第六話  ちいさな手



 布団に潜り込み、ティーユは鼻をすすった。誰にも気づかれない事を祈りながら。
「瑞樹……櫻……」
 【彼ら】の中では割と親しい部類に入っていた二人の死。
 それがティーユの心に傷をつけていた。


――山の都を巡る戦い 砂の国――


 騏驥は馬に乗り草原を駆ける。
 後ろに十数人に兵が続く。
 一体何が戦場では起っているのかは分からないが、武康のあの動揺した表情を見ると予想もしなかった状況、それも危機的状況に陥っているのだろう。
 あの軍隊の中には相当の戦力をつぎ込んでいる。もしそれが壊滅してしまったら――想像したくない。
 兎に角、一刻も早く山の都へ……


 ――栄へ話は戻る。
 新たにやってきた敵の強さは、尋常ではなかった。
 一流の剣技と共に、強力な【魔法】と呼ばれる力を発揮し、だんだんとこちらを押し込んでいく。
 栄は近付いてくる敵を切り倒しながら歯軋りをしていた。
 これは一端引いたほうがいいかもしれない、このままでは全滅してしまう……遂にはそのような考えが頭の大半を占めるようになってきた。
 だがそうするとしてもどうやって味方を逃がす? 一斉に引いてしまってはこれこそ敵が攻め込んできてしまう。
 多くの仲間を助けつつ、一方で最小限の被害で済む方法……
 ふうと息をつき、彼は自分の両手を見た。
「……今まで私はずっと武康様の元で武康様のために動いてきた。
 この状況で最も武康様のためになることは何だ?」
 呟く。
 そして自分で結論を出した。
「少しでも多くの仲間を生きて帰らせることだ。
 ……ならば私が砂の国の盾になろう」
 近くにいた仲間に一斉に引くように伝える。そして彼だけが前に進んだ。
「全ての力を使えば、十分距離は稼げるだろう。見るがいい、お前達が知りたがっていたこの私の力を――」
 敵がの目が一斉に自分に向いたのを感じつつ、彼は雄叫びを上げた。
 身体から力が漲ってくる。剣が真っ白い光に包まれた。
 その剣を振るう――遙か遠くまで、剣を振るった衝撃が広がる。敵が倒れた。
 だが、その中を全速力でこちらに向かってくる敵がいた……【黒い影】と、後からやってきた強力な戦士たちだ。
 しかしやはりひとたび剣を振るえば、それらの敵もやはり足を止めざるを得なくなる。距離はなかなか縮まってこない。


 ……どれほどの時が経ったか――とは言ってもそれは栄にとって、である。
 実際にはそれほどの時間は経っていないのであろうが、彼の身体にはすさまじい疲労感がずしりと乗っていた。しかし仲間のため、と彼は疲れた身体に鞭打ち、敵をひきつける。
 息があがり、目がかすんできた。敵もかなり近くまで迫ってきた気がする……
 ……皆はどの辺りまで行けただろうか……きっとこの光景を雅は【視て】いて援軍を出してくれているはずなんだ……
 ……私は、あなたのお役に立てましたか、武康様?
 もうだめだ、動けない……栄は剣を地に立て、それにすがった。
 敵が迫ってくる。もう二度とあの愛すべき故郷へ帰ることはできないだろう……
 そう思ったとき、突然地面が揺れた。最初に突き上げるような振動が、そして少しすると酷い横揺れが起った――地震だ。時折地震や火山の噴火など、自然災害が起きる。
 その地震は非常に強く、栄は剣から手を離し地面に伏した。目の端に入った敵も、動くのをやめ、じっとその場に立ち、振動を耐えていた。
 だがその酷い揺れもだんだんと収まっていき、やがて元通りになった。
 今度こそ、おわりだ……思った。
「――栄様!」
 声がかかったのはその時であった。
 その人物は馬に乗りながらこちらに近付いて来て、敵に小刀を投げ牽制すると手を伸ばして栄の手を掴み、無理やり持ち上げるとそのまま馬の背に乗せた。この馬はこの戦いの最初にどこかに行ってしまったと思われた栄の愛馬であった。
「私にちゃんとつかまって下さい、振り下ろされますよ」
「……騏驥……」
「あなたがいなくなってしまったら武康様は非常に悲しみます。大丈夫、あちらにも相当の負傷者がいますから深追いはしてこないでしょう」
 騏驥はこんな危機的状況でも酷く落ち着いていていた。
 二人を乗せた馬が、草原を南下していく。


