第八話  不器用な花



―砂の国の中心―



 山の都を巡る戦いで大敗――敵側にも相当の被害はあったであろうが、実際にはこちらの大敗、と言うべきであった――した後、海の国はこちらに対する攻勢をますます強めてきた。
 今までその大部分を制圧していた草原地域を次々と奪われ、海の国の軍勢は砂の国の都――都とは言うものの、砂漠の中の城壁に囲まれた小さな砦とそれを囲むように小さな都市があるだけだが――に迫りつつあった。
 このままではまずい、そのような思いが誰にも生まれていた。
「――騏驥、雅はどうだ」
 椅子に深く腰をかけ、俯きながら武康は口を開く。
 音も無く自分の部屋に入り込まれていたが、それはいつもの事であった。騏驥は首をかすかに横に振りながら、「出てきてくれそうにもありません」
 聞き飽きた言葉を返す。
 あの戦いにおいて海からの敵の存在に気づく事が出来なかった彼女は、あの戦いの敗戦は自分の所為だと強く思い、それ以来塞ぎこんでしまっていた。
 誰が何と声をかけても、彼女はこちらを向いてはくれない……
「……彼女の力が必要だ。だが彼女はその力を憎んでしまった……」
「やはり、無理やりにでも彼女を連れ出してきましょうか」
「いや、それは駄目だ。彼女が自らこちらに来てくれなければ意味はない……無理やり連れ出したところで彼女は絶対に力を使うことはない」
 彼女とも長い付き合いだ、彼女の性格はよく分かっている。
 それきり騏驥は黙りこくった。
 そこで、ふと武康が口を開いた――


「――3は安定した数字だ」
 突然何を言い出すんだ、と少々驚いた様子で騏驥は武康に目を向けた。
「鼎を考えれば分かりやすいか。それが今現在の状況だ」
 この砂の国、そして海の国と月の国……それが同じくらいの勢力で――とは言っても最近は海の国の勢力が大きくなってきているが――安定して存在している。
「もしそのうち一国が滅び、二国になったとしたら……」
 そこで言葉を切り、武康は騏驥の瞳を見つめた。お前なら俺の言いたい事が分かるだろう……そう言いたげに。
「ええ」頷き、騏驥は返す、
「その一国を滅ぼしたほうが、もう一国を滅ぼすでしょうね」
 そうだ、武康は同意する。
「ならば今の俺達が勝利する道は唯一つだ。月の国を滅ぼす、それしかない」
 悔しいが、今のままでは海の国には勝利できない事は明らかであった。
 幸いにも少し前に海の国が月の国に刺客を送り込んだことが発覚し、それを機に月の国が海の国と戦い始めた。
「今がチャンスだ……いや、今しかチャンスはないだろう。この機を逃したら、その時は腹を切ることも考えなければならないかもしれん」
「――では、人を集めましょう。もう時間はありませんね」
「頼む。……ああそうだ、雅にも一応声をかけてみてくれ」
 はい、と返事をした騏驥はすぐさま準備に取り掛かった。


 そして武康も立ち上がる。
 窓の外、遙か遠くに目を向け、
「――光政。君は生きていてくれているだろうか。苦しんでいないだろうか……」
 遠く離れた地で生きている……と信じたい仲間の事を思う。




