『……これは』
扉を開けるなり眼に飛び込んできたのは、ベッドに仰向けにへばりつき膝を立てている大男と、その脚を抱えるようにズボンを下ろしている看護婦の姿だった。
むき出しの逞しい太腿。
寝巻きの白いシャツの前立ては下のほうが少し開いていて、その奥は妙に黒っぽく影になっている。
ズボンを脱がせている看護婦は、どうやらこの前の胸を揉もれていた女性と同じようだ。
だからなんだ、着替えを手伝だっているだけだろうと彼女は昨日のように駆け出したくなった脚を押しとどめたが、寝巻きは白一色のはずなのに何やら柄物まで一緒に引きずり下ろされ……。
アリス少尉は戸口で固まった。
思考停止した彼女の耳に、顔を強張らせ同じく凍りついている部下の、喉に引っかかった声が聞こえてくる。
「少尉……仕事は……?」
仕事は、だと?
仕事は……仕事だったら……私が仕事中だったらおまえは今頃どうだと言うのだ!!!
部下と看護婦は青ざめ冷や汗を流し、絡み合ったまま硬直している。
アリス少尉は昂然と顔を上げ、あらわな男らしい太腿もシャツの裾から覗くあやしい影もモノともせず、一直線にツカツカとベッドへ歩み寄った。
頬を打つ乾いた音が、病室に響きわたる。
自分の手のひらがビリビリ痺れ部下の頬に赤い手形が浮ぶのを合図に、彼女は無言のままクルリときびすを返す。
人間と言うものはパニックに陥ると上へ上へと逃げたがるもののようだが、アリス少尉も例外ではなかったらしい。
病院の屋上は以前の自殺騒ぎで上がったことがあったから、足が覚えていたようだ。
彼女はわき目もふらず、大股で腕を前後に振りながら競歩のスピードで廊下を突き進んだ。
息を弾ませながら屋上に出ると、目の前には青い空が広がっていた。
午後に向かって日は高くなり、青空には刷毛で掃いたような薄雲がところどころ浮んでいる。今しばらくは晴天が続くだろう。
物干しロープに真っ白なシーツがひらめき、まるで巨大な万国旗のように屋上を埋め尽くしている。ほのかに漂う洗濯石けんの匂い。
明るい陽射しの中そよ風が頬をなで、金色の髪がふんわりと浮きあがる。
さわやかな、いい天気だ。
雨のカルッセルで湿気た身体が隅々まで乾いていくような気がする。
アリス少尉は柵に近寄り鞄を足元に置くと、両手を広げ深呼吸をした。
後ろから階段を上がってくる少し引きずった足音が聞える。
アイツめ、追いかけてきたな。医者の言っていたとおり、足はもうほとんど治ってるみたいだ。
抜けるような青い空を見上げ、涼やかな風を感じながら柵の手すりに肘を付いていると、火照った顔も冷めてくる。
背中越しに聞えてくる足音は、やがてコンクリートの床を踏みしめるものに変った。
洗濯物のはためいている合間をどんどん近づいてくる。
もう声が届くにはいい頃合だと彼女は顔を上げた。気持ちのよい青空に免じて今回のことは不問にしてやろう。だってアイツはオレルド准尉ではないのだから。
「部屋に行ったら、私の仕事がないと言われてな」
アリス少尉は眼下に広がる色とりどりの屋根を眺めながら、何事もなかったように背後の伍長に話しかけた。