第八話 秘密
「ここに魔王が住んでいるのか……何だか、思っていたものとは大分違うな……」 目の前には小高い丘、その頂上にはおおきな屋敷があった。 ここから見る限り、2階建ての煉瓦造りのしゃれた建物である。 周りには木々が生い茂っているが、そのどれもが緑々したものであり、<魔王の住みか>として想像していたものとは全くかけ離れた明るい雰囲気がここにはあった。 先頭を歩いていた男は、振り返るとここまで一緒に来た仲間たちの顔を見回し……そこで気になるものを見つけた。 「どうしたんだい、裕之?」 俯き、表情を曇らせていた青年はびくっ、と肩を震わせてから、おずおずと顔を上げた。 青年の隣にいた男が、そんな青年の背をどん、と叩き、 「何、お前びびってんの?お前らしくないじゃないか」 言うと、今度は先ほど声をかけてきた先頭の男が近付いてくると、青年の顔に手をやり、彼の顔を上げさせて、 「何かあるのかい?やけに顔色が悪い」 心配そうに尋ねてくる。 青年はあわてて「大丈夫です」と言い男の手から離れるが、「やっぱり変だ」、と先ほどからこれらのやり取りを静観していたまた違った男がそう結論付けた。 その男は腕を組み、視線を青年に投げかける。 その視線に青年は首をすくめ、困ったように頭を掻いた。 (もう引き返せないところまで来てしまったんだ……もう、何が起こったって僕は……) 一つ深呼吸し、自分の胸を落ち着ける。仲間は彼のことをせかそうとはしなかった。――皆、彼のことを信頼していたのだ。 それは、彼自身にとってとてもうれしいことであった。しかしそれと同時に、苦しくもあった。 彼は身体の力を一度全部抜き、その間に自分の中をひと通り整理する。 (僕は……隼人様と共に進むと決めたんだ、こんな所で隼人様の思いを裏切ってはいけない!) 胸に手をあて、その思いを自分の中に叩き込む。 少し強い風が吹き、彼の長めの髪が揺れた。彼は乱れた前髪をかき上げながら、顔を上げた。彼の表情のかすかな変化をもとらえた隼人は大きく頷き、彼、裕之も力強く言った。 「大丈夫。僕は、大丈夫です。さあ参りましょう」 25年前、潤と信はこの場所で魔王の住む屋敷を見上げていた。 そして今、彼らは再びこの場所へやってきた。 二人の頭の中に、かつての風景が一瞬よぎった。潤は周りを見回すと、何も変わっていないことにため息をついた。 (再びここに戻ってくることになるとはね……) メンバーは違うが、再びここに来る事になるとは、彼は思ってもみなかったことである。 (いったんは、すべてが終わったと思ったのだがね) 肩をすくめ、彼は信を見やった。彼も同じようなことを考えていたらしい、複雑な表情を見せながら苦笑していた。 「なぁ潤」 「何だ」 「――いるんだよな、裕が……」 「……いるはずだ」 短い会話の後、どちらともなく大きなため息をついた。 ……風が、吹いた。 「なぁ、お前、……少し前に裕に会ったんだよな?」 「ああ……会ったよ」 「あいつ、どうだった……?」 少し考えてから、潤は答えた。 「――……相変わらず、色々なものに追い詰められているような様子だった」 少し間をおいてから信は答えた。 「……そっか……」 その声は何となく寂しそうな色を帯びていた。 それを聞いて潤は、呟いた。 「お前は、もし……」 だが、やめた。「何でもない」と言い、尋ねることをやめた。 だが、彼が何を聞きたかったのか、信は何となくわかってしまったようだ。「そんなこと訊かないでくれよ」というと、顔を背けてしまった。 感傷に浸っていた二人を現実に引き戻す声が二人にかかった。久だ。 彼らはもう丘の真ん中くらいの所に行っている。 「ああ」と返事をし、潤はここまでついて来てくれた一角獣の顔を優しくなでる。