第十話  輝く明日





「――間抜けなものだな……」
 ぽつり、と裕之は呟いた。彼の隣に立つ青年が、どうしたのか、と首をかしげる。
「目の前で皆が戦っているというのに、見ていることしか出来ないとは」
 彼は、信が行ってしまってから、どうすることも出来ずに立ち尽くしていた。……そんな彼の姿を見て青年は思わず苦笑する。
「私はアイレス様に止められたが、裕は誰にも何も言われていない。行けばいい。……それに、このままだとあの子はアイレス様に殺されるかもしれないぞ」
 青年のその言葉にぐらり、と裕之の心は揺らぐ。――そんな彼の肩に、そっと青年は手を置いた。
「但し、アイレス様にもしものことがあったら、私は許さない」
 そして、その手で肩をそっと押した。
「分かった」



 ――圧倒的な力だった。
 アイレスが一回腕で薙ぎ払えば、それは久を吹き飛ばす。
 たとえ久がうまくかわしたとしても、第二撃が待っている。
 アイレスの爪は鋭く、触れるだけで皮膚は裂けた。
 もし、それが自分の身体に突き刺さったら……考えるだけで身震いがする。
 ……もっとも、久にはそこまで考える余裕などはなかった。


 ぎんっ……
 何度目かの鈍い音が響いた。
 激しい攻撃を受け止めていた久の刀は、あまりにも強い衝撃によって彼の手からするりと抜けて、後方に吹き飛ばされていった。
 丸腰になった久。彼に向けてアイレスは手を伸ばす。容赦はしないようだ。
 危ない!そう叫びながら駆け出したのは潤。
 手から刀がなくなったことに動転し、久は動けない。
 潤が手を伸ばす。しかし、まだ距離が随分あり、間に合いそうもなかった……
 久に、アイレスが肉薄した。潤は、目の前が真っ暗になるような感覚に陥る。
 その時、紅い影が舞い降りた。
 その影が、久を抱きかかえ、高く跳んだ。
「裕!」
 ほっとしたような、嬉しそうな声が上がる。信だ。
 その影とは、勿論裕之であった。彼は、青年に肩を押され、そのまま飛び出していたのであった。
 着地の音も立てずに、彼は潤の元へと降り立った。
 そこで久を降ろすと、彼は前へと、アイレスの元へと進み出る。
「こんな……こんな無意味な争いは、もうやめてください」
 そして、嘆願した。
「貴方は……貴方の考える世界は……」
「違うのだよ、裕之。これは、彼が望んだのだよ。両親の仇をとる、という彼の意思がな」
 そんな彼をアイレスは着き放つ。
 だが、彼は引き下がらない。何としても、これ以上の悲劇は起こしたくはなかった。
 ……たとえ、自分の身がどうなったとしても……!
「貴方の所為じゃない!あれは、貴方の所為ではないでしょう!」
「――直接的には、な」
 アイレスは応えながら腕を振るう。衝撃波が沸き起こり、裕之に向かって飛んでいく。
 危ない、そう久は口を開きかけたが、裕之は片手で簡単な印を組み、ぎゅっとその手を握ると、ばっと振り上げた。
 裕之は何事もなかったかのように、全く動じなかった。
 彼はただ、争いをやめさせたかった。じっとアイレスに目を向ける。
 だがアイレスはただ肩をすくめるだけであった。彼も裕之を見つめる。
 よそ見しているのを幸いに、と動き始めたのは信たち。
 先ずは久志。彼女には、剣がなくても魔法があった。口の中で長い言葉を紡ぎ、瞳を見開く。
 彼女の心臓が燃え滾るほど熱くなる。彼女はそれに耐えながら、最後の言葉を叫んだ。
 それと同時に信も動いている。
 掌に押し込むのは黄色く光る石。それを押し込んだ時、彼の掌の辺りでぱちぱちと何かが弾けた。
「破っ」
 久志の目の前の何もない空間から、突如火柱が上がった。その火柱はすぐに収まったが、その代わりに炎は床を這った。
 迷うことなくそれはアイレスに向けて広がってゆく。
 かたや、信の掌からは雷が迸る。それは天井を駆け巡り、アイレスに向けて一斉に落ちた。
 炎と雷が激しくぶつかり合い、すさまじい衝撃を放つ。
 爆風が巻き起こった。
 ウィンがそれを見てあわてて爆風を相殺させようと風を起こす。
「やった!」
 そして彼女はそう歓声をあげた。これだけの攻撃を受けたのだから、アイレスはきっと……
 だが、そんな彼女の期待は、隣の裕之の言葉でかき消された。
「アイレスが、この程度で倒れるなんてありえない。痛くも痒くもないよ」
 その言葉に応じるかのように、巻き起こっていたもやが晴れ、先が開ける。全員の目線の先に見えたのは、先ほどと全く変わらない様子で立っているアイレスの姿であった。
 ただ、彼の表情は少しかわっていた。険しくなっていた。
 そしてかれは信たちを見ながら、ただ一言、呟いた。
「目障りだ」
 掌を、彼らの方に向ける。
 それは、何の前触れもなく光り、その向く先に光り輝く何かを、発した。
「―――っ……!」
 信は声にならない叫び声をあげる。
 本能が、やばい、と告げる。
(だが、避けきれない。……ならば、当たって砕けるかっ)
 決死の覚悟で信は立った。
 それに応えるように、久志も、琴音も逃げ出そうとはしなかった。
 そんな彼らの前に、小さな白が、走り出た。
「白!」
 琴音が叫ぶ。
 信たちの前に、まるで彼らをかばうかのように立ちはだかった白は、身体にありったけの力を込めた。
 白の身体に、アイレスの放った光がぶつかる。
 辺りが一瞬光に包まれる。誰もがその眩しさに思わず目を瞑った。
 そして、久が再び目を開いたとき、飛び込んできたのは破壊され大小さまざまな瓦礫が転がる床と、そこに倒れる信、久志、琴音そして白の姿であった。


