第五話  破(2)


 報告書を机の上に放り投げ、ティーユは嘆息した。
「捕えた奴はもう着いたのか?」
「只今移送中ですっ」
「本日中には到着するかと」
 彼の問にすぐさまハルとアキが返す。
 そうか、彼は答えると、
「それまで少し休むことにする」
「はいっ」


――山の都を巡る戦い 砂の国――


 山の都はすぐそこ、というところまで迫った光政の前に【黒い影】が立ちふさがった。
 彼はその人物を見やり舌打ちをする。手の中の棍をくるくると回転させ、鷹と共に突っ込んでいく。
 ……だが結局僕も囮なんだ、悠がやって来るまでの。
「――ふっ……」
 敵に向けて一突き。右に避けられるが、そこには鷹が殺到する。
 上空から、低空飛行から、四方から敵に向かう。
 そして、鷹の隙間から再び敵に向けて棍を突く。今度は感触があった。
「っ……」小さなうめき声、そして彼は鷹の中から無理やり外に飛び出した。わき腹を押さえている。
「お前は、【力】は持っていないのだな……」
 彼はそう言ってきた。なぜこのような状況で……? 光政は不審がる。
 そして敵は目をかっ、と見開くと、こちらに向かって地を蹴った。
 ――速い! 光政は先ほどとは違う空気を発している彼を目で追いながら、彼も地を蹴る。
 敵は一瞬で肉薄してき、拳を突き上げてくる。右に避け、棍を振るうもそこに敵はいなかった。頭上に敵はいた――
「いつの間にっ……」
 手が伸びてくる――その手が光政の棍の先を掴んだ。そしてもう片方の手が光政の腕を掴み……
 そこに鷹が舞い降りてくる。その鋭い爪で敵の顔をひっかいた。
 腕をくるりと回して敵の手を解き、光政は少し距離をとる。あがった息を落ち着ける。
 硬い篭手をつけている右手を掲げると、そこに鷹が停まる。
 敵に殺到していた鷹たちはすっと敵から離れた。
「お前達は何なんだ、海の国の兵とは違う……」
「……君に話す理由はない。だが、【力】を持っていないのにも関らず君はなかなかだね、気に入ったよ」
「【力】って何だ、お前達は何を求めているんだ」
「……君には関係ないことだよ。それよりも君、こちら側につかないか?」
「……は?」
 僕に武康様を裏切れと? 笑わせるな――光政は再び襲い掛かる体勢を取る。
 ……その時、背後で動きがあった。振り向かなくても分かる。悠たちが来たのだ。
 何、と敵が表情を変えた。これ以上の敵を予想していなかったのだろう。
 一瞬敵の目が光政から離れた――その瞬間を突いて再び鷹が飛び出す。
「僕が相手だよ、あっちには行かせない!」
 同時に光政もまた飛び出した。


 戦場に着くとすぐに味方を率いて一直線に山の都に向かう悠。
 親友である光政のうしろ姿を見やると、小さく頷き目を真っ直ぐに向けた。
 早速現れた敵をすぐさま剣で屠る。そして、その剣をそのまま地面に突き立てた――
 するとその地面が盛り上がり、土でできた巨大な人間像がそこから這い出てきた。
 そしてまた、同じところから先ほどと全く同じ物が2体出てくる。
 それらは悠の指し示す方向へ駆けて行く。
 ……悠の作り出した巨大な土人形は行く手を阻む兵達を簡単にあしらい、進む。それを中心にして進む悠たちであったが、やはりその前に【黒い影】が立ちふさがった。
 その姿を認めた悠は、土人形一体を引きつれ一人進行方向を変えた。あれと戦うのは普通の人間では難しい――
 駆けながら悠は跳躍し、土人形の肩に乗った。高いところから敵を見下ろす。
 そして、そこからまた跳躍し、剣を一閃、敵と打ち合った。鈍い音が辺りに響く。
 その反動で後方へ跳ぶと、それと入れ違いに土人形が前に出た。自分の分身のように意のままに土人形を悠は操る。
 だがやはり【黒い影】は簡単には倒れない。こちらの動きをよく見て全く問題なく攻撃を避ける。そして、片手を少し動かし、その手を握った――
 途端にその手から水が溢れ出す。
「――これか、話に聞く妖術、か!」
 雅が視た事による知識はあったが、初めて見るその力に思わず声を漏らした。
「だが残念ながら水ごときではこれは崩れない!」
 纏わりつく水を土人形は払いのけ、その手で敵を掴もうとする。
 だが敵は笑う。「それで終わると思うか!」同時に地に落ちたと思われた水が再び浮き上がって土人形に絡みつく――そして縛り上げる。
 ちっ、と舌打ちするが、土人形は水を纏わりつかせたまま敵に迫る。そのまま敵に倒れ掛かるように膝をつく。悠は横に回りこみ剣を振り上げる。
「俺は容赦ないんだよ」
 言い放つと倒れる土人形からかろうじて避けた敵の上に飛び掛り、そのまま腹に剣を突き刺した。そのまま一気に引き抜く。鮮血が迸って目の前が一瞬真っ赤に染まる。更にとどめと、そのまま首を切り落とした。
 崩れ落ちる身体を見向きもせず、悠は土人形と共に走り出す。仲間は先に行っている、すぐに追いつきたいところだ。


