第二話   あなたに会える





「帰ってきたばかりで疲れているだろうけれども、続けてやってもらいたいことがある。すまない」
 久がウィンと白とともに王、カナリアの元で事の次第を報告したところで、カナリアはそう言った。
 久は思わず顔を上げ、カナリアを見やる。
「――今まで何度か話に上がっていた<奴>の事だ。何かがおこってしまう前に、片付けておいた方がいいだろう」
「はい」
「それで、だ」
 カナリアは立ち上がると、目の前にある大きな扉を見やった。
 久もそれに続き扉を見やりながら、カナリアの言葉の続きを聞く。
「今まで秘密裏に動いてもらっていた人物と今回は動いて欲しい。実は彼女は……」
 しかしなかなか言葉が続かない。どうしたのか、と久はカナリアに向き直り、内心首をかしげた。
 やがて、彼は何かを決心したように大きく頷くと、一息で言った。
「彼女は君の姉なんだ」
「………………はぁ?」
 一瞬の間をおいたのち、久は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。それと同時に扉が開き、ひとりの女性が姿を見せる。
 ローブを着ており、魔法使いかと思わせる風貌をしているが、腰には剣が提げられており、それが吊りあっていなかった。
「久志よ、はじめまして、久」
「……は、はじめまして」
 突然のことに、何を言えばいいのか分からない。
「分からないのも無理は無いわ。私が養子に出されたのはあなたが生まれる前だったし、私だって物心付く前だったもの」
 久と久志は向きあっていた。……だが久はどうしたらいいか分からず、ただ困惑していた。
 そして久志もまた言葉を見つけることはなかなかできないようで、しばらくの間沈黙がこの場を支配した。
 やがてカナリアに一礼してから久志はくるりと身を翻して出口に向かう。そして久に声をかける。
「話は道すがらでしましょう」
「は、はい。それでは行って参ります」
 二人はそう言い、久志を久が追う形で部屋を出て行った。そんな二人を見送りながら、カナリアは顔に浮かんだ笑みを見られないように口元を手で隠すと、誰にも聞こえないような声でつぶやいた。
「大丈夫かな、久」


 一行を乗せた馬車は進む。
 御者台には久志、中には久とウィンと白がいた。
 会話はほとんど無く、何となく重たい空気があたりを支配していた。
 ……やがて、久志が馬を止めた。顔を上げる久に彼女は「休憩」と一言、すぐに地面に降りていく。
 久もそれに続いた。外に出たほうが気持ちが晴れるだろう、そう思った。
 川の近く、さわやかな風が吹き抜ける草原。そこで久と久志は再び向かい合った。
 一歩、一歩、久志は久に向けて歩を進める。やがて彼女は彼の頬に手をやった。
「……なんていうのかしらね、うん、不思議ね」
「あ……の……?」
「ふふ、実感なんて涌かないわよね、私もよ」
 彼女は手を離し、くるりと彼に背を向け、川の方に歩き出す。途中、振り返り、
「姉弟だけどやっぱり実感涌かない、そんな関係で、いいわ」
そう言うと、彼女は微笑んだ。


 一行を乗せた馬車は進む。
 やがて街が姿を現し始めた。あれこそが今回の目的地である。
 なんとなく暗く、活気がないように一瞬見える街。近くの巨大な山がまるで壁のように立ちはだかり、太陽の光をさえぎっているために、本当に暗い。
「やっぱり、何度きてもこの街は嫌ね。空気が澱んでいる」
 ここは、王国の中でありながら独自の法が蔓延っている、いわば<違法都市>であった。
 中でもこの街の有力者は今までは大きな動きを見せてはいないものの、王国にとっては邪魔な存在となっている。
 ――この後、間違いなく起こるであろう大きな動きの中で、奴らが変な動きを起こさせないためにも、今、久たちが奴らを消すのが一番だ。そうカナリアは考えたのだ。
 街に入って、まず久たちは一軒の家に向かった。
「清真、来たよ」
「久か、入れ」
 先の砂漠の一件でも関った清真はこの街に住んでいるのだ。

