『なんだか追い出されたみたいだ』
陸情本部を出たアリス少尉の頬はちょっぴり膨らんでいて、なんとなく不機嫌に見える。
いつものように三課に出勤してみれば、どういうわけか今日は有給を消化する日にされてしまった。
それでなくとも一人欠員が出て人手が足りないはずなのに、まったく訳がわからない……彼女は肩を怒らせ大股で建物を後にしたが、暖かい朝の陽射しの中を歩いているうちにいつしか体の強張りは解け、硬く結ばれていた唇の端もほころんでくる。
アリス少尉はいたずらっぽくツンと顎を上げると、心の中でつぶやいた。
『せっかく皆で食べようと思っていたのに、私がいると迷惑なのではな』
肩にかけた鞄の中には、昨日姉の家で包んでもらった煎りトウモロコシの袋が入っている。
『かと言って一人で食べるには多すぎるし、だいたい屋敷に帰るにしてもこんな中途半端な時刻では説明が面倒だ。さて、今日一日いったいどうしたものか』
皆で食べてくれと菓子を渡して三課を後にする選択肢もあったはずなのに、敢えてそれには触れず、彼女はわざとらしくため息をつく。
『やれやれ仕方ないから、病院にでも行くとするか。あんなけしからんヤツを見舞ってやる必要はないが、まぁ暇つぶしにはなる。何よりこのままだとせっかくの菓子がもったいないからな』
アリス少尉はむっつりしたまま病院へと進路を変える。
『アイツこんなに珍しいお菓子、食べたことがないだろう。材料を教えてやったらきっと驚くぞ』
唇は相変わらずへの字だが、歩みはワクワクと弾んでいた。
病院はちょうど朝の回診の時間らしく、廊下は白衣でごった返している。まだ見舞い客の姿はまばらであった。
部下の病室が近づくと病院の門をくぐる頃にはほころびかけていたアリス少尉の顔つきが、また難しくなる。
思えば私も大人気なかった、と昨日のことを思い出しこっそり苦笑いをした。
看護婦がタオルを持っていたところからしてあれは偶然、きっと何かの事故だったのだろう。そもそもアイツはオレルド准尉ではない。
駆け出した背中に追いすがってきた慌てふためく声の記憶がよみがえり、思わず微笑が浮んでくる。しかし彼女は無理に押し殺し、普段の顔つきで廊下を進んだ。
目当ての病室の扉の前でなぜだか一瞬立ち止まってしまったが、アリス少尉は部下を厚く信頼していたのでためらわず取っ手に手をかけ、元気よく昨日と同じ声をかけながら扉を開けた。
「伍長! 邪魔するぞ」
2008年月マガ4月号感想3 (1)