――山の都を巡る戦い 海の国――


「ひどいな、これは……」
 シオンは先頭をきって戦場に飛び込んだ。だが南側から攻めてきた敵の軍隊はあとに続く仲間に任せることにして、彼は東側から奇襲気味に攻めてきた敵の元へ向かう。そちらの方が守る人数も少ないし、守らなければならない場所だ。
 口の中で呪文を唱える。身体が熱くなるがそれには気にもかけずに彼はその言葉を言い切った。――身体が軽くなる、ひとたび地を蹴れば、そのまま空に飛び出せるような感覚を感じる。
 実際、それに近い状況であった。さっきは遠かった敵の影も、すぐさま大きくなってくる。……そして彼はその敵の中に人間ではない大きな土の塊を見た。……話に聞く"力"の産物だろうか。
 駆ける彼の元に【彼ら】の一人がやってきた。
「君は、櫻だったな」シオンの言葉に櫻と呼ばれた人物は頷く。
「先ほど仲間が一人あの【土人形の男】に殺された」
 その言葉には感情は感じられなかった。
「――そうか」
 シオンもそれだけ返す。
 二人は並んで合流し勢いづく敵の中に飛び込んでいった。
 櫻は両手で複雑な印を組み、両手を一回つけると、また開いた。そこから炎が溢れてくる。地を這うように、そして敵を取り囲むようにその炎は伸びていく。
 櫻の横をシオンが駆け抜けていった。再び呪文を唱え、それを自分の剣に叩き込んだ。ぱちぱちと音を立て、剣の周りで光がはじける。そしてその剣を1体の土人形の人で言うと心臓があるような辺りに突き刺した……が、倒れる様子はない、厄介な敵である。
 一体どうすればこの厄介な土人形を倒せるのか……やはり、これを作る基を、【土人形の男】を倒す必要がありそうだ――彼はその男の姿をさっとあたりを見渡し、捉えた。
 その男は特に他の人間と姿かたちは変わってはいない、だが砂の国には姿かたちは変わらないが何か特別な【力】を持つ人間が多くいるのだろう。それは何故か。砂漠という過酷な環境で育つ人間ばかりだからだろうか――そのような疑問が頭の中を駆け巡る。
 そしてそれと同時にそれらの【力】に拘る【彼ら】にも彼は疑問を持っていた。……が、今はそのような事を考えている場合ではない。
 【土人形の男】がこちらを向いた。足を止め、こちらに向き直る。
 先ほど攻撃した土人形が背後で動く気配がする――だがシオンは振り向きもせずに口の中で呪文を唱えた。身体の中心から力が涌きあがってくる……その強大な力に負けてしまえば自分の身体は吹き飛んでしまう、だが彼は強い精神力でその力に対抗し、自分の力とする。
 彼を中心として衝撃波が起った。
 土煙が舞い、その衝撃で多くの人間が倒れる。
 至近距離でその衝撃波を受けた土人形が、その身体を大きく後方へ飛ばしていた。
 ずうん……大きな音を立ててその土人形は地に叩きつけられる。
 何とかとどまったらしい【土人形の男】は顔をしかめ、彼の周りにいた2体の土人形を従えこちらに向かってきた――敵は剣を構えているが、海の国において剣の技術では彼の右に出るものはいないと言われている実力を持つシオンである。口元に笑みを浮かべながら【土人形の男】を迎え撃つ。
 ――両側からは土人形が、そして正面からは【土人形の男】が同時にこちらに迫ってくる。
「鋭ッ……!」
 上段から斬りかかってくる敵に対しシオンはその懐の中に飛び込んだ。斬りかかる前にその腕を叩き斬ってしまおう、それにこう近くに来てしまえば土人形は主人ともども攻撃する事はしないだろう。
 その時、予想だにしなかったところから奇襲が来た――上空から。
 一羽の鷹がシオンの頭めがけて急降下をしてきたのだ。
 それに気づいたシオンは攻撃を諦め、【土人形の男】の腹を突き飛ばし、土人形の足の隙間を転がりぬけて危機を脱した。転がった勢いでそのまま立ち上がり、憎憎しげに鷹に目をやる――
「そこにいる【鷹使い】、か……」
 旋回して主人の下へ戻っていく鷹を目で追う。
 【鷹使い】と【土人形の男】が近付いた。