 カーテンで光が遮断され、締め切られているこの部屋には、清真のほかに琴音と見慣れた人物がいた。
 そんな中皆の中心に進み出るのは清真。
 一同には一度は聞かされているであろうが確認のためにカナリアが考えた策を伝えた。
 ……そして、実行の夜を待つ。
「ウィン、白、留守番頼むよ」
 久は二匹を抱き寄せ、言った。二匹は不満げではあったが、ついていくと邪魔になる、ということは目に見えていたのでしぶしぶと頷く。

 ――やがて清真が腰をあげ、琴音を促す。
「じゃあ、派手にやってくるよ」
「了解、さっさと始末するわ」
 久と久志も立ち上がり、二人は顔を見合わせると、頷き合った。



 ――夜、それはこの街がもっとも活動的になる時間帯である。
 この街の中心にはまるで城のように君臨する巨大な建物がある。その<違法都市>の象徴的な建物は、中心人物の住まう建物である。
 暗闇に紛れ久たち二人がやってきたのは正面門。
 と、その時裏手で爆音が轟いた。――清真たちだ。
 それを契機に途端に辺りが騒がしくなる。正面門が、ばん、と大きな音と共に開いた。清真たちを背後から襲い挟み撃ちをすべく走り出す敵たち。その扉の開いた隙を突き、二人は影のように中に忍び入った。
 さすがは今まで奴らを調べていただけはある。久志の足取りには迷いがなく、最短距離で敵の元へと進んでゆく。
まるで迷路のような内部だが、彼女にかかればただの道。二人は息を殺しながら暗い廊下をひたすら進む。


 ――やがてたどり着いた先は小さな小部屋。物置の様らしく、木箱が辺りに落ちている。
 ……一見すると何も用はないようであるが、違う。部屋の隅の木箱をどけると、そこには地下へと進むはしごがあった。
 これは敵にとっての脱出口である。これを使えば、敵のところまですぐにたどり着けるのだ。


 二人ははしごを降り、扉の向こうの気配を探った。
(……居る……!)
 久は刀の柄に手をかけ、扉を足で蹴り開いた。そして目に飛び込んできた人物に向けて刀を振るう。
 久に背を向けていた男は、前方に大きく跳びながらくるりと向きを変えて久を一瞥し、大きな炎の塊を投げつけてきた。
「破っ」
 それに対して久は振り下ろした刀をそのまま振り上げ、その風圧で炎を真っ二つに切り裂いた。その炎はそのまま消えた。
 久と男が視線を合わせる。
(今……呪文詠唱無しで魔法を使った……?)
 魔法を使うためには精霊と言葉を交わし、それでもって呪文を詠唱しなければならない。つまり、何かしらの言葉を発しないと魔法は使えないのである。
 しかしこの男は何も言葉を発していない。だが男は炎を放った。人間が炎を無から作り出せるわけがないというのに。
 こんなことができるのは……魔物……
(しかしこの人はどう見たって人間だ)
 二人は見つめあったまま互いに動きを牽制しあう。
 すると、男が右手を丸め、その中に何かを押し込んだ。途端、水が久に向かって押し寄せる。
 まるでそれは波のように、久を飲み込むかのように大きく、高くなる。
「――っ!行ってこい、<鷹(ホーク)>っ!」
 久は刀を虚空に向かって振るう。すると蒼い光を帯びた刀から蒼く光る鷹が飛び出してきた。
 その鷹は、迫りくる水に穴を空けるとともにその衝撃で消されてしまったが、久はその穴に飛び込んで水の脅威から逃れる。
 そのまま、男にとびかかった。
 刀を振り下ろす。
 このような強力な相手には容赦はしない。
「っ……」
 間一髪、男は床を転がり、久の刀を避ける。床に刀を振り下ろした風圧でひびが入った。
 久は男の姿を追い再び刀を振り上げた……その時、
「隼人?」
 男がつぶやいたその言葉に久は動きを止めてしまった。
 その間に男が久から大きく距離をとった。
「……君は、何者だ?それは隼人の刀だろう?」男は続ける。
 久は刀を下ろした。
「隼人は僕の祖父です。あなたはこれを知っている……?」
「あいつの孫!……そうか、孫か……」
 男は破顔し、少し寂しそうな表情をした。そして久の頭から足まで、じっとその姿を見つめる。
 やがて、ひとり頷くと、
「俺はかつて隼人とともに闘った信だ」
「え!義父……いえ、潤の戦友の信さん……!話を聞いたことがある!」
 久が驚きの声を上げると、男、信も驚いたらしい、少し表情を変える。
 刀を鞘にしまい、久は改めて信を見やる。育ての親、潤から聞いた話によると……
(変人、女たらし、おしゃべり、って……言われたけど……?)
 今目の前にいるこの人物が潤の言う通りの人物とは思えない。
「それでは、君は敵ではないのだろうね?」
 信のことをじっと考えていた久は、信がそういいながら頬をつまんでくるまで信の動きに気づかなかった。
 いつの間にか信は久の背後にいた。ほとんど一瞬の出来事であった。
「僕はカナリア様からの命令で来ました」
 久がそう答えると、信は突然爆笑しだした。
 信の手を払い、再び彼に向き直った久は不思議そうに首を傾げる。彼の横にさっきまでの戦闘をはしごの近くで眺めていた久志が並んだ。
 二人は顔を見合わせ、やはり分からず、首を傾げあう。
 やがてひとしきり笑い、落ち着いた信が言った。
「君たちも囮だったんだよ、俺が処分する役で君たちは敵を攪乱する役だったんだ。君までも囮にするなんて、あの王様は随分な策士だね」
 そういうと彼はまた笑い出した。
 そして、はしごに向かいだす。
「帰ろうぜ」
「待って、奴らはどうしたんですか?」
 久があわてて追って、信の肩を掴みながら尋ねると、信はあごで隣の部屋を指した。
「行くな。俺は手加減を知らない。……お前は、殺しては駄目だ……裕の……あいつの二の舞になる……」
 最後の方は小さな声で言うと、信は久の手を振り切って、はしごを上がっていってしまった。
 残された二人は、久志が指された隣の部屋に行こうとするのを久が手を握ってやめさせた。
 振り向く久志に久が首を振り、久が代わりに行く。
 ドアノブに手を架け、少しだけ開く。そして久の目に飛び込んできたものは……
 床一面に広がる血と腐乱したにおい、そして……死体。思わず久は顔を歪め、扉をばたりと閉めた。
「行こう、こんな所にいちゃ駄目だ」
 そう言って彼もすぐにはしごに手をかける。それに久志も従った。



