第二話  邂逅


 この二日の間、夜を徹して砂の国との戦闘の準備の指示を与え続けた。
 それが漸く一段楽する。
「疲れた……」
 思わずティーユの口からそんな言葉が漏れた。
 深い椅子の背に身体を預けて天井を見上げる。その顔には少し、疲れの色が浮かんでいるようであった。
 そのような彼に、ハルとアキが駆け寄ってくる。何時ものように二人揃って。
「ティーユ様っ」
「お疲れ様ですっ」
「少々休まれたほうが」
「よろしいのではないでしょうか」
 分かっている、そう言うティーユの語気は少し荒い。
「少し仮眠を取る」
「承知しました」
 二人は応えるとすぐさま部屋を出た。


 ……敵は砂の国、そして月の国――
 砂の国で注意すべきは【遠くを視る力】を持つ女騎士、雅とやら。
 だがそれは、【彼ら】がどうにかしてくれると言う。それは大いに信頼してよいだろう。
 ならば、こちらがすべき事は、彼らを手伝うこと、そして彼らが動きやすいようにすること。
 そのために前線に大量の兵を送り出した。その中には数十人の【彼ら】も含まれている。
 願わくば、誰も傷つかずに帰ってきてくれることを――


 そして、月の国に対しても手を打った。
 幸い月の国の王である月夜は【優しい】人間のようで、今まで征服した国の王や中心人物を生かして軍隊などに組み込んでいるという。
 中から崩すことが出来るかもしれない……そう言う【彼ら】にひとまず月の国を任せることにした。
 兎に角、今は砂の国のことを第一に考える。


「結局、勝つのは私なのだ」
 呟くと、彼はベッドに潜り込んだ。



 ――同時刻、遙か彼方の砂の国の中心――


「雅、どうした」
 武康は目の前で窓の外をじっと見つめている女性――雅に尋ねた。
 ここ数日、彼女は周りを非常に気にしている……様に彼には思えた。
「誰かが、私の事を見つめている気がするのです……」
 少し暗い声で彼女は俯き加減に応える。
 武康も眉をひそめた。嫌な予感がする。
「お前の存在がばれたのか……?」
「もしかしたら、そうかもしれません……」
「だとしたら、お前が以前から何度か視てきた例の【黒い影】か」
 舌打ちしながら武康は雅の目線を追う。その先には見慣れた風景しかなく、彼女と自分の見ているものは全く違う世界なのか思うと同時に、海の国の厄介さを感じながら顔をしかめた。
 【黒い影】……海の国の行動に関ってその姿をちらりと見せるその存在に武康は前々から恐怖を感じていた。
 今までどのような敵に対しても雅に動きを【視】させながら敵のいない場所を突いて進軍させていたが、それが逆に不審感を与えてしまったか。
「――武康様、鷹が」
 外を眺めていた雅がそう言いながら窓からすっと離れた。
 同時に一羽の鷹が部屋に飛び込んでくる。それは部屋の中で数回旋回すると泊まり台にがっと音を立てて泊まった。
「光政か。雅、手紙を」
 はい、と彼女は高野足に結ばれている紙を解き、武康に差し出した。
 彼はすぐさまそれに目を通すと、
「彼の方は首尾よく進んでいるようだ。伝令を呼べ。準備は整った、さっさと海を潰す」
 その瞳を見つめながら、雅の心はざわめきたった。
 少し急ぎすぎていないか……?
 こう急いでは、敵に足元を掬われてしまうのではないか……そんな心配が彼女の胸の中で生まれていた。


 ――翌朝、舞台は戻って海の国の中心――


 気づくと朝だった。
 流石に二日に渡っての徹夜で疲れていたらしい、ベッドにもぐりこんだらすぐに眠りについてしまったようだ。
 ティーユは起き上がり、一回思い切り伸びをする。そしてすぐさまハルとアキを呼んだ。
 どたばたと扉の置くが騒がしくなれば、それは二人が到着したしるしだ。全く、彼らは分かりやすい――思わず苦笑が浮かぶ。
 その二人は部屋に飛び込んでくると共に叫んだ。
「立った今入った情報!」
「砂の国と衝突」
「アルダー率いる部隊は一次撤退」
「部隊自体には大きなダメージなし」
「【遠くを見る力】以外にも力を持った敵が存在」
 眠気が一気に吹き飛んだ。
「詳細を!」
 はい、と二人は頷き、書類をティーユに手渡した。
 そこには、アルダーからの報告がびっしりと書かれていた。


 ――アルダーからの報告書より当時の様子を再現――


 海の国は東側の大陸で最も西の大陸に近い付近に砦、【山の都】、を築き、アルダー率いる部隊はその南に陣を敷いていた。
 早朝、鐘が打ち鳴らされる。
「どうした!?」
「敵です、敵の軍隊が見えます!」
 見張りようの高塔に登ると、アルダーは双眼鏡を受け取って指し示された方角を見た。――遙か遠くであるが、敵と思わしき集団の影は確かに確認できる。
 すぐさま彼は配備している兵たちに指示を出した。
 ――そして、
「魔法を放て」
 敵のその姿をはっきりと見て取れるところまで近寄った時に、アルダーは叫んだ。
 途端、彼の周りにいる魔法使い経ち住人ほどがいっせいに言葉を発し始める。
 言葉が具現化してその姿を現した。
 炎が空に迸る。