すると一角獣はうれしそうに目を細めてから、彼らの向かう方向とは逆方向に駆けていった。 それを見送ると、潤と信は並んで、丘を登っていった。 おおきな扉が久の前に立っていた。 木で出来た黒みがかった扉。その扉の脇には灯かりがある。それは勿論炎ではなかった。 彼は取っ手に手を掛けると、それを引いた。 扉は音も立てずに素直に開かれる。 扉の奥には、白く明るい清潔的なおおきな玄関が広がっていた。 久は白を琴音に預けると、屋敷の中に飛び込むと同時に腰の刀を抜いた。それでもって、横から繰り出されてきた刃をそらす。 そのまま彼は刀を横に滑らせ、敵の喉元に切りかかろうとする。 だが相手はそらされた刀を追うように身体を沈め、そのまま床に手を着くと、それを起点にして久の後ろに回りこんだ。 久はそれを気配のみで察知し、前方に大きく跳び、着地と共に身体の向きを変える。 その時、相手は右手一本で刀を構え、久を見据えていた。 それに対し久は一度刀を鞘の中に収め、足をずらし、居合いの体勢を取った。 それを見てから、相手は刀を前で振り、そのまま鞘の中に収め、そして、右手を胸に当てると、久に向け深々と一礼した。 「お待ちしておりました、我らが王がお待ちです。奥の扉へお進みください」 それに鼻を折られたような思いで、面食らう久であった。 様子を見ていたウィンはすぐさま久の肩の上に降り立って、不審そうな目つきで先ほどまで久に刃を向けていた青年を見やる。 「いきなり斬りかかっておきながら「お待ちしておりました」ぁ?腹の底には何が眠っているのかしら?」 言い放つと、彼女は相手を計るように笑った。 すると、青年は大真面目な表情で、 「アイレス様はあなた方を通せと申されました」 そう言うと、頭をもう一度下げた。 彼の言っていることが本当なのか、久はわからなかった。罠、という可能性だって大いにあると思う。彼は青年を見て、動かなかった。 そんな彼の横に白を抱えた琴音が立つ。 彼女の腕の中の白が、ばたばたと手足を動かしながら、めいいっぱいに身体を伸ばして久の腕に触れる。一体どうしたのか、と久はあわてて白を抱き上げた。 すると、白は唯奥の扉を指差した。 『いる……おくに、いるよ』 「ありがとう、白」 ぎゅっと白を抱きしめ、久は答えた。彼は白を琴音に戻し、歩き出す。 扉の取っ手を引く。やはり、先ほどと同様にこの扉も全く問題なく開いた。 こちらの部屋は先ほどの部屋よりもはるかに巨大であった。天井は高く、壁の上のほうが一面のほとんどがガラス張りになっている。そこから差し込む明るい光に包まれた大広間であった。 久たちの真正面に男が立っていた。 大柄な、マントで身体を覆っている男。黒い髪に青白い肌、そして、魔物に見られる尖った耳と長く、鋭い爪。 「――お前が……」 久の目はその男にくぎづけになった。 男は、ゆったりとした動作で手を開くと、 「いかにも、私がブレノスアイレスだ」 言いながら、膝を折って紳士的に礼をした。 そして、彼は優しい声で呼んだ。 「――裕之、隠れていないで出てきなさい」 言い終えた直後、部屋の中に一陣の風が起こった。窓も開かれておらず、閉ざされた空間の中であるのにも関らず。 その風に乗るように、燃え盛るような紅の衣を纏った男が姿を見せる。そして、アイレスの前にふわりと降り立った。 アイレスは彼、裕之の肩に手を置き、 「行きなさい、君を待つ者の所へ」 言って、手を離した。しかし裕之は静かに頭を振り、アイレスに身体を寄せた。 そのような彼の姿に激しく動揺するのは久。彼は大声で裕之に呼びかけた。 「山崎さん!僕の……僕の何がいけないのですか!?」 だが裕之は何も反応を見せなかった。声は聞こえているはずなのに、唯虚空を見上げているのみだ。 