世界の果ての物語
第二章
「おまえは一体、何者だ」
騎士が言う。
「彼女を無事に目的地に届けるためについてきた」アグダはそう、答えた。少し違うかもしれないが、まあ完全に間違いではないだろう、そう思った。
すると騎士は、顔をしかめ馬に乗ったままアグダに近付いてきた。
右手を目線の高さまで上げ、その指はアグダを向いていた。
セシルの目が細くなる。「アグダ」
騎士は指先に力を込めた。魔法を使う。指先に炎が生まれた。
それを見てアグダも動いた。両手をひろげ、あたりに風を起こす。びゅうっと突風が起り、炎がかき消される。
「――おまえ、魔法使いか」
ちいさく、騎士が呟く。アグダは頷く。
「・・・レイス、行くぞ。アグダもついて来い」
二人の間にセシルが割って入り、そう言い放った。
そして、言うとまもなくシリウスを走らせる。
無言で騎士―レイスは彼女に続く。慌ててアグダも馬を走らせた。
どうやら、レイスもアグダがついてくることへ反対はしないようだ。
セシルを先頭に、レイス、アグダが続く。
森を抜けたあとは広い草原が広がっていた。所々に低木が生えてはいるが、とても見通しがよく、風が吹き抜ける草原であった。
魔物は遠くを歩いているのがいくつか見えるが、近くにはいない。無駄に争う事は、セシルたちはしたくなかった。色々面倒なのだ。
一体何時間走り続けたのか。そろそろ馬にも疲れが見えはじめた。
そんな頃、前方に小さな林が見えてきた。
「・・・あのあたりで少し休むか」セシルはアグダを見やりながら言う。そうだね、とアグダは答える。だが彼女はレイスには何も声をかけない。
・・・この二人の関係は一体どういうものなのだろう?アグダは先ほどからそれが気になって仕方がなかった。恋人・・・では間違いなくない。友人かもしれないが、それにしては会話がない。彼女を警護する存在なのだろうか、だがそれだったらなぜ彼女は個人行動をとったりするのか・・・
わからない事ばかりだ。だが、先ほどのこともあるし深く聞く事は出来ない。
「・・・セシル」三人が馬から降りて休憩しようと腰を下ろしたところで、レイスがセシルに声をかけた。「何で途中で消えたりするんだ。一体、君は自分の立場を理解しているのか」
「・・・おまえこそ、自分の立場を理解しているのか。私がいなければその役割を果たせないのだぞ」
二人は目線を合わせず、全く違った方角を見ながら言い合っている。何となく、雲行きが怪しい。
それから、二人は何も言わず、ただ沈黙が降りる。
そのような二人の間で座っているアグダは、とても居心地が悪かった。
なぜ二人はこんなにも険悪な仲なのだろうか。
「・・・アグダ。おなかがすいた。何かないか」
ぽつり、とセシルが呟いた。そういえば、先へ進む事を優先して昼食をとっていなかった。
ああ、とアグダは応え、馬に載せた袋の中からパンを取り出した。はい、と彼女に手渡す。「昨日の夜焼いたから、大丈夫」
そして、それをレイスにも差し出した。「・・・ああ、すまないな」意外とあっさりと受け取ってもらえ、アグダは少し驚いた。
日が落ちかけている。もう今日これ以上進むのは危ない、と、三人はその林の影で一晩を過す事にした。
セシルは毛布に包まって眠っている。アグダもうとうとしながら木に背中を預けている。だが、レイスはきっと目を見開きながら立っていた。
レイスの視線を追ってみると、その先にはセシルがいる。
「・・・アグダ、といったな」アグダが自分を見ていることに気づいていたのか、レイスは彼に目を向ける。
「随分、彼女を手なずけたな」それはほめ言葉なのかそれとも困った事だ、といいたいのかは分からないが、アグダはそうかな、と答える。
「彼女は、人のやさしさを知らないんだ。そう、教育されてきたから」
「・・・あなたは、いつから彼女のそばにいるんです?」
「ずっと昔から。小さい時から、ずっと一緒だ。・・・おかしいと思うだろう、私たちの間に漂う空気を」
「そう、ですね。でも、何となく分かります。彼女は特別なんですよね、僕だって同じ魔法使いです。それくらい、感じます」
「・・・そう。彼女は特別だ。そして、彼女は可哀想すぎる・・・」
そういうと、レイスはまたセシルの方へ目を向けた。
それきり、その日はもう会話はなかった。
「彼女は可哀想すぎる」、その言葉がアグダの頭の中を駆け巡る。
やはり、彼はセシルのことを知っているような気がする。本当に小さい頃しか王都には居なかったのだが、それでも知っているような気がするのだ。
それから数日が過ぎる。
三人は相変わらず馬に乗り、道を進んでいた。
最初は草原がただ広がっていた風景であったが、だんだんとその風景も変わってきた。
山が見え始め、地面も草原から少しずつ岩が目立ち始めるようになっていった。
ある朝、アグダが起きた時、もう既にレイスは起きていた。もしかしたら一睡もしていないのかもしれない、とも考えられたが。彼は起きたセシルに一瞥をくれるものの、何も声をかけなかった。
「おはよう、セシル。はい、お茶だよ」
「・・・ん」
白い彼女の手に、コップを渡す。・・・と、
「・・・セシル、どうかしたの?体調悪い?」
その言葉にぴくり、とセシルとレイスが反応する。
だって、もう何日も一緒に過してきたんだよ。少しの変化くらい、気づくよ。アグダはそう言った。
「旅の終わりが、近付いたの・・・?」
「・・・」
しばらくの沈黙の後、セシルが小さく頷いた。その姿は彼が今までに見てきた彼女の強い、勝気な姿からは遠く離れていた。アグダは彼女がそれほどまでに動揺することに驚き、またこの先彼女に何が訪れるのか非常に不安になった。
「大丈夫、僕はきちんと付いていくよ」
「・・・別に来なくていい。どうせレイスが付いてくる」
感情のこもっていない声で彼女が言った。ああ、また彼女を怒らせてしまったな、とアグダは肩を落とす。
それを見て、セシルが少し寂しそうに息を吐き出した。だが、それはアグダには気づかれなかった。ただレイスはそれを見て、表情は変えないものの心のうちではため息をついていた。
「・・・君は、僕の事をまだ信頼してくれていないのかな」
ぽつり、とアグダが言う。
すると、びくり、とセシルは肩を震わせた。
「・・・そんなことない。私はアグダをいい奴だと思っている」
「でも、君がどう言おうともここまで付いてきたんだし、僕は君についていくよ」
そして同時に、言った。同時に二人はびっくりした表情になる。
それから、セシルはその顔に少し笑顔を浮かべた。それはアグダが初めて見る彼女の笑顔であった。
「・・・もう付いてくるなとは言わない。行くぞ、アグダ、レイス」
セシルはそういうと、愛馬シリウスを走らせた。
慌ててアグダとレイスがそれを追う。
旅の終焉は、本当に近いようだ。
・続く・
20061009
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