第一話 翳りゆく月
青年は、馬に乗って草原を風のように移動する。 その肩の上では、小妖精が振り落とされないようにと必死になって彼の服にしがみついていた。 「ひさし……っ」 「ウィン、もう少し我慢して」 久、と呼ばれた青年は小妖精ウィンにそういうと、きっと前を見据え馬を速度をあげて走らせる。 やがて、大きな城とその周りの城下町が見えてくる。――あそここそが、王都<フェアバンクス>。この国の中心であり、今久たちが目指しているところである。 服を正し、黒がかった外套を羽織る。 刀を腰に提げ、久はウィンを掌の上に乗せた。 「さあ行こう」 そう言うと、彼は大きな扉の前に立つ。この先には――この国の王がいる。 やがて、その大きな扉がゆっくりと開かれると彼らは進みだす。それと入れ替わりのように何人もの王の従者が出てくる。 王と久、そしてウィン以外の者が部屋から出ると、大きな扉がゆっくりと閉められた。 王はそこで大きく息をついた。彼の年齢は久より少し上、まだ若い王である。 「あー、疲れる。まったくいつもの事ながらみんな堅苦しいと思わない?」 そして、そうぼやく。久は思わず苦笑した。いつもの事ながら、この王は王らしくないな、と久は思った。 「まったく、いつもいつもついてくるから、気の休まるときなんて君が来てくれる時だけだよ」 「そんな、カナリア、僕は……」 「ふふ、本当だよ、久。さて、時間も限られているし本題に行こうか。 砂漠に<地龍>が現れた。……あの<地龍>が、なんだ。それについての調査を頼む。万が一襲われた場合は即刻退避だ」 先ほどの口調とはうって変わって、王カナリアは静かな口調で、しかし王の威厳を示しながら話し出す。 「清真と琴音をつける。うまく、やってくれ」 久は大きく頷くと、ばっ、と身を翻すと、元来た通路を歩きだした。 部屋を出た先には一人の男女、清真と琴音がそこにいた。 「神、行こう」 「久君、今回もお願いします」 「はい」 ――神久は<勇者の孫>であり、そして王カナリアに仕える<直属剣士>でもある。 魔王が<勇者>たちの活躍により倒され、この国に平和が訪れてからはや二十五年が過ぎた。 ……だが、誰もが知らないところで、新たな動きが起こっていた…… 三人は砂漠に向け馬車を走らせていた。 「しかし、なんで<地龍>がいきなり現れたのかしら?」 琴音は首をかしげながら言う。 ……と、その時一行が乗っている馬車が大きく揺れた。 「……っ、すまない、大丈夫か」 前の御者台に乗っている清真が中にいる久たちに声をかける、が振り向きはしない。 「大丈夫です。でも、少し飛ばしすぎじゃ……」 「問題ない。一刻でも早く我が王の使命を果たすためだ」 清真のそんな言葉に久は肩をすくめる。まじめで使命を忠実に遂行すべく行動する清真らしい。 一方、琴音はというと、表情を険しくし、頬を少し膨らませて清真を見つめている。 どうやら、あまりにも揺れがひどくて機嫌が悪いらしい。彼女の目は清真にもっとスピードを落とせ、と言っているようだが、彼は全く取り合おうともしない。 一行が向かう砂漠はこの国の南部にある。このままの調子で行けば明日には着くであろう。 だが…… (そうなんだ、なぜ突然<地龍>が現れたのか、それが分からない……) 久は腕を組み、眉をひそめる。 本来ならば地中深くで生活をしているはずの<地龍>。それが地上に出てきている……それは何故なのだろう…… 久の胸の中に、嫌な予感がよぎった。 ――同時刻、砂漠。 「……<地龍>、か」 砂漠の真っ只中に立つ男が一人。そして彼の目の前には、<地龍>が一頭横たわっていた。 彼の背後に人影があった。彼は振り返り、「何故だ」と問いかける。 だがしかし、その答えに応えることなくその姿はかき消えた。そして、残された彼もやがて姿を消した。 翌日の朝、久たちは砂漠の入り口の村にいた。 彼らを迎えたのは一人の青年。左腕には手の甲から肩までを覆う大きな篭手をつけ、そこには鷹がとまっていた。 その青年の名は、ミツタカという。 彼と少しの会話をした後、一行はすぐさま駱駝を借りて砂漠に入った。 