 その時、久の中で何かが切れた。
 裕之もすぐさまそれに気づき、思わず彼を振り返り、はっと息をのむ。
 その時既に、久は飛び出していた。
「久、待ちなさい!」
 潤は叫んだ。その目は混乱していた。
 だが、久の耳にはその言葉は聞こえなかったようだ。
 くそ、と舌打ちをする潤を、裕之が抑える。
「潤様、あなたは信様たちの所へ。俺なら、アイレスには負けませんから」
 久への心配と自分の無力さへの苛立ちで珍しく自分を見失いかけている潤を、裕之は抑えた。
 それだけで潤には十分であった。一瞬彼は裕之を心配そうに見たが、彼の強い目を見て、黙って信たちの下へかけていく。
 そして裕之は残ったウィンにも、
「お前も、あっちに行け。巻き込むぞ」
「分かった。でも、一つ聞きたいことがある。……アイレスに、本当に負けないの?」
「久の事はきちんと守る。安心しろ、誰も、殺させはしない」
 きちんと応えてよ!……そうウィンは言いたかった。しかし、彼はすぐに前に出てしまい、彼女を見ようとはしない。
 彼は胸の前で静かに手を合わせた。
 ひとつ深呼吸。そして、彼は動き出した。
 その動きを見つめるウィン。そんな彼女を彼が一喝した。
「俺から離れろ!巻き込まれるぞ!」
 彼は素早く、印を組んでいた。
 彼を中心に空気が動き始める。ウィンは慌てて彼から遠く離れた。
 印を組み終わり、彼がその両の拳を強く握ったその時、彼の周りの空気が揺らめいた。
 ウィンは何事が起るのか、と、じっと目を凝らしてその変化を見つめる。
 その途端、彼の身体が炎に包まれた。
 そしてそのまま、彼は床を蹴って飛び出した。
 その姿は、まるで伝説の火の鳥のようであった。ウィンは暫くその輝きの美しさに見とれた。