すると、久の前にすっと信が出てくる。彼は掌の中に紅い宝石を押し込んだ。途端、彼の掌の上に小さな炎の塊が現れる。 彼は掌の上で炎を弄びながら、 「貴様にはちーと灸を据えてやらなきゃならないようだな」 怒った口調で言うと、床を蹴って裕之の所に突進しだした。途中で掌の上の炎に息を吹きかける、するとその炎は何倍にも膨れ上がりながら裕之に向け進んでいった。 やがて、その炎は先が割れ、まるで矢のような細く、鋭い姿と化し、一直線に飛んでいく。 「ま、信さん!?」 驚く久に、信は唯「こんな事でもしないと俺の気が収まらない!」と返した。 裕之の目がやっと信に向いた。彼は面倒くさそうにため息をつくと、指で空中に模様を描いた。 すると、とんできた炎の矢がくるりと向きを変え、彼の差し出した右腕にまとわりつく。そして、その炎は3回転するともと通ってきた経路そのままに信に向かって飛び出していった。 炎を掌の上の炎で打ち消し、信は口元に笑みを浮かべながら今度は、巨大な火の玉を投げつけた。今度のものは途中で姿を変えることもなく飛んでいく。 だがそれも先ほどのものと同じように、裕之の腕に吸い付くように向きを変えると、彼の元を経由して信のもとへ戻ってくる。 「――気が済むまでどうぞ、信様」 「貴様は矢張り癪に障るやつだ。……貴様を、地獄の底に堕としてやるよ」 今度は信の掌の上で雷が迸る。その光景を見ながら、裕之は哂った。 「私はもう、地獄に堕ちることが決まっているのですよ」 今度は先に裕之が動いた。彼は両手を足元の床に叩きつける。それから一瞬遅れて信の手から雷が放たれた。 裕之の周りの床が隆起し、土が吹き上がってくる。それは迫りくる雷を包み込み、そのまま床に落ちた。 怒りに身体を震わせながら、信は拳を強く握った。 「お前は……反省しないんだな!開き直りやがって」 そういう口調は怒りに満ちており、彼の表情にも腹立たしさはあふれかえっていた。 そんな彼を嘲笑うかのような笑みでもって裕之は眺める。 それが信の怒りを頂点に達せさせた。目の前で拳をぎゅっと握り締める。 「――容赦はしない、貴様を、殺してやる」 「それでは、私も容赦はいたしませんよ、信様」 二人の視線がぶつかり合う。まるで、激しく火花を散らしているかのようであった。 裕之は懐の中から小刀を数本取り出し、左手で持った。対して信は掌の上に光の塊を乗せ相対する。 二人のやり取りを半ば呆然として見ていた久の耳が強く引っ張られた。ウィンである。 彼女の「やめさせてよっ」、の言葉にはっとわれに返った久は、信の下まで走り寄ると声を荒げた。 「何で争うのですか!仲間でしょう!」 彼はそれで二人の争いを回避できると思った。しかし、その言葉は寧ろ火に油を注ぐ結果としかならなかった。 「……それは、遙か昔のことだ」 「これは喧嘩じゃないんだよ、これは敵討ちなんだ!」 そして終に、知ってはならない領域に、誰もが口を閉ざして語ることをやめたことに、久を陥れた。 25年前に起った真実、それは…… 「こいつが……裕が、隼人を殺したんだ!」 今度こそ、久は呆然となった。信じられない、という目で彼は裕之を見る。 だが裕之は目をあわせてはくれなかった。ただ、信と向かい合っていた。 信は久に目を向けず、床を蹴った。 「さあ、弔い合戦といこうか、裕!」 (「君、俺には関らない方がいいぞ」) (「君は言葉で俺を苦しませる」) (「君は俺を不快にさせる」) (「君が俺にあのことを思い出させる」) 混乱する久の頭の中に、裕之の言い放った言葉が滝のように流れていった。 ウィンがあわてて彼の元へと飛んでゆく。 (……僕を嫌う山崎さん……僕を苦しそうな表情で見る山崎さん……隼人を殺した、山崎さん……) 裕之の拒絶、潤たちの意味深な濁された言葉の数々……それが、今、彼の中で一つのものになった。 