微笑みながら語りかける伍長を少尉はぼんやりと見上げた。何かを探しているような視線。迷子のような。
「……実は母のことは、あまり覚えていないのだ」
「で、でも、手紙の話をした時」
笑顔が困惑に変わる。父親や姉弟たちと共に、確かに母親のことも少尉は言っていたはずなのに……。
「ああ、あれは義理の母のことだ。父が再婚したのでな。産みの母は私が幼少の頃に亡くなった。新しい母が来たときはもう士官学校にいたから」記憶の底を探るように少尉は目を伏せた。「……つまり母親というものを、私はよく知らないのだ」
「…………」伍長は絶句した。意外だった。そんなことは考えてもみなかった。幸せで何一つ不自由のない、完璧な家庭で育ったとばかり……。「あの、すみません、俺」
「気にするな。姉たちが存分に愛してくれたから少しもさみしくはなかったぞ」うつろな表情に笑顔が戻った。「それに父上も!……そうだ伍長、お前の父親はどんなお人なのだ?やはり大きな人なのか?」
だが少尉の笑顔はすぐに引っ込んだ。今度は伍長が黙り込んでしまい、気まずい雰囲気が辺りに漂う。
「父親は……あの、俺はその……父は、いないんです」
「あ……いや、すまぬ!その、お前のことをもっと知りたかっただけで別に父親のことなど……詮索する気はなかったのだ」
「お、俺のほうこそ自分の母親の話ばかりして、……ごめんなさい」
少尉はぎこちなく取り繕い、伍長は両手の人差し指をつき合わせ申し訳なさそうにうつむいている。
今までパンプキン・シザーズの上官と下士官という接点しかないと思っていたのが、どちらも片親の家庭出身だったという意外な事実を知り、二人ともすっかり戸惑っていた。
自分が子供の頃父親という言葉になんとなくさみしさを覚えたように、少尉も母親という言葉に同じ様な気持ちを抱いたのだろうかと伍長は思う。
その時彼女も、母親という言葉について同じようなことを考えていたとは知らずに。
「私たちは、似ているのだな」
やがて少尉がぽつりとつぶやき、傍らの大男を見上げた。
真っ直ぐな淀みない視線を伍長はまぶしく感じる。
今まで自分の上官であることを除けば、別世界の特別な人だと思っていた彼女を、不意に身近に感じた。 そんなふうに感じるなんてまだ酔が冷めていないせいだと思う。
大きな体と小さな体。
黒い髪と金色の髪。
カーキグリーンの下士官用軍服とカーキ色の指揮官服。
平民と貴族。
男と、女。
何もかも対照的でこそあれ……。
「私とお前は、似ている」
少尉は確かめるようにうなずくとにっこり笑い、また伍長を見つめた。力強い確信に満ちた瞳。
「……そうだ!」何かに気づいたかのように声を上げると、彼女は突然手袋を外し軍服のポケットにしまった。続いて喉元に手をやり、上着のボタンを外しはじめる。胸の半ばまで進むと、今度は中の白いシャツの台襟に手をかける。
「しょ、少尉?!」