――山の都を巡る戦い 砂の国――


「――光政、助かった」
「君を守る事ができてよかったよ。それにしても、奴らはしつこいね」
「まったくな。これは覚悟しなきゃならないな」
「……君がいなくなったら、僕はどうすればいいのさ?」
「ちっさいころから一緒だったもんなぁ、そりゃ俺だってお前がいなくなったら困るよ」
「だからさ、生き延びようよ。僕達は、今までどんな逆境でもそれを乗り越えてきたじゃないか」
「おう。じゃあ、行くか」
「うん……お互いに、死んじゃ駄目だよ」
 背中越しに交わされた会話。
 そして二人は一瞬だけ振り返ると、大きく頷きあった――


――山の都を巡る戦い 海の国――


 3体の土人形が咆哮を上げてシオンの元に殺到する。
「ええい、邪魔だ」シオンは剣を振るうが土人形はなかなか倒れない。
 そして、【土人形の男】には櫻が対峙していた。
 大振りの傾向が見られる彼に対し櫻はできる限りその体に密着し隙をうかがっている。
「くっついてくるな!」どうやら彼はやりにくさを感じているらしい、毒づいてくる。
 誰が離れてやるものか、と言いたげな目で櫻は彼を見上げた。
 だが【土人形の男】はいらつきながらもまだ冷静であった。剣を持たない左手で櫻の胸倉を掴むと、腹に膝蹴りを食らわし、無理やりにではあるが距離を少し開いた。そして一気に剣を突き出す。
 吸い込まれるかのように剣は櫻の腹部へと入っていった。両手で剣を掴みそれをぎゅっと押し込む【土人形の男】。だが櫻も痛みと戦いながら腰の脇差を抜くと彼の背にそれを回し、それを自分もろとも突き刺した。
「がっ……」
「……私のあの人を殺したお前を……私は、許さない……」
 一つになって、重なり合って二人は倒れた。血が辺り一面に広がっていく。
 同時に、シオンを取り囲んでいた土人形は崩れ、土の塊と化しもう二度と動かなかった……
「……光政……せめてお前は……お前だけでも……」
 薄れゆく意識の中、【土人形の男】は呟いていた。


――山の都を巡る戦い 砂の国――


「――悠っ……!?」
 彼に呼びかけられた気がした。思わず光政は振り返る。
 その目に飛び込んできた情景は、血を吐きながら倒れていく親友の、悠の姿であった。
 そちらに行きたいのであるが、目の前の敵に背中を見せるわけにはいかない。
 鷹は彼の周りに集い、いつでも飛び立てる状態ではある。
 それまで特に変わった行動を見せなかった敵が、このときはじめて動きを変える。両手で印を組むと手を握り、その両手をこちらに向けて突き出してきた。
 その掌の中から何か白い糸のようなものが伸び始める。
 それを見た鷹が一斉にはばたき始めた。白い糸は幾つにも枝分かれを繰り返し、様々な方向へと宙を泳いでいく。それは蜘蛛の巣のように光に当たりきらきらと輝いている。
 光政の元にもそれは迫ってきたが、棍を回転させそれらの糸を簡単に断ち切る。そしてこの状況は鷹たちで対処できると判断するとくるりと向きを変えると、親友の下へと走り出した。「生き延びようって言ったばかりじゃないかっ……」
 だが目の前に大柄な人物が立ちはだかる。彼は有無を言わさずに剣を振り下ろしてきた。それを棍で受け流し、その勢いを殺さずに彼は横に跳ぶと、また走り出した。
 恐ろしい殺気をかもし出しながら男が追ってくる。
 だが光政は止まらない。一刻でも早く、悠を助けなければ……
 そう急ぐ光政が、何かに足を取られ転んだ。――何かが足に絡み付いている。まるで生きているかのようにそれは彼の足を締め付けながら、どんどん上半身まで這い上がってくる。
 ――目の端にきらりと輝くものが入った時、彼はそれが先ほどの糸のようなものであることに気がついた。先ほどは本当に細いものであったが、それはだんだんと太くなり、彼の身体を締め上げる。
「……人間ごときに、随分手こずった……」
 その声は、先ほどまで対峙していた【黒い影】の声……その声には疲れの色が少しだけ出ていた。
 もう一人の男が言う。
「こちら側の敵は殲滅したが、こちらの被害も酷いようだな。君にこいつの事は任せた、私は南側に行く」
 耳にそのような会話が聞こえたのを最後に、光政の意識は消えていった……

第六話

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20090508

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