第三話  約束


「全く、一体あの国には何人のバケモノがいるんだ」
 自室で毒づくティーユ。
 海の国が誇る最強の魔法騎士団をこんなにも早い段階で出さなければならない事態が訪れるとは全くもって予想外であった。
 だが、魔法騎士団が登場する以上、この戦闘は確実に勝利できると彼は確信した。


 ……海の国には造船の技術がある。それは、自分達の父親達が遠く海を越えやってきたからである。
 しかし、父親達がやってきたこの大地には、海へ出る、という考えが余りないようであった。食糧を得るための船はあっても、物流や人の移動を担う船は存在していなかった。
 ティーユが密かに【彼ら】に調べさせたところ、砂の国にも月の国にも後者の用途に用いられると思われる船の存在、船の建設は確認されなかった。
 つまり、敵は海から敵がやってくるという事態は考えていない、と考えることができる。そもそもそのような事態は考えられないのだろう。
 これは海の国にとっての好機である。
「いい気になるな、武康。数日中にはそちらに到着するだろう、力の違いを見せ付けてやろう」
 ティーユはにやりと笑う。
 魔法騎士団は船で山の都を向かわせた。
 敵の部隊を容赦なく壊滅させるつもりである。



――同時刻、砂の国の中心にて――


 武康は雅を近くに寄らせ、一人思案にふけっていた。
 昨日海の国を破った部隊を敵の前線基地、【山の都】方面に進軍させている。
 そして、それ以外にも二つの部隊を同時に山の都に向わせている。
 一つは東の大陸の中央部をはしる巨大山脈の草原寄りを進む軍。そしてもう一つは誰も通らないような山脈の中を進む軍である。
 先日草原寄りを進む軍の隊長、何十羽もの鷹を同時に操る【鷹使い】の光政から連絡が入った。山脈の中を進んだ軍も、予定した場所に辿り着いたということだ。
 これで三方面から山の都を攻めることが出来る。
 先ほど雅に山の都付近の様子を見させたが、どうやら守りは草原側に重きを置いているようであった。


「近いうちに、行かれるのですか」
 声がかかった。武康は顔を上げ、その声の主に目をやる。
 淡い水色の髪に真っ赤な衣装をまとう、一見女性のような顔立ちをした男性、騏驥(きき)がいつの間にか彼の執務室の入り口に立っていた。
 騏驥。彼は不思議な人物であった。武康は挙兵して以来、滅ぼした国の指導者クラスの人物達は全て殺してきた。だがこの騏驥だけは何故か生き残り、このように武康に仕えている。
「ああ。食糧には未だ余裕があるが、早ければ早いことに越したことはない。未だ奴らは気づいていないようだしな」
 その言葉に雅がぴくりと反応し、武康を見やった。
 しかし彼はそれに何も応じず、ところで、と表情を少し険しくして、
「ノックもなしに入ってくるとは、何かあったのか」
「失礼致しました」
 頭を下げてから、危機は姿勢を正し、
「雅様が以前から仰っていた【黒い影】と先ほど少々手合わせをしまして、その報告に参りました」
「……何だと」
 二人は表情を少し強張らせ、騏驥の顔を注視した。
「妖術を使う集団のようですね。こちらの偵察に来たのでしょうか、一人でした。
 相手は一人でしたから手傷を負わせる程度の事は出来ましたが、集団でこられてしまってはかなり厄介な相手になるでしょう」
 滑らかに騏驥は話す。「逃げ足は速かったですね。ですが、倒せない相手、ではありませんね」
「分かった」
 何も言わないと未だ喋り続けそうな騏驥を、武康はそう言って止めた。
 それに気づき騏驥は「ああ」といった感じで口元を押さえて一礼した。
「奴らの対策は、お前に任せよう」
 騏驥は一瞬目を見開き、そして頭を下げた。
「仰せのままに」


 騏驥が去った後、残された雅はおずおずと口を開く。
「武康様、月の国に対してはどのような策を……?」
 海の国に対して全力でぶつかっている今の状況であるが、この砂の国は同時に月の国とも接しているのである。現在のように海の国に向けて主力を送っている状況だと、月の国がもし攻め込んできた場合危険である。
 だが、
「月は動かん」
 武康はそう言うだけであった。
 雅は再び俯き、「はい」とだけ応えた。
 彼女の肩に手を回し、武康は彼女の身体を自分に引き寄せる。
「雅、明日だ。明日、一気に攻め込む」
 雅の胸が震えた。
 そう話す武康の声には、勝利を確信している色が浮かんでいる……様に彼女には思えた。
 そんな彼の様子に心配になる。
 ……武康は今回の作戦が万が一失敗してしまった時のことを考えているのだろうか……?
 雅の心は困惑と心配でいっぱいになった。
 そして、
(ああ……彼が、彼が生きていれば、この武康様を止められるのに……)
 彼女は武康が挙兵して以来ずっと彼を支え続けていた彼の今は亡き親友、璃(あき)のことを想った。


