが災いして、今日のような冷え込む朝はとても辛い。

季節の変わり目というのは、いきなり冷え込んだりするので私は未だになれない。

ずっと春か秋が続いていたらいいのに…



「…やはり主殿に言って暖房を付けて貰おう。」



幾らか頭にまとわり付いていた眠気を駆逐し終えて、う〜ん。と大きく伸びをする。

そのまま軽く体操をして固くなった身体に油を指していく。

朝そのものは嫌だが、起きた時にする体操は、爽快感があって私は好きだ。



「さてと…着替えるとするか…うう…寒い…な…」



その後、寒さに苦しみながらも私は着替えを済ませて軽やかに階段を降りた。



トントントントン…



「?」



いつもの居間に行ってみたが、そこには誰もいなかった。

…おかしい。いつもなら皆はここにいるのだが…



「主殿ぉ〜」



「シャオ殿ぉ〜」



「ルーアン殿ぉ〜」



「那奈殿ぉ〜」



「……?」



家の中を探し回ってみるが、やはり誰もいなかった。



一通り家の中を見回って台所へ来た私は、テーブルの上に置かれている一枚の紙に気付いた。

…よく見るとそこに文字が書いてある。



「キリュウへ。ちょっと用事が出来たので皆で出かけてくる。…太助。」



…か。



置いてきぼりを喰らった事が少し悲しい気がしたが、これも朝に弱い私に対する主殿の配慮だろう。

そう考えると、優しくていい主殿だと私はつくづく思った。



グ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。



そんな私にお腹の方から、空腹を伝えるシグナルが聞こえてきた。

しまった。今は誰もいないのだ。私は自炊が出来ないので、自ずと絶食という事態に陥ってしまう。



「……ご飯…」



空腹感に耐えかねて台所などをうろつきながらあれこれ試行錯誤してみたものの、結局、時間の無駄に終ってしまった。

こうなればもはや、主殿たち(特にシャオ殿)の帰りをじっと待つしかないだろう。



「……ご飯…」



空腹を主張し続けるお腹と身を襲う寒さに耐えながら私は毛布に包まって主殿の帰りを待った。



この後、キリュウは自分の身に降りかかる運命を知る由もなかった。







…一方その頃…







さっき降った雨が上がって、あちこちに虹が出来ている。

それが、朝日に照らされてキラキラと輝く。

その中を歩く無数の人影。



その中に在る一つの影。



…七梨太助。



しかし、彼はキリュウが待ち望む太助ではなかった。

邪悪に顔を歪ませてキリュウの待つ家に向かっていた。







…そのころキリュウは…







「主殿はまだかな…」



冷たくなった手に、はあ〜と息を吹きかける。

白い息が手を少しだけ温めるが、あまり効果はなかった。



「ふう…」



「……」



「……」



「はあ…」



いくら待っても主殿たちは帰って来ず、待ち疲れた私は再び、うつら、うつら、となる。



「……」



そして遂に私が眠りに着こうとしたその時である。



がちゃり…



「ただいま〜…ってキリュウ?」



主殿の声と共に主殿が姿を現す。

玄関に毛布に包まった私が座り込んでいたものだから、少し驚いたような様子だ。



「主殿…ご飯…シャオ殿は…?」



お腹がすいている事を主張しつつシャオ殿の姿を探す。

しかし、そこにいるのは主殿一人だけでシャオ殿の姿はなかった。

ご飯…もとい、シャオ殿がいないと言う事実は私を酷くがっかりさせた。



「実は、みんなある所に集まっているんだ。キリュウは朝に弱いから後で集まってもらう事にしたんだよ。」



「…主殿。そこにご飯はあるのか?」



私は一番肝心な事を聞く。

空腹の絶頂にある今の私はご飯の事で頭がいっぱいだった。



「えっ…ああ。あるよ。とにかくみんな待ってるから、もう行こう。」



「…ああ。」



何故か急かすような主殿の後について私は家を出た。



(シャオ殿の作る料理はどれも美味しいけど…辛いのにはしないでほしい…でも、朝から辛いのは出ないと思う…)



などと、取り留めのないようなことを考えながら主殿の後を着いて歩く。



と、ヒューーと風が吹く。



「…寒いのは苦手だ…」



身をきゅっと縮めるようにして体温が逃げないようにする。

それでも風は、無情にも私に吹き付けて体温を奪い取っていく。



「主殿。後ろに行っていいか?」



「ん…ああ。別に構わないよ。」



とことこと主殿の後ろに移動する。

主殿の背中のすぐ後ろは風が遮断されて熱が奪われない上に主殿の微かな体温が伝わってきてすごくいい場所だった。



「ふう。あたたかい…」



「そりゃあ。良かったよ。」



風が遮断されていると日光の微かな暖かさに気付く。

朝とは打って変わって麗らかな日和。

自然と気分も良くなってくる。



「……♪」



「……♪」



そのまま無言のまましばらく歩き続けた。

道中、生き物の息吹を感じたり、綺麗な虹に見とれたりした。

ちょっとしたピクニックというか散歩の気分だ。



それからまだしばらく歩いて私は少し疑問を抱いてきた。



…一体主殿はどこへ行くつもりだろう。

歩き始めてもうかれこれ三十分経っていた。

そこで主殿に疑問をぶつけてみる事にした。



「…主殿。どこへ向かっているんだ?」



「ん…?言っただろう。みんなが待ってる所だよ。…もうすぐ着くよ。」



「…そうか。」



主殿は何故か具体的なことは答えてはくれず、曖昧な返事を返すだけだった。

私としてもそんなに聞きたいことではないし、この散歩が続くならいいと思っていたので聞くのをやめた。



「……♪」



「…ほら。ここだよ。」



どうやら目的地に到着したらしい。

この散歩が終ってしまう事が少し残念だったが、私の意識は、すでにシャオ殿の料理のほうに向かっていた。



「…ここ…か?」



主殿が「ここだ」と言ったのはどう見ても古く寂れた建物(何とか古い学校のらしき物だとわかった)であり、

皆で集まるような場所には到底見えなかった。

だから私は敢えて疑問形で主殿に答えを返したのだった。



「そうだよ。ここなら勝手に使っても文句言われないし、騒いでも誰にも気付か…いや。気兼ねしなくても言いからね。」



「…そうだな。」



途中で一部言葉を言い直しながらも、主殿の説明は納得のいくものだった。

なるほどと言った感じで頷くと私は、促されるまま主殿の後を付いて行った。



「なあ…主殿…ほんとにここなのか…」



校門をくぐって校舎の中に入った時、とても嫌な予感がして私は主殿に聞いた。



「ふむ…このぐらいか…」



「……?」



独り言を呟くと主殿は懐から呼び鈴を取り出してちりん、ちりん、と鳴らし始めた。



「…何をしているんだ?」



「ん…いや、ね。こうしないと雰囲気が出なくて。」



「…雰囲気?」



「そう。雰囲気。」



ガツンッ!



頭を傾げた私は突如大きな衝撃を受けて意識を失った…

気を失う直前に見たのは、今までに見た事もない顔をして笑う主殿だった。



後半につづく…







[あとがき]




何だ!?これは本当に絶望かぁ!?と思う前につづく…をクリックしてみてください。

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