真実を知る勇気があるか……前に潤が言った言葉を思い出しながら久はただ困惑していた。 そんな彼の耳にうめき声が入ってくる。それに気づき顔を上げると、目の前に信の身体が飛ばされてきていた。 ウィンはあわてて上空に逃げるが、久は突然のことに一瞬対応が遅れて、避けきれずにそのまま信とぶつかってしまった。 「――っつぅ」 「ぐうっ……」 二人同時に呻く。 下敷きにされた久はすぐさま這い出ると、信の身体に斬られた痕があることに気がついた。 だが幸いに深くはないようだ。血もほとんど出ていない。 信は久の手を借りてすぐさま立ち上がる。その目は裕之を睨んでいた。 一方の裕之は、信から目をそむけ、かわって自分に向かってくる久志に目を向けた。 彼女は口の中で呪文を唱えながら駆けてきていた。 両手で握り、下段に構えられたその剣が、彼女の魔法を受けて冷気を帯び、白い煙を吐き出す。 彼女は自称<魔法剣士>。魔法使いでありながら、屈強の戦士であった。 それを見た潤が後を追う。 「やめなさい、久志っ」 呼び止められても彼女は引き下がらない。……実の祖父を殺したものを目の前にして、果たして動かないでいられようか! 裕之は彼女のことを知らなかった。だが、彼女の瞳にぞくりとするものを感じ、早く消してしまおう、と思うとすぐさま動いた。 下段の構えから、冷気を帯びた剣を振り上げる久志、それをぎりぎりのところでかわし、彼女の足元に小刀を投げつける裕之。 足元に久志は一瞬だけ目を向ける。その一瞬の間に裕之は彼女との距離を詰め、彼は左手で彼女の剣を持つ両腕を掴んだ。そして、残った右手で彼女の首を掴む。 冷気を帯びた剣は、近くに侵入してくる気配を察知し、裕之の左手に冷気をまとわりつかせる。彼の左手に氷がはりだした、しかしそれでも彼を止めることは出来ない。 彼女は手首をつかまれ何もできない。手首を動かそうにしても、彼の強い力でもって押さえつけられているがために動かせなかった。 「安心しろ。痛みは感じない」 彼は感情の全くこもっていない冷たい声で言う。そして、右手に力を込めた。 だが、それは彼女の首を折るまでには至らなかった。 彼は久志を追って向かってきた潤に向け、彼女を投げた。潤は彼女を受け取り、その場に彼女を下ろす。 「これ以上罪を重ねる気なのか」 はじき出されてきた小さな針を彼は槍の先で打ち落とす。 「――もう、遅いのですよ。どうあがいても、精算出来ない罪を犯してしまったのだから……」 「だからいっその事罪を重ねよう、という事か」 「25年間、苦しんだ。でも、結局何も解決できなかった」 ああ、彼は今までずっと一人ぼっちだったのか……そう思いながら、潤は、裕之が泣いているように思えた。そして、彼を救わなければ、と強く思った。 「君が私の所に来てくれれば……君の話を聞いていれば……私は君を救える、そう思っている、勿論今でも」 その言葉に、裕之は内心で驚き、とても喜んだ。この人はまだ自分の事を信じてくれている、そう思った。 しかし、口からは、心とは全く逆の言葉しか出てこなかった。すなわち、拒絶の言葉しか。 「潤様のお言葉はありがたいです。でも無理なのですよ。私は人間ではないですから。人間を憎む、地に堕ちた唯の<忍>なのですよ」 その決別の言葉、それで彼はすべての人物が自分の元を離れてゆく、そう確信していた。……しかし、そうは簡単にいかないようである。 人間が<忍一族>の本当を知らないように、裕之もまた人間というものを完全に知ってはいなかった。人間は、彼が思う以上に強情なのだ。 「それは違う」 そう力強く言ったのは琴音であった。 