報告書を眺め、ティーユはひとつ息をついた。
こちらの被害情報に目を落とし……
「お前……」
よく知る人物の死を知った。
――山の都を巡る戦い 砂の国――
鷹が大空を舞った。
それが合図だった。
舞う鷹を見つけた栄……先日海の国との戦いに勝利したばかりの敵曰く【光る剣】の男……はそれを合図に馬を走らせる。周りが一斉に続いた。
山の都はすぐそこである。そこでは海の国の兵達がこちらを待ち受けるべく準備を整えているはずだ。
だが。栄は笑う。
「奴らは我々しか見ていない。私達が囮だとはまさか思っていないだろう」
鷹は栄達の軍が動き始めたのを見ると飛び去った。その方角は山脈の方向であった。
同じ頃、山の奥深く、人が通らないような獣道を進み続けていた悠の率いる軍の前にも鷹が舞い降りた。
鷹の登場に悠は顔を綻ばせる。つまりこれは友からの知らせだ。
「あちらも首尾よく進んでいるんだね」
悠は鷹を手の甲に乗せて撫でると、また大空へと放した。
山の都はすぐそこである。海の国の軍隊が栄の軍ともつれ合っている最中に我々が横から攻め入る……それが武康の出した山の都を落とすための策であった。
だがそれだけで武康は終わらない。
もう一つの軍隊を、悠の前に山の都周辺に着くように送り出していたのだ。
つまり、三重の攻撃を仕掛ける、ということだ。
武康の全力をかけての攻撃だということがひしひしと伝わってくる。
「光政、行くよ」
数十羽の鷹を自由自在に操る鷹使い、光政は帰ってきた鷹を優しく抱いた。
彼らが山脈の草原寄りを進む軍である。
山陰に隠れて山の都の姿は見えないが、あとわずかでその影が山の間から姿を見せるだろう。
もう既に馬の嘶き、人の怒号などが耳に入ってくる。
戦場は目と鼻の先である。
光政は先に様子を見に行かせた兵が戻ってきて、今から我々が進む側の防御が薄いことを聞くと進軍を宣言した。
こちらと悠の軍の進撃のためにそこまで多くの兵を栄は抱えているわけではない。そして、栄たちに目を向けている海の国の前線基地を落とすためにも、素早い行動が必要であった。
光政たちが、戦場に踊り出た――
栄は向ってくる敵を馬上から叩き斬り、山の都に迫る。
そんな彼の前に、他の敵たちとは全く違う雰囲気を持つ――これが話しに聞いていた【黒い影】であろう――人物が立ちふさがった。
向かい合い対峙する二人の横を砂の国の兵達が駆けてゆく。
しかし、その人物はそれらの兵には何の興味もないようだ。ただ栄だけを見つめていた。
何の前触れもなく敵が地を蹴る。
栄は馬から飛び降り敵の一閃を避けた。驚いた馬は嘶くと何処かへ駆け出してしまった。しかしそれに構っている余裕など栄にはない。
少しずつ距離を詰めてくる敵と睨みあう。
しかし栄は道の敵と向かい合うことに興奮を覚えていた……気合の声を発しながら、今度は栄の方から動いた。
下から上へと剣を振り上げ、そのまま敵に肉薄する。……も、敵はするりと身をかわすと横から刀を一突き。こちらのわき腹を的確に狙ってきていた。
幸い飛び出した勢いそのままに足を踏み出していたお蔭で敵の突きは栄の背を掠める様に過ぎ去った。一瞬ひやりとしたが、彼はくるりと身体を一回転させると同時に剣を横に一閃させた。
ぎんっ、と剣と刀が打ち合う。
そのままの状態でいることを両者は嫌い、両者とも数歩後ずさった。
一つ息をつく。なかなかの強敵である。
しかし相手も同じような印象を持っているのか、顔を険しくしながらこちらの様子を伺ってきていた。
すると、
「【光る剣】は使わないのか」
突然そう声を掛けられた。
……自分の力は既に相手に知られているのか、と栄は少し落胆する。
自分の力、敵が【光る剣】と呼んでいる力の事は、自分自身が一番よく分かっている。この力はそう長い間持続して使うことはできない。一端この力を使い、自分自身の全ての力を使い果たしてしまったならば、只の足手まといになってしまうことはよく分かっていた。
今は使う場所ではない。