 アイレスは先ほどまでとは全くもって様子を変えた久の姿を見て驚いた。
 そして、25年前に隼人と刀を交えた時のことを、少しだけ思い出した。
 隼人と久。血のつながる二人の男について考える。
 隼人。すばらしい男であった。
 人間の常識に捕らわれていなかった。冷静に物事を見て、理解し、判断する男であった。
 そして、憎むことをしない強い心をもっていた。
 人間の生活が魔物によって脅かされないことを望み、そして真実の一端を知った。つまり、魔王がこの世界に存在しなければならない理由を。
 ……そして彼はそれを理解し、魔物と相対することをやめた。
 一方の久だ。彼は、隼人とは全く違う。
 隼人が「静」ならば久は「動」である。
 あまり人の話に聞く耳を持たない……よく言えば情熱家である。
 そしてそれ以上に隼人と違うところは……憎しみを強く持ち続けていることであった。
 その憎しみの心を力に変えて、久は今、ここに立っている――


 不思議なものだ。アイレスは思う。それほどまでに人間の心は環境で変わってしまうものなのか。そう思っていた。
 そう彼が思っているそのときも、久の斬撃は続いていた。
 対峙する二人の頭上からすさまじい力の塊が降ってきた。裕之である。
 久は彼と入れ替わる形でばっ、と後ろに飛びのき、間合いから外れる。
 アイレスの手刀を、彼は絶妙のタイミングで受け流して、そのままアイレスの懐へ飛び込んだ。
 そうはさせじとアイレスは残った片方の手で裕之を掴もうとする。
 彼の爪が裕之の身体を掠める。だが彼は身を引こうとはしなかった。傷のことなど考えない、捨て身の攻撃であった。
 そして裕之は、炎を纏う掌をアイレスの腹にたたきつけた。
 炎が大きくはじける。
 アイレスは後方に少し押され、裕之もその反動で大きく後方へと飛び去る。
 少しは後ずさったものの、アイレスには大してダメージをおった様子はない。
「どうした裕?手加減などしなくてもよいのだよ」
「貴方だって、そうじゃないか」
 そう返すと、彼は再び床を蹴った。アイレスはその場から動こうとせず、彼を迎え撃つ。
「貴方は争いを避けようと今までやってきた。では何故今、こう争うんだ!」
「――事故の後始末をつけるだけだ。勝手に動いた馬鹿が犯した過ちという事故のな」
 裕之の纏う炎の一部が彼から離れ、いくつもの小さな塊になってばらばらと飛び出した。そして彼はアイレスの間合いに入る。
 小さな炎の塊が次々とアイレスに襲い掛かる。ちらちら、とアイレスの周りを飛び交い、攪乱させようとする。
「じゃあ、真実を伝えればいいだろう!あれは、誰も命令などしなかった、と!」
 アイレスの手が、裕之の腕を掴んだ。」
 裕之の炎がちりちりと音を立てアイレスを包むが、火傷をした気配などない。
 両手を奪われた裕之であったが、彼はアイレスに向かうそのままの勢いをもって、足でアイレスを蹴り上げた。
 それはアイレスの膝を打ち、思わず彼は片腕を離した。自由になった片腕で、裕之はアイレスの首を狙う。
 だがアイレスは、身体全体に力を込めると、それを一気に開放した。
 彼を中心として爆風が巻き起こる。
「――っ……」
 激しい力でもって裕之は身体を打ち付けられた。そして、その場に落ちる。
 身体がしびれて、動かない。呼吸するのが精一杯であった。
 アイレスがそんな彼の胸倉を掴み、持ち上げた。
「それですべてが丸く収まるなんて、彼の様子を見ては考えられないだろう」
 そう語りかけたアイレスは、そのまま彼を抱きかかえ、大きく横に跳んだ。
 いつの間にか背後に回りこんでいた久が、刀を一閃させていた。
「事故……?僕の親のことを……その一言で片付けるのか!」
「久……違う。本当にアイレスは何も悪くないんだ」
 アイレスの腕の中に包まれて、裕之はただ頭をふる。
 その間にも久はアイレスに迫る。
 アイレスは片腕で裕之を抱きかかえながら、器用に久の斬撃を受け流している。
「アイレス、離してくれ。もう大丈夫だ」
 裕之はそういうと、緩まったアイレスの腕の中からするりと身を沈め抜け出した。
 身が軽くなったアイレスは、ばっと前方の久に飛び掛る。
 アイレスの腕が伸びる。
 久の刀が一閃する。
 何度も何度も二人は打ち合った。だが、久の方が押されているように見える。
 必死に歯を食いしばり、耐えている久。
 だが一方のアイレスの表情にも余裕などは見られなかった。
 互いに必死の攻防が続く。