 この戦いにおいて二国に大きな被害が出たが、特に砂の国の被害は大きかった。
 これを機に、海の国はよりいっそう砂の国に対し行動を起こすようになる――




――同時刻、月の国の中心――


 月夜に駆け寄る小さな影があった。
「月夜!」
 叫ぶ。
 どうしたんだい、彼は振り返った。
「山の都を巡る戦い……海の国が一枚上手だった!」



 ……随分前のことだ。
 ある晴れた朝、月夜は彼が住まう館から抜け出して、外を散歩していた。
 彼の周りにいる人々は、「何が起こるか分からないから一人で外に出るな」としばしば言うけれども、彼は館の中にいてばかりではつまらないし気分が悪くなる、としてたびたび目を盗んで外に飛び出す。
 彼の館は東を泉に、西を森に、そして全体は小高いごつごつとした岩の多い小山に囲まれていた。
 この日はその中でも彼は小山に向かう。岩場の中には足場が少し悪いところもあるが、構わずになれた足取りで彼は歩く。
 少し登れば眼下に彼の住まう館などの一体が一望できる。
 岩場の隙間から花がその姿を見せる。小鳥が歌うようにさえずりながら彼の元に集ってきた。そしてそよ風に乗って花の微香が流れてきた……
 うぅん、やっぱり外は気持ちいいな……、そんなことを思いながら大きく深呼吸。
 ……と、何となく近くから目線を感じた。
「そこにいるのは誰?」そちらの方に身体を向ける。
 岩場の影に一瞬、何者かの姿が映った。背丈からして大人ではないだろう……
「――君?」
 思わず駆け寄った。こんなところに一人でいたら、危ないよ。


 ……すると、その岩場の影から手が差し伸べられた。真っ白い、小さな手が。
 その手は月夜を求めているのか、それとも全く違うものを求めているのかは分からなかったが、月夜はすぐさま手を伸ばし、その手を掴んだ。
「月夜っ」その手を掴むと、月夜の胸に岩場から飛び出してきた少年が飛び込んできた。
 青色がかった黒髪に、紺色のローブに身を包んだ少年――であったが、月夜はこの少年のことを知らない。
 だが月夜はこの少年に力を感じた。人間にはないような強い力を――
「君は…誰?」
 少し驚きの色を見せながら、月夜は尋ねる。
「僕はカイ。月夜に断られた魔王様が、僕に月夜の元に行けと言って下さったの」
 満面の笑みですぐさま少年――カイは答えた。
「と言うことは……君は魔物なんだ」
「うんっ」元気よくカイは返す。「僕、月夜に会いたかったんだ。魔王様は月夜の話をよくしていてね」
 嬉しそうに話し出すカイを見て、これは長くなるかもしれないと思った月夜は思わず話を止めに入った。
「ええと……きみはこれからどうするの……?」
 すると、「え、何でそんなこと訊いてくるの?」と言うかのごとく、カイは目を丸くした。
「月夜についていくに決まっているよ!」
 彼の態度から予想はできていたものの、その言葉に月夜は驚く。「ええー!」
 そんなこと、聞いていないぞ、魔王。
 だが月夜の困惑をよそに、カイは彼の胸の中に再び飛び込んだ。



 ――あれから随分と時間が流れた。
 カイは敦志という名の青年とともに月夜のすぐそばで彼の身の回りの世話や雑用をするようになっていた。
 カイは魔物のネットワークでもあるのか、どこかから海の国と砂の国の様子を聞きだしている様で、何か動きがあればすぐさま月夜の耳に入れていた。お陰で月夜は遠くはなれた地で行われている二国の戦闘の様子を知る事ができていた。


 そしてそれと同時に、最近月夜の周りで感じ始めた謎の気配のことも……


第七話

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20090513

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