その少し後、村に残った彼の元に高速で何かが迫ってきた……が彼は慣れた手つきで篭手を掲げ、そこに飛んできた鷹をとまらせる。 「……どうした?なにか、おかしなことが起こっているのかい?」 目を細め、鷹を見つめるミツタカだったが、すぐに駱駝にまたがると、彼は鷹たちと久たちを追った。 「なんだ、これは……?」 清真はつぶやき、その場に立ち尽くした。 彼らの目の前にある大きな物体……それは、紛れも無く<地龍>の屍骸であった。 清真と琴音の前に久が出て、それの周りを見回る。 「ん……?」 龍の身体の下に何かが見えた。足の隙間に小さな穴があり、その奥で何かが動いたような気がした。 久がウィンに目配せすると、彼女はすぐに彼の意図を察知し、その穴、彼女が通り抜けられるくらいの穴にもぐりこんでいった。 暫くしてウィンが出てくる。そしてその穴が広がって、出てきたものは……幼い<地龍>であった。 『しんじゃった……かあさん……』 それは、かき消えそうな小さな声でつぶやいて、死んだ<地龍>、つまりは彼(彼女?)の母の身体に触れる。 久はそれに近付き、後ろから抱きしめた。 「ちょっと、久君っ?危ないよっ!」 背後の琴音の言葉は無視し、久はその幼い<地龍>に語りかけた。 「……僕も、小さい頃に両親が死んだんだ……目の前で殺されたんだ……」 『なんで……なんでこうなったの?』 「分からない……分からないんだ。突然家に何かがやってきて父さんと母さんを斬ったんだ!でも、なんでそうなったかわからないんだ!」 『かあさんは、なにかをかんじてうえにあがった。そうしたら……そうしたら……!』 そう言うと、小さな龍は絶叫した。 久はそれを力強く抱きしめる。 それを見守っていた清真と琴音の元に、駱駝に乗りやってきたミツタカが合流した。「これは……」その光景に彼は非常な衝撃を受けた。 「……龍が、何かの異変を感じ取って地上に出たのだが、その異変の原因にやられた……?」 目を細め、考えながらつぶやくミツタカ。<地龍>がいとも簡単に倒されるはずがない、彼はそう考えていた。 ……その時、彼の篭手にとまっていた鷹が突然飛び出した。 彼は駱駝から飛び降り、鷹の動きを追った。……その先に、何かの影がよぎる。 「気をつけろ」 彼は叫ぶと鷹をまわりに放ち、油断なくその影を見つめた。 久は立ち上がり、振り向くと、龍を地におき、腰の刀を抜いた。刀が蒼く輝き、光が漏れ出す。 「――<獅子(レグルス)>!」 叫び、刀を振るうと、刀からこぼれだした光が集って蒼い光を放つ獅子が現れた。その獅子、レグルスは大きな爪を振りかざし、その影に迫る。 だがその影が腕を振るうと、その瞬間、レグルスの姿はかき消えてしまった。 影は言う。 「このようなところで会う事になるとは。君とはまたいずれ会うだろう、その時に相手をしてやろう」 同時にその影の姿もなくなっていた。ただ、そのような声がどこからか降ってくるだけであった…… 久は何が起きたのか分からずに、その場に立ち尽くし、先ほどまで影がいたところをただ見つめていた。 (レグルスが……消された……なにが起こったんだ……?) 「……なにかが、起こる」 ミツタカが小さくつぶやいた。 『あいつ、たおしてくれる?あいつ……たおして!』 その声で久は我に帰った。 振り向き、ちいさな龍を抱きかかえると、彼は答える。 「倒してやる。絶対に、僕が倒してやるから」 『いこう、いっしょにたおしにいこう!』 久はその声に大きく頷いた。 「白ー、ウィンー、行くよーっ」 久は振り向いて二匹を呼んだ。 河原で遊んでいた二匹がこちらを向く。 『まって、ひさしっ』 白はざっと十メートルはあろうか、という距離を跳んで、久の胸に飛びついた。ウィンは久の頭の上にふわりと降りる。 「どう、これ?」 それから、久の目の前に舞い降りると、頭の上のさっき作ったばかりの花飾りをみせて尋ねる。 「かわいいよ」 「でしょう」 久の賛辞に満足したウィンは、今度は久の肩の上に舞い降りた。 風が吹き、久の髪が揺れる。 一行を、太陽の光が照らしていた。 彼らの行く先には、何が待ち受けているのだろうか―― |
第一話了
続く
20050909
20070711改訂