―月の国の中心―



 あがってきた報告書に目を通し、月夜は呟いた。
「海の国との戦闘に勝利、か」
 先の一件でみんなの士気は非常に上昇した。その勢いで戦闘を行っている今はいいが、この先果たしてどうなるのか……未知数であった。
「海の国の都は遙か彼方だ、海の国にダメージを与えるとしたら、早い段階で山の都を落とす必要があるね。
 ……でもそれ以前にやはり砂の国を倒す必要があるのかな」
 武康という男は今は海の国と戦闘をしているが、隙あらばこちらにも攻撃してくるだろう。すさまじい勢いで領土を拡張していった今までの彼を見るに、そう考えるのが妥当だと思った。
 もしこちらが山の都を攻撃している最中にこちらに向かってこられては、やはりまずい。
 腕を組み思索にふけっていた月夜の背に、少年が飛びついてきた――カイだ。
 どうしたんだい、と肩をすくめながら彼の手を振り解くと、月夜はカイを振り返った。
「さっきから敦志がずーっと言いたそうにしているの」
「――ふふっ、そうか。それはいけない。敦志、すまない」
「いえ。そんなこと出来るのは、カイくんだけですね」
 ほほえましい光景に、敦志の顔はほころんでいた。
 全くだ、と月夜はカイの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。カイはそれが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべていた――そのような彼の姿を見ていると、彼が魔物であり、魔王が勝手にではあるが自分に遣わしたものである事を月夜はつい忘れてしまいそうになる。
「……と、すまない、それで何だい、敦志?」
「はい。私も砂の国を先に倒す事に賛成です。
 情報によりますと砂の国は海の国にかなり攻め込まれているようですから、このまま砂の国が落ちてしまったならばその領土と兵を得た海の国はますます巨大になるでしょう。そうしたら、我々は……」
「裏で動いている影、そして山の都の戦いで砂の国の強力な軍隊を撃破した海の国の軍隊……それだけで十分脅威なのに、それ以上のものを手にしてしまったら……恐ろしいね」
「月夜……?」
 二人の会話を聞き、心配そうに甲斐は月夜の顔を見上げた。月夜は微笑み返す、「大丈夫だよ」
「敦志、悪いけれども皆を集めてくれ。砂の国に攻め込む準備を始めよう」




―海の国の中心―




 目の前に引き出された男に目をやると、ティーユは微笑んだ。
 自分の方を見ようともせず、ただひたすらに俯いている跪く男に声をかける。「面をあげなさい」
 それでやっとその男は顔をこちらに向けた。こちらを睨む強いまなざしに、思わず目を細める。
「【鷹使い】――名前はなんと言う?」
 先の砂の国との戦闘で捕え、ティーユの元まで連れてきた【鷹使い】の男は口を開こうとはしない。
「言いたければ言わなくてもいい、調べればいいことだ。
 ――さて、随分と長い距離を移動してきて疲れているところだとは思うけれども」
 立ち上がり、ティーユは【鷹使い】の男の眼前まで進むと、彼の目線まで腰を沈めるとその彼の頬に手をやった。
 その瞳をじっと見つめ――
「その鷹を使い、私達に協力しなさい」


「結局何も言葉を言いませんでしたね」
「どうしますか、ティーユ様?」
 【鷹使い】の男を引き立てていった後、先ほどまで部屋の隅でその様子を眺めていたハルとアキが普段の位置へ、つまりティーユの両脇へ立った。
「いいさ、時期に彼も自分の置かれている立場は分かるだろう。……そうだ、【彼ら】から報告は来ているかい?」
「はいっ」
「ここにっ」
 二人の言葉を発するタイミングはいつも図ったかのようにぴったり合っており、双子は凄いなと毎度の如くティーユは感心しながら受け取った書類を見る。
「――砂は、月を攻めるな。それに月はどう動くか」
 【彼ら】によって砂の国が月の国に対する軍事行動の準備と思われる行動の様子についてがそこには書かれていた。
 本来ならば、月の国にも【彼ら】を送り込んでおり、そこから月の国の行動の様子も報告させていたのだが、先の一件で月の国に送り込んでいた【彼ら】のほとんどを撤退させるこことなってしまいそれは叶わなくなってしまった。
「――まあ、砂の様子さえ分かれば問題はないのだがな」呟くように言う。
「ここで一気に砂を潰すぞ。シオンに至急攻撃命令を出せ」
 二人が駆け出した――




―再び砂の国の中心―



 多くの危機的状況が迫ってくる中、雅は一人部屋の中に閉じこもっていた。
 たくさんの仲間を失った、その光景を彼女はその目で【視て】いた……それが、今でも目の前に浮かんでくる。
 枯れ果てるのではないか、と思うほど涙を流した……
「私が……私がっ……」
 目を閉じ、耳を塞ぎ、全てを拒絶しようとしながら絶叫する……



 その音を、扉越しに聞いていた騏驥は、大きく一つ息をつくと声をかけることなく歩みだした――



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20090522

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