君よ花よ







 姫のもとに突然現れた魔法使い。

 彼が杖を振るうと、彼女の周りにある物たちが次々に宙に浮き、落ちて砕けた。

「姫様っ……!」

 彼女を守ろうと、何人もの兵士達が魔法使いに殺到するが、魔法使いの力の前に為すすべなく倒れ伏した。

「レオっ!」

「姫様、早くこちらへ!」

 その中で、ひとりの青年が姫の手を取り、駆け出した。

 それを見た魔法使いは、笑った。

 ふわりと宙を舞い、二人の前に立ちはだかる。

 青年は姫を守るように立ち位置を変えた。

「君がもし彼女を救いたいと思うのならば――」

 魔法使いは杖を翳した。その先に光が宿る。

 青年は息を飲んだ。これから何が起こる? 身体が震える。

「彼女の君を想う気持ちを感じ取るがいい」

 辺りがまばゆい光に包まれた。

「ああっ……」

 姫の声が聞こえ……その気配が消えた。

 暫くしてようやくあたりが落ち着いたとき、姫の姿はそこには見つけられなかった。

 怒りに顔を赤くする青年に、魔法使いは語りかける。

「ゲームをしよう。

 ここに彼女を封じた種がある。君がそれを見つけるんだ、そうすれば彼女を戻してあげる」

 そういう魔法使いの掌には一つの白い種があった。

 彼がの作った風が巻き起こり、種は風に乗って窓を抜け大空へ舞い上がっていった。

 ああっ、と叫び青年は窓から身を乗り出す。手を伸ばしたが、種はもう手の届かないところへ飛んでいってしまった。

「見つけてごらん、彼女を。君が彼女を見つけたとき、彼女は元の姿に戻る」

 魔法使いが言いながら青年の肩に手をかけた。

 青年はその手を振り解くと、

「ああ、分かったよ!」

 叫んだ。





 そうして青年――レオは旅に出た。

 魔法使いによって姿を変えられた姫を救う旅へ。

 しかしどこに行ったらよいか分からず、彼は立ち尽くした。

 風の流れはどうなっているんだろう、空を見上げ、目を細める。

 その耳にくすくす、と笑い声が届いた。

 慌てて振り向いた彼の目に入ってきたのは……例の魔法使いであった。

「どうしたんだい、もう諦めるのか?」

「誰が諦めるかっ! 何でお前がここにいるんだよ!」

「どうしてって……」

 腕を組み、魔法使いは少し考えてから、

「……ヒント欲しいでしょう。こんなにも広い世界を一人でくまなく探すのは無理だろう」

 うっ、とレオは唸る。

 確かに無理だ。

「そうそう、言い忘れた。僕の名前はエッジ。君はー……」

「レオ。レオ・カモマイルだ」

 へえ、と魔法使い、エッジは驚いた表情を見せた。

 それにレオは少し寂しそうに顔を曇らせる。

「あの名門カモマイル家か……しかし何故君は騎士団に入ったんだ、高級官吏の道もあっただろうに」

「うるさいな!」

 怒った口調でレオは話を無理やり切り上げた。

「で、ヒントを教えてくれるんだろ?」

 エッジは頷き、指を差した。それは風吹き抜ける大草原がある方角だった。

「では行こうか」

「何でお前がついて来るんだよ!」

 まあいいじゃないか、とエッジは笑い、歩き出した。

 待て! と慌ててレオが駆け出す。





 王都の東に広がる大草原は周りを高い山に囲まれており、しばしば強い風が吹くことがよく知られていた。

 その大平原を前にしてレオは愕然とした。隣のエッジに目をやる。

「おい……これをくまなく探さなきゃならないのか?」

 その目には微かに涙が浮かんでいるようであった。そう、大平原である。名前の通り一人で探すには何日かかるのか予想もつかないほどの広さである。

 それを見て思わずエッジは吹きだす。肩を竦めて一本指を立てた。

「ヒント。あの種は花の種。その花はピンク色の花を咲かせる」

 きょろきょろと辺りを見回し、またレオは肩を落とした。

 どんな花かを知っても結局探さなきゃならないじゃないか、エッジが覗き込んだ彼の目にはそんな言葉が浮かんでいるような気がした。

 仕方ないなぁ、とエッジはもう一言付け加えた。

「僕は方角は教えたけれども大草原だとは一言も言っていないからね」

 ばっ、とレオが顔を上げてエッジを見やった。

 その顔は険しかった。

「この大草原かもしれないし、この先の険しい森かも知れないってこと?」

 エッジは優しく頷く。レオは出会ってから何度目かもう忘れたが、頭を抱えた。

 ぽんぽんとレオの肩を叩き、

「文句を言っても始まらない。探そう」

「……何でお前がそんなこと言うんだよ」

「ゲームだって言っただろう。もし君ができなかった場合の後始末をやらなきゃならないんだ」

「聞いた俺が馬鹿だった!」

 叫ぶと辺りを駆け回り始めた。草原全てを駆け回って探すつもりになったのだろうか。

 うーん、とエッジは頭を掻き、レオの姿を見つめた。「まあいいか、すぐ諦めるでしょう」

 そしてその場に腰を下ろすと、レオの頑張りをぼんやりと眺め始めた。

 ……それから1時間ほどが経った。頑張っていたレオも流石に集中力が切れてきたらしい、草原の上に腰を下ろし、大きなため息をついた。

 そんな彼の元にエッジが近付く。いつの間に取り出したのか分からないが、その手にはカップがあった。それをレオに差し出す。

 何も言わずレオはそれを受け取り、一気に飲み干した。冷たい水が喉を潤してくれる。

「あー、見つからないよ!」

 ばたん、と大の字に寝そべった。

 その隣にエッジは腰を下ろし、

「一気に飲み干しちゃったけれども、僕のことそんなに信用していいの?」

 笑いながらぞっとすることを言ってきた。

 あっ、とレオの表情がこわばる。「お前、何か入れたのか!?」

 静かに首を横に振ったエッジは、

「大丈夫、これはただの水だよ」

 言うと吹きだした。

「君ってとっても面白いね。大丈夫、君を傷つけるつもりはないから安心していいよ」

 どういう意味だ、質問しようとしたレオの耳に、耳障りな音が聞こえた。

 慌てて飛び上がる。腰の剣を抜き、辺りを見回す。

 エッジも杖を構え、辺りに注意を払っていた。

 今は姿が見えなくなったが、近くに魔物が潜んでいる。気配をはっきりと感じる。

 エッジが口の中で何かを唱える。杖の先が青く輝きを放った。

 刹那、地が揺れた。地面が割れ、そこから敵が姿を見せる。頭から手足と尾が生えたような容をした魔物が。

 その姿を確認した途端、弾けるようにレオが飛び出た。低い姿勢で駆け、剣を一閃させる。一体の足を一撃で斬りおとす。一本足を失った魔物は倒れ、もがく。その隙に彼は同じように他の魔物の足を斬りおとした。

「素晴らしい実力に冷静な判断。……あの英雄の血を色濃く継いだようだ」

 確実に敵を屠ってゆくレオの動きを見守りながら、エッジは呟いた。

 その瞳はまるで彼を値踏みするようであった。

 そして魔物を倒したレオを迎えたときには、彼の目は元通りの優しいものに戻っていた……


つづく


20080107

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