 そのような状況の中、先に一歩を踏み込んだのはアイレスであった。
 久の刀を左腕で受け止めて、右手を彼の腹部に突き刺した。
 アイレスの腕からは血が流れ、久も腹を押さえて身をかがめる。
 血がどくどくと音を立てるかのように、流れ出している。
 これでとどめだ――そういわんばかりに、アイレスはうずくまった久の目の前に立ちはだかり、最後の一撃を放った。
 だが久はまだ負けてはいなかった。
 右手でしっかりと刀を握り締める。痛みに顔を歪めながらも、「負けない」という信念の事は忘れなかった。
 ありったけの力を、彼は右手に込めた。そして、前に向け……アイレスに向け、一気に突き放した。
 淡く蒼い光を放ちながら、その刀は激しく空気を切り裂いた。
 同時に、アイレスの鋭い爪が、久の肩を穿った。
 だが、久の刀も同時にアイレスの腹を穿っていた。
 アイレスの口元から少し、血が流れた。彼は思わず刀を引き抜き、数歩後ずさりした。血が滴る。
 彼は信じられない、といった表情で久に目を向けた。
 その久は苦しそうに立ち上がると、きっとアイレスを睨んだ。
 刀を構え、まだ闘う意志をはっきりと見せる。
 それを見たアイレスは、面白い、とゆっくりと構えをとった。傷はそう深くはなかった。彼にとってはまだ十分闘える状況であった。
 翼を大きく広げ、彼は待ち構えた。
 彼よりも多くの傷をうけた久。その体力は最早限界をとうに超えていた。早く勝負をつけなければならない。
 久はすべての力を込めて最後の一撃を放つべく走った。
 アイレスも、それにあわせて床を蹴る。
 その二人の間に、突如として割り込む人物が現れた。
 アイレスは驚きながら、あわてて動きを止めた。だが、久はその存在に気づくのが遅れた。刀を振り下ろしたところで、ようやく気づく。
 だが、彼の中に残った体力では、自分の動きを止めることは、もう出来なかった。
 二人の間に割り込み、立ちはだかった人物――裕之の左の肩口から右側腹部にかけて、久の刃が彼の身体を切り裂いた。
 久は手から刀を投げ捨て、倒れる裕之の身体を支えた。
「裕!」
 そう叫んだのはアイレス。
 彼は一瞬にして元の一回り小さな人間に近い姿に戻ると、裕之に駆け寄った。
「山崎さん!」
「――久……。アイレスは、この国の柱なんだ……。魔物たちは、柱を脅かす存在を排除しようとする……アイレスの意思に反して……勝手に……」
「喋らないでくださいっ!今、止血しますからっ」
「アイレスに深手を負わせ、暫く眠らせた隼人様……それは、十分に柱を脅かすものだ。……その血、それは消すべき対象。そう、低級魔は考えた……」
「山崎さん……」
「アイレスは、悪くない……アイレスは命令など、していない……。アイレスを、憎まないでくれ。憎むなら……俺を、憎め……隼人様を殺した、この俺を……」
「もう、やめなさい」
 アイレスがそう言って裕之の言葉を止めた。
 名も知らぬ青年が、彼の隣で裕之の手当てを始める。
 彼は、その傷を見て、表情を険しくする。
「傷が深い。早めにきちんとした治療をしなければ、危ない。……裕……」
「私がやるよ」
 遠くから、そう声があがる。
 全身に軽く傷を負いながらも、しっかりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる人物。
「久志さん!」
「白が守ってくれた。皆たいした事はないわ。……取り敢えず、見せなさい」
 青年が一通り出血した血をぬぐい、傷口に布を当てていたところに彼女は割り込むと、じっと裕之を見つめた。
 こいつは、祖父を殺した憎むべき人物……だが、久を守ってくれた人物……
「……傷口位なら、塞げるわ」