――昔話――


 武康は、三つ巴の争いが始まる前までは、自ら我先に、と進んで戦場で剣を振るっていた。
 今回戦っていた国の城を落とし、脱出した敵……その中には敵の王も入っている……を追っていた武康、そして璃をはじめとした砂の国の軍隊は、雅の情報を利用して遂に敵を海岸まで追い詰めることに成功した。
 兵の数は圧倒的にこちらの方が多い、そして何よりも、兵の士気がこちらの方がはるかに勝っていた。
 武康は馬から飛び降りると、一直線に敵の王めがけて駆け出す。すぐさま璃達が続いた。
 太く長い大剣を振るい王に肉薄する武康。剣の非常な使い手である武康であったが、敵の王の前に彼を守るように立ちはだかった数人の兵達もなかなかの使い手であった。
 目の前に討つべき敵がいるのに、と少々苛立つ武康を見て、
すぐさま璃が乱入し、無理やり道を切り開いた。
「武康様――先へ!」
 璃も槍の腕は確かなものがあった。武康が駆け出す横で振り返り、敵と対峙する。
 彼は武康の事は大抵知っていたし、彼のしたいこともすぐに分かった。武康もまた然り。二人は最高の相棒であるとよく言い合っていた。
(だから武康様のために生き続けなければならない!)
 味方が数人助けに来た、しかし敵はなかなか強い。
 間一髪で攻撃を避けるのが精一杯でなかなか攻撃の糸口を掴む事ができない。
 刃が打ち合う音が何度もした。
 そのような中、敵の刃が璃の腕を斬った。激しい痛みに襲われるが倒れない、近付いた敵の懐に飛び込むと、短く持った槍を全力で突き刺さした。
 目の端に敵を屠りこちらに戻ってくる武康の姿が入ってきた。
 彼は安心する。
 こうなってしまえば後は早かった。


 武康様が無事でよかった……


 圧倒的勝利に誰もが喜びの言葉を口にする。
 その中で、璃は一人愕然とした。
(身体が……動かない……)
 そして彼はそのままその場に膝をついた。
「璃!?」
 彼の異変に気づいた武康が悲鳴じみた絶叫と共に駆け寄る。
 後方で戦況を見守っていた雅も慌てて駆けてきた。
「毒か、何かでしょう……」
 先ほど斬られた時か。
 震える声で璃は言う。
「おい……誰か!」
 叫ぶ武康の声に軍医が遠くから駆けてくる。


「武康様……貴方が、この世界を統一することを……私は、望んでいます……」
 そういって彼が息を引き取ったのはそれから数日後のことであった。


 それ以来、武康はまるで人が変わってしまったかのような変化を見せた。
 一刻も早くこの世界を統一する――そう言い続け、他の国との戦闘を立て続けに起こし、領土をどんどんと拡大させていったのだ。
「全ては……お前のために」
 武康は遠くを見ていた。
 璃を。
 決して手が届かない、遠くのものを――



 もし璃が生きていれば……
 雅は思うことが時折ある。
(このような無謀とも思える行動をとったのでしょうか)
 そして、思う。
(武康様は……変わってしまった)


――翌日昼、海上にて――


 海原を駆ける一隻の巨大帆船。
 その甲板に立つ一人の男――その名はシオン。魔法騎士団長。ティーユが最も信頼する男である。
 ティーユの命令により出発してから二日。もうすぐ東側の大陸の影が見えてくる頃だろう。
 そう思っていると、声がかかった。
「砂の国の軍が山の都に迫っている、との情報が……!」
 その報告にシオンは表情を険しくする。
 謎の力を持つ者たちが砂の国には多くいる、という話は聞いている。もしそれらが山の都に攻めて来たならば、確実に危険な状態になる。
 山の都を失う、という結果は何としても避けなければならない。山の都は海の国の最前線の吉であって、同時に海の国への入り口でもある。
「速度はこれ以上上げられないか?」
「試みます」
 報告した人物は、そう言うとすぐさま駆けていった。そのうしろ姿からはすぐに目を離し、シオンは再び海の向こうを見やる。




 ティーユたちの自信。

 武康の自信。

 そして雅の困惑……

 両国の衝突が、遂に始まった。


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20090508

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