 予定していた全てが無事終わり、一行は清真の家に再び集う。ここには信もいた。
 信からカナリアの張った三重の策を知らされ、清真と琴音は驚き、またほっとした笑みを浮かべた。
 しかし久だけは内心笑ってはいられる状態ではなかった。
(「お前は、殺しては駄目だ……」)
 信のその言葉が久の頭の中をめぐっていた。
(……「あいつ」の二の舞……?誰のことを?信さんはきっと僕の知らないことを知っている。義父が教えてくれないことも……)
(義父さん……何が起ころうとしているの……?)
 胸騒ぎがする。



 翌日に王都に戻りカナリアに報告をした後、久はウィンと白を連れて、義父の住む、自分が育った小さな村に向かった。
「ただいまっ」
 久は家の扉を開きながらそう声をあげた。その左腕で白を抱え、右肩にはウィンが座っていた。
 すると中から誰かがこちらに向かってかけてくる音が聞こえた。
「お帰りなさい、久くん」
 そう言って彼らを迎えてくれたのは、久の友人であり育ての親である潤の娘、舞であった。
 彼女はそれから父親が今いるであろう部屋を久に教え、それから久の腕の中のものに気づき、驚きの声をあげた。
「わあ、龍!一体何があったの?」
「一緒に義父さんの所に行こう、そのことを話そうと思っているんだ」
 何が起こりつつあるか知りたかったから……ということは心の中にしまっておいた。彼女を心配させるわけにはいかない。でもそのことを話せば、義父さんは気づいてくれる、久はそう思っていた。
 右手を差し出し、一緒に行こうと久は思ったが、舞は恥ずかしがって手をとらず、先に潤の元へ行ってしまった。
「あれ……?」
 それが久には不思議で仕方なかった。