 憎い男だが、目の前でこんなにも苦しんでいる……その様子を見てしまうと、彼女は助けずにはいられなかった。
 指先に精神を集中させる。小声で、素早く呪文を唱え、彼女は指先に力を込めた。
 すると、淡い緑色の光が指先を覆う。彼女はその指を、傷口の上で滑らせた。
 指先から零れ落ちた光が、傷口をやさしく覆う。
 青年が、感嘆の息を漏らした。少しずつ、傷口が小さくなっていく。
「これなら……暫く安定させておけば、大丈夫だ」
「待て」
 青年と久志が協力して裕之の手当てをしているところに、アイレスが口を挟んだ。
 何だ、と思わず久はアイレスを睨んだ。だがそんなことは気にもかけずにアイレスは裕之の耳元でささやいた。
「君の気持ちは分かった。だから、ゆっくりと寝ていなさい」
 そして、答えを聞くまもなく、裕之の目の前で指をぱちん、と鳴らした。
 途端、まるで糸が切れたかのように裕之が眠りに落ちた。
 ほっと頬を緩めたアイレス。裕之の額に手をあててから、ここでようやく久に目を向けた。
 アイレスの一連の行動を見た久志は、彼の裕之に対する愛情を垣間見たような気持ちになり、なんともいえない気分になる。
 ……それは久にとっても同じだったようだ。複雑な表情を浮かべながら、彼はアイレスを見返していた。
「――先ほど彼が言ったことはすべて真実だ。私が傷を治すために眠っている間に、勝手に動いた奴がいた。君がこの前、怒りに任せて消し去ったやつだ」
「……」
「攻撃を受けるまでは動かない。そう徹底していたつもりだが、完全には聞き入れないやつがいた。それは私の責任だ。すまなかった」
 これで完全に久は戸惑った。
 この地に来てから幾度となく見せられた魔王の知られざる姿。それに自分の心が砕かれそうで、彼は戸惑う。
 だがそこで、彼は気づいた。まだ残っていた。一つだけ、残っているものがあった。
「白。白の親を殺したのは……」
「――群れから孤立していた彼女がただ一人、蜂起した。彼女は私の事が嫌いなようで、私が目覚めることを嫌がったのだろう」
 すぐさま、アイレスはそう返す。
 白は親が群れを嫌っていたことにうすうす気づいていたのだろう。何も反論してこない。
 アイレスは続ける。
「本気で向かってくる彼女に、こちらのワズンも本気で迎え撃った。それが、その結果になった。彼女は、何も信用してはいなかったのだよ。仲間のことも、我々のことも……」
 久にとっての最後の頼みの綱は、いとも簡単に切られてしまった。
「残念だが、最早君には闘う理由はないだろう。
……そして、君は私を倒せない。私という核がいなくなれば、この大地は本来の力を現すだろう」
 はるか昔、人々の生活を脅かし続けた自然災害が……
「……君」
 何も言えない久に、アイレスは語りかけた。
「私は争いを好まない。人間が手を出してきたので自己の防衛のために我々は闘っていた。……だから、もし人間が我々を受け入れようとするのならば、我々も人間を受け入れよう」
「もう、こんなことを起こさせないために……?」
「そうだ。……あの時、隼人にも同じことを言った。だが彼は『今の国では、無理だ』、そう言った。
 ……今なら、どうだ?」
 久は考えた。
 カナリア。彼は城を広く開き、皆の意見を知りたがっていた。それは先代の王にはなかったことだという。
 もしかしたら、彼なら話を聞いてくれるかもしれない……
「……言ってみる。カナリアなら、きっと聞いてくれる」
 そして、そうゆっくりと応えた。


 ――隼人の出来なかったことを、する。
 彼の中に新たな目標が、おぼろげながら、生まれた。





続き
20060409
20070711改訂


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