「あなたは隼人様たちと共に闘ったのでしょう、それが過去のことであったって、それは事実なの。少なくとも、あなたは隼人様のことを大切に思っている、そうでしょう」 「……そうか……」 裕之は、一瞬だけ嬉しそうな表情を見せた。だが、それはすぐさま消える。そして、その代わりに醜い笑みを浮かべた。 「――それは、残念だ」 「貴様ぁ!」 叫びながら、裕之の背後に久志が回りこんでいた。 そんな彼女に対して、裕之は振り返りはせず、ただ手を向けた。その手はすぐさま印を組み、握った。 「――君、君の向こう見ずな姿勢は、いつか君の身を滅ぼす」 そして、その手で空間をなぎ払った。 久志はそのような彼の言葉には耳を貸さず、ただ彼を斬ることだけを考えていた。怒りに任せて剣を振り上げる。 最早彼女の目には裕之しか映っていないようであった。 そのような彼女の目の前に、黒い線が現れる。そしてそれは一瞬で線から面へと姿を変える。彼女の目の前に巨大な黒い長方形が現れた。 こんなものが何だ、唯のこけおどしだ、奴と一緒に切り払ってくれよう――!彼女の頭にそのような思いが芽生え、彼女はまたその通りに身体を動かした。 彼女の振り下ろされた剣は、一直線に黒い面へと向かう。 ――が…… 「!?」 斬る、という感触が全く生まれなかった。寧ろ、それより彼女は何かに飲み込まれていく感覚を感じる。 思わず彼女は剣を手放した。すると、その剣は黒い面の中に落ちていき、消えていった。吸い込まれてしまったのだ。 その黒い面に、彼女自身も落ちて行きそうになる。彼女は恐怖を感じた。 「久志!」 叫びながら誰かが彼女を横から突き飛ばした。久志は床に倒れ、その上に彼女を突き飛ばした人物も遅れて倒れこんでくる。 「阿呆!何でお前はそう突っ込む!」 彼女の上でそう叱責の声をあげたのは、信であった。 そして彼は立ち上がり、裕之に向き直った。 そして、問うた。 「――俺たちと出会う以前、お前には何が起こった?お前は……人間に何をされたんだ……?」 小さく裕之は頷いた。それから、一つ嘆息をして、彼は独白を始めた。 誰も知らない、彼の秘密を…… 時を遡ること35年、それはある冬の日のことであった。 寒さに身体をこわさないように、と幾重にも重ねられた服、そして寒さから身を守ると同時に、顔を隠す頭巾。 少年は、同じような格好をした男に手を引かれ、歩いていた。男のもう一方の手にはこれまた同じような格好をした少年がいた。 三人は、城の前の広場を目指し、歩いていた。 ここは王都<フェアバンクス>。国王、セイが治める国の中心であった。 人の流れに乗って、三人は進む。 沢山の人が、城の前の広場を目指して歩いていた。その顔の多くには楽しみ、または好奇心があった。 だが、三人は違った。頭巾の下の表情は皆曇っており、中でも一人の少年は瞳に涙をためていた。 彼らがついた頃には、この広場にはあふれんばかりの人が既にいた。かれらはその中で、人が少ない、端の物陰の方に行った。 男はしゃがみ、二人の少年を抱きこむと、二人の耳元で誰にも聞かれないような小さな声でささやいた。 「静かにするんだよ」 やがて、鐘が鳴った。 広場の中央に立てられている高い台にかかっていた幕が取り外された。 そこにあったのは――二つの断頭台。 それを見た人々が「おぉっ……」と歓声を上げる。辺りの熱気が高まった。 少年は男の手を強く握った。自然と呼吸が速く、荒くなる。 「裕之、帰るか?」 心配した男の問いに、少年は、裕之は涙を一つ、こぼしながら「ここにいる」、と答えた。 やがて現れた二人の男女。二人は目隠しをされ、後ろ手に縛られていた。 その姿を見た途端、一気に辺りの雰囲気が変わった。群集たちの歓声が上がる。辺りの熱気は最高潮に達しそうになっていた。 