残念ながらそちらの希望には応えられないよ、と心の中で答えて、彼は再び足を踏み込んだ。
その周りでは、砂の国の兵と海の国の兵が入り混じり戦いを続けている。海の国の魔法使い……そう、海の国には【魔法】と呼ばれる技術が伝わっているのだ……たちが様々な魔法を駆使している中、砂の国の兵達はそれを巧みに避け、斬り込んで行っている。
戦況はというと、一進一退の様を呈していた。
――その時、遠くで大きな動きの変化があった。
今の主戦場は山の都の南側に広がる大平原であるのだが、山の都の東側……山脈が並ぶ地域からたくさんの兵が、砂の国の兵が姿を現したのだ。
空には数十羽の鷹が舞っている――光政たちだ。
それに気づいた栄と対峙していた敵は、ちっ、と舌打ちをするとそのまま山の都の方に駆け戻っていった。
今更対策を立てても遅い、一体何を考えているのだろうか。少し気になったものの、栄は先を急いだ。
仲間の登場に砂の国の軍の士気は上がっている。このまま一気に攻め込みたいところであった。
――山の都を巡る戦い 海の国――
こちらの山の都の一気に駆け込もうとする新たな敵に対し、海の国の軍隊が急いで間に入ってくる。
その中心にいたのはアルダーであった。
「くそ、また厄介な……」毒づく。
武康という男を考えてみると、あの男は真っ直ぐに向ってくる……そう思っていたのだが、この重要な局面ではじめて動きを変えてきた。あの男もなかなか策士のようだ。
敵の中心にいるのは棍をもつ男、その周りには鷹が舞っていた。アルダーはその男めがけて走り出そうとするが、止められた。
「ここは俺が。君は周りの奴らに向かえ。すぐに援軍は来る」
そう言うのは【彼ら】の中の一人、確か名前は瑞樹といったか、であった。
彼に命令される筋合いではないのだが、反論するほどの余裕はない。アルダーは瑞樹に道を譲り、そのまま彼の後を追った。
彼は以前の屈辱を晴らすべく敵に向かう。
そうして被害を出しながらも敵の攻め込みを防ぎ、少しずつこちらが押し始めた。
そんな時、新たな敵の姿が目に入ってきた。
「まさか……!」
味方に衝撃が走る。
あの【彼ら】にさえ緊張がはしっていた。
アルダーは最悪の事態も視野に入れなければいけないか、とも頭の片隅に思った。
……しかし、その心配はなかった。
同じ頃、海の国の巨大帆船が山の都近くの港に着岸した。
この帆船のためだけに作られた急ごしらえの港であったが、無事着岸に至った。
そこから降りてきたのはシオンに率いられた海の国が誇る魔法騎士団――ティーユにしてみれば、本来ならば最後の最後まで使いたくはなかった奥の手、であった。
彼らは地に降り立って間も無く、山の都を通り過ぎてそのまま戦場へと飛び込んでいった。
今度は海の国が勢いづき、砂の国が驚愕する番であった。
――同時刻、砂の国の中心――
突然だった。
「――そんな!」
悲鳴じみた絶叫を雅はあげる。
隣にいる武康が無表情で彼女を見やる。「どうした」
「敵が……海を越えて……」
「……なに?」
ここではじめて武康が表情を変える。
「海、だと……!? 奴らはあの海を越える術を持っていたというのか」
険しく、そしてまた悔しそうな表情で彼は言葉を搾り出した。
雅は頭を抱え、泣きそうな声で、
「私が遠くまで【視て】いなかったから……陸地しか【視て】いなかったから……!」
「騏驥、来い!」
混乱する彼女をそのままに、彼は騏驥を呼んだ。
彼はいつものようにどこからともなく、すっと現れる。
その彼も、この場の状況は読めなかったらしい。一体何が、と言いたげな表情をした。
だが武康は、「悪いが、今から北に向かってくれ。一刻も早く、味方を救わなければならない」
と言うだけで、騏驥も「わかりました」と、詳しい話を聞かずに、飛び出していった。
騏驥のいなくなったあと、武康は拳を震えるほど強く握り締めていた。
そして雅は床にうずくまっていた。
不穏な空気があたりに満ち始めた……
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