 少し後、
「…………」
「――なあ久、君が優しい心の持ち主だ、ということは十分承知している。だが……何故色々なことに首を突っ込む?」
 育ての親である潤は腕を組んで座りながら久を睨んでいた。
 彼の前で久は正座しながら話を聞かされ、しかしその隣では話がいまいちよく分かっていない白がちょこんと座っている。ウィンはどこかにふらふらと行ってしまったがそれはよくあることなのでたいして心配はしない。
 そして、舞は部屋の入り口付近ではらはらしながらことの成り行きを見守っていた。
 もともと潤は厳格な人物であった。本当の子ではない久にもまるで本当の子であるかのように教育した。最早、久にとっては義父というよりは父という存在なのである。



 潤は、大きく息をつくと、
「だが、もう始まってしまった……私には止められない。だから何も言えない」
 久と舞が息を飲んだ。
 思わず久が口を開きかけたとき、しかし潤は久より先に言い放った。
「ただ、私たちには関わらせるな。敵は強大だ。そんなのに巻き込まれたらこの生活はひとたまりもなく崩れ去る。だから――」
「待って父様!久くんがこの家を出るって事?父様はなんでそんなに弱いの!魔王を倒した人でしょう!」
「何か問題があるのか、舞。この暮らしは私たちだけのものではない。この村の皆を危険にさらすというのか、お前は」
 潤の鋭い眼光に射抜かれた舞は何も言い返せず、ただ黙って島しまった。
 久は立ち上がると、
「――義父さん、僕は<勇者の孫>だから、やらなきゃいけない気がするんだ。舞、僕は大丈夫。ちゃんと終わらせて戻ってくるから」
 潤は答えない。久はそれを肯定と捉え白を抱えると二人に背を向けた。
 舞は久を追ってどたばた音を立てながら走る。潤は宙を仰ぎ、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「――隼人、どうしたものかなぁ……」
 天井をぼんやりと見やりながら彼はぼやく。
 ――そのとき、彼は何かを感じた。
(これは……この気配は……!)
 彼は表情を一変させ、少し焦ったような、でもそれともまた違う微妙な表情をしながら外に飛び出した。
 家の裏に広がる林の中を駆ける。そして、林の中の少し拓けた広場のような場所に出て……
 そこに黒装束の男が潤に背を向けて立っていた。その男はゆっくりとこちらに向き直り……
「潤様……」
「裕之……」
 二人は、長い時を経て再び出会った。
 裕之、と呼ばれた男は、無表情であったが、内心はなんと言っていいのか分からず困っていた。
 そして潤も呼びかけたはいいが、次の言葉が出てこなかった。
 ……だがやがて黒装束の男、山崎裕之が口を開く。
「……お久しぶりです。あの時以来、ですね……」
「ああ……そう、だな……。まぁ、元気そうで何よりだ」
 お互いに言葉を選びながらゆっくりと話す。しかし二人は決して目をあわせようとしない。
 再び降りる沈黙。次に口を開いたのは潤の方だった。
「――あの時考えた通りの事が起こっているんだろう?うちの子供が……巻き込まれた。奴らに目をつけられた!」
「……潤様のお子様が……。それは……。でも、これは止められないことです。あの時止められなかったのだから、 今再び止められるわけがない……」
「裕……君は変わったね。あの時の君は主人に抗うほどの力強さを持っていたというのに」
「……そのために失ってしまったものはあまりにも大きすぎた……」
 裕之は自嘲気味な口調で言った。
 そして、二人ははじめてここで目を合わせる。
「貴方は去った方がいい、来る」
「そうか、分かった。……近々、また会いそうだな」
 裕之は返事をせずに背を向けた。
 潤も返事なんて期待していなかった。すぐさま踵を返して駆け去る。



 裕之は木々の間を抜け、草原に出た。
 大きく息を吐く。
(言いたいことはこんなことじゃなかったのに!)
(お元気でしたか、お久しぶりです。あの時以来皆様のことは一時も忘れませんでした。だから潤様――貴方に再びあえて幸せです)
(私たちにも子供ができたんです。潤様にも会わせたくって……)
(また会いたいです。潤様だけでなく、信様、鷹彦くん、そして……)
「裕」
 そう声をかけながら裕之の肩を誰かがたたく。彼は一瞬、身を震わせた。
 振り返らずとも分かる。そこにいるのは彼にとって見慣れた……
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもない……」
 しかし、その顔を久が見たらどう思っただろう。
 それはまさしく、久たちが砂漠で出会った――



続き
20050917
20070711改訂


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