裕之の隣にいた少年が耐え切れずに男に抱きついた。 「鷹彦……」 男は彼の名を呼ぶと、彼の首筋に手刀を打ちこんだ。簡単に彼は気を失い、男の胸に抱かれた。 二人の男女が断頭台の上に首を置く。 すると、台の上に着飾ったいかにも高貴そうな姿をした男が姿を現す。 彼は、縄を持ち、一つ咳払いをし、群集を黙らせると、宣言した。 「我々に災いをもたらす<忍一族>に死を!」 そして、縄を引いた。 群集は歓喜の雄たけびを上げ、喜んだ。 だが、少年は涙をこぼしながらその場に崩れ落ちた。口の中で、先ほどから何度も、 「父上……母上……」 そう、繰り返していた。 そして彼の瞳は、王を、セイを睨みつけていた。 そんな彼に男は言う。 「決して人間に心を許してはならない。奴らは我々の敵なのだ」 その日、少年は決意した。 「――ささやかな日々の幸せを奪った人間を、すべて消し去ってやる、と――」 裕之が話し終えてから暫くは、誰も言葉を出さなかった。誰もが俯き、彼の顔を見ないようにしていた。 彼は唯、天井を見上げ、涙を必死にこらえているようであった。 どのくらいの時が経ってか、静寂を打ち破ったのは潤であった。 「君とはじめて出会ったときの君の目は、冷たく、恐ろしかった」 「――最初は、皆殺してやろうと思っていた・・・んだけどなぁ、出来なくなった」 そしてまた、彼は一人で言葉をつむぎだした。 「鷹彦は、彼は人間だから、人間の世界で立派に生きていける。だが、私は……俺は、人間がすべて悪い奴ではないとはわかっても、人間とは一緒には生きていけないんだよ」 彼はそういいながら両手で複雑な印を組んだ。 「少し、おしゃべりが過ぎた。残念だが、消えてもらう」 彼は両手を握り、また開いた。すると、そこからは溢れんばかりの炎。彼はそれを纏い、片手を上げた。そこから、一羽の火の鳥が飛び出してくる。 纏っていた火の一部が彼を離れ、鳥に姿を変えたようだ。 「このままじゃ埒が明かない、俺がこいつを相手にする。お前はあっちへ行け」 久の頭をぽん、とたたき、信は久を送り出した。 そうしてから彼は掌の中に水色に輝く宝石を詰め込んだ。彼の掌からは水があふれ、その水は重力なぞまったく関係なく、上空の火の鳥に向かって伸びてゆく。 火の鳥はまるでそれ自身が意思を持っているかのように自由自在に動く。だが、信の水は、その動きを完全に捉え、進行方向をふさいでいく。 「裕!人間はお前が思っているものとは違うんだよ!」 水は火の鳥を完全に囲んだところで凝縮を始める。消し去るつもりだ。 だが、火はなかなか消えない。水の中でもがく火の鳥。 信はそれに対する注意を減らし、周りを見回す。すると、また火の鳥が裕之の下を離れ、こちらに向かってきた。 今度は一匹ではない。流石にやばいか、信が頭の隅にそのような言葉を出したその時、意外な援軍が現れた。 火の鳥に、白が飛び掛った。白はこの火を熱いとは全く感じないほど強い皮膚を持っていた。子供であったとしても、れっきとした龍であるのだ。 そして、彼の元に剣を抜いた琴音がついた。 「私があなたの盾になります、周りのことは気にしないで下さい」 そして、剣を失っても魔法がある久志も。 「今の私だってサポートくらいは出来る!」 「ありがてぇ。裕、さっさとお前を救い出してやるからな」 時という束縛から―― 久は今までじっと事の成り行きを静観していたアイレスに近付く。 横には潤がついている。そして、肩の上にはウィンもいる。 手が、腰の刀に伸びる。 両親を殺した魔物を束ねる魔王―― ウィンが肩を離れると同時に久は駆け出した。刀を抜き、横に一閃させる。 そしてまた、アイレスも細身の剣を抜いて久に迫った。 |
続く
20060225
20070711改訂