すっかり日の沈んだとある夏の暮れ。
0番地区の汚水も浄水もごちゃ混ぜに流れる暗い川を、ロウソクの灯りがゆらゆらと下っていった。
灯りはそれぞれが不思議な形をした紙の小舟に乗っていて……一枚の紙片を折り畳んで形を作る技法は共和国の一地方独特のもので、帝国では珍しい。
川べりにうずくまる人影。
清潔だが少しくたびれた白衣をまとった眼鏡の男が、ぼんやりと水面を見送っている。
ボサボサの短い黒髪の下の物悲しく沈んだ瞳。舟はこの男が折ったものだった。
やるせなくため息を一つついてから男が物憂げに立ち上がった時、不意に脇から四歳くらいの小さな子供がひょいと顔を出した。
身なりはとても裕福とは言えないが健康そのものの男の子。髪の色やクセ具合が、白衣の人物とどことなく似ている。
自分以外は誰もいないと思っていたのか男は少し驚いた様子だったが、子供のほうは無邪気に流れて行く舟を指差した。
「おふね、おふね、かみのおふね。しんだひとのところへいくんでしょう?」
「……うん。よく知ってるね、ランデル」
「とーさん、ぼくいっぱいしってるんだよ。タバコはセシリアかーさんの、チョコレートはサリーかーさんのだよね。……なにものってないのはだれ?」
「ああ、あれは……。あの舟は、母さんたちがさみしくないようにってお供してるのさ」
「ふーん。だからみんなからっぽなんだ」
薄暗くて幼児の目には船底の粉ミルクが見えなかったらしい。男はホッとして話題を逸らした。
「……なぁランデル、母さんたちの好きなもの本当にいっぱい知ってるんだな。きっと向こうで喜んでるぞ」
彼はかすれた声でつぶやくと消毒液で痛んだ指先で幼子の頭髪をくしゃくしゃにした。瞳は相変わらず暗く打ち沈んでいたが、唇は子供のために微笑もうとしている。
頭を撫でられた子供が得意げに顔を上げた時、そこには父親の優しい笑みだけがあった。
月マガ2008年7月号感想というか妄想(1)