 高い場所から戦況を眺め指示を与えていたアルダーは一人の男に注目した。
 馬に乗り先頭を駆ける男。がっちりとした体格で周りの兵にはないものをもっている……様に感じられる。
 どうやら彼が敵の軍の中心のようだ。
「真っ先に駆け寄ってくるとは、只の馬鹿なのか、それとも……」
 見る限り、彼の武器は剣。剣であればこちらだって得意としている武器である。
「火矢を放て。馬を暴れさせてやれ」
 アルダーの言葉に仲間が火矢を準備する。そして高い場所から一気にそれを放った。
 先頭に馬に乗る兵たちが十人ほど、その背後に歩兵が続いている。戦闘を行く馬が乱れれば後ろにも響くだろう。
 だが、なかなかに訓練されている馬と兵のようだ。馬は最初は嘶いたもの、そう時間がかかることなく落ち着く。それを見た弓兵と魔法使いたちは再び準備にかかる。再び言葉が紡がれ始めた。
 そして炎が迸る。馬の足元めがけ、炎は地を這うように燃え盛る。
 流石にこれには驚いたのか、馬は大きく横に旋回した。残された歩兵の中に海の国の歩兵達が一斉に駆けてゆく。
 一気に敵味方が入り混じる先頭が始まった。
 アルダーはそれを確認すると、
「敵が密集している地点にどんどん魔法をうっていけ」
 言うと、彼もまた戦場へ向かっていった。
 矢が飛び交い絶叫が飛び交う戦場の中でアルダーは剣を振るう。
 周りに寄ってきた敵の兵を悉く斬り倒しながら、彼は先ほど見つけた敵の中心人物を探していた。
 奴は手ごわいだろう。この場にいる中では、自分以外に奴に立ち向かえるものはいないだろう。……だから敢えて奴の許に行くのだ。
 そう思っていると、目の端に巨大な剣を振り翳す奴の姿が入った。
 ――同時に、彼は今まで見たこともないような光景も一緒に。


 男の雄叫びと共に、砂の国の兵が一斉に彼の周りから引いた。それをチャンスに、と海の国の兵が彼の許に殺到する。
 その時、彼の剣が急に光を帯びた。まるで陽のように輝き、辺りが一気に白い光に包まれる。
 あまりの眩しさにアルダーは目を腕で覆った。そして危険を感じて後ずさりする。
「何だこれはッ……!?」
 少し光が弱まり、多少は周りが見えるようになった。アルダーは目を細めながらも辺りを見回した。
 ――そこに飛び込んできたのは、光を纏い何十倍にも膨れ上がった剣を振るう例の男の姿であった。
 その光に僅かでも触れた者は血を流しながら遠くに吹き飛ばされる。凄まじい威力であった。
 この光景を目の当たりにした海の国の兵は只呆然と立ちすくんでいる。そこに今度は砂の国の兵が殺到した。
 アルダーも一瞬その場に立ちすくんでいたが、すぐに頭を切り替え辺りを見回した。気づくといつの間にか光る剣は消えていた。
 背後から近寄ってきた敵を振り向きざまに一戦し、彼は仲間の許へ戻っていった。
「ここは一端引く。ティーユ様にこの事はきちんと報告しなければならない。山の都へ撤退の準備を」
 先ずはこの場にいる魔法使いたちを。そして兵たちを順々に……戦場を見ながらアルダーは考える。
 その時気がついた。
 あの男が味方の寄りかかりながら後方へさがっていた。
「つまり、【光る剣】を長時間使い続けることは出来ない、ということか」
 そうだとすれば、勝機は見出せる。
「必ず生きて帰ってこのことを報告しなければ」
「アルダー様、魔法使いの撤退は完了しました。次は如何しましょう」
 その越えに頷き、彼は他の兵の撤退も指示する。
 敵も、中心であるあの男が疲れて動くことが出来ないのかはわからないが、幸いにも深く追って来ることはなかった。ありがたい。
 アルダーの軍は平原にある砦、【山の都】に幾つかに分かれて向っていった。
 その中でアルダーは軍を腹心の部下に任せて先に山の都へ向う。そこには国の高官も、灰背後で活躍する謎の人物達もいる、一刻も早くあの男のことを伝えなくてはならない……
 太陽が傾きかけた頃、漸くアルダーは山の都に到着した。
 すぐさま彼は上官、ハルトの許へ駆けてゆき、先ほどの戦闘について、そして例の【光る剣】の男について報告した。



「……アルダーは【山の都】にいるんだな」
 経過を確認し、ティーユはハルとアキに尋ねる。はい、と二人が答えると、
「彼によくやったと伝えてくれ」
 この事は【彼ら】も耳にしただろう。全く……あの国はどれほど恐るべき人間をそろえているのか……だがこれであの国が破竹の勢いで勢力を伸ばしてきた要因が分かった。
「力を持った人物をどうするか、話し合わねば」
 そして、
「想定よりも早くなってしまったが、魔法騎士団を投入する」
 腕を組み、顔をしかめながら。
「これから緊急会議を開く。予想以上に苦戦しそうだ、仕方がない……」
 自分に言い聞かせるかのように呟くティーユを見て、ハルとアキの二人は、はい、と大きく返事をして、すぐさま準備に取り掛かった。

第三話

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20090506

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