日ハムバッテリー(3)





「ストライク、アウト!」
 中村主審の右手は高らかに上がった。


「不知火、5球目はフォークでした、7回表バッター山田、空振りに終ってライオンズ、ツーアウトです」
「カウント2−2の5球目。前回、山田はレフトへホームランだったのですが…今回は不知火に軍配があがりましたね」


『5球目までは前回と同じ投球内容だったけど…投球のテンポが違った』バットを小脇に抱えベンチに引き上げる山田は、うな垂れているように見える。
『とにかく早いテンポだった…タイムをかける間もなかった』かける間を、与えられなかった、と言っていい。シュートかフォークか。このどちらかでくることは、前回同様わかっていたのに。
『考える間もなく、5球目がきてしまった。変化球のスピードだと判断した瞬間に…体のほうが、シュートに反応してしまった』前回と、全く同じ内容で続いた後の5球目。シュートをレフトへ流し打ちにした感覚を、体が覚えていたらしい。

 バッターボックスへ向かう清原とすれ違う。思わず頭を下げる山田に、4番を任されている大先輩は、くさるなよ、とでも言いたげに、微笑みを返した。


『前試合の投球内容なんて、高校野球じゃ関係ないものなぁ。サインを出していたのは土井垣さんだったんだ……成る程、これがプロのリードか』
 そんなことを考えながらベンチに戻った山田は、呼びかけられた声に気づくのが遅れた。「山田!聴いてるのか、山田!」
「あっ、はい」
 目の前に渡辺久信の長い顔があった。
「いいってことよ。お前が前にいたんじゃ、みんな安心して走れん」笑顔がこぼれた。
 ひどいなぁ、とでも言いたげに山田は照れ笑い。
「前みたいに一試合に3本打ってくれなんて大奇跡、誰も期待してないからよぅ…だけどリードはノッてるじゃないか、俺にはそれで恩の字さ」
「渡辺さんありがとうございます……おやっ?」

 突然、球場全体に大歓声が巻き起こった。

「な、なんだぁ?」渡辺は慌ててグラウンドに視線を移す。「……おっ!山田、清原が仇を討ってくれたぜぇ!」


 マウンドには、天を仰ぐ不知火。しかし。『ファウルだ』
『狙い通りだ』土井垣も落ちついている。


「打ったぁ、大きい…しかしファウル…おっと風で流されたが…ああ、わずかですが切れました、ファウル、…」


 だが、審判の手は回っていた。


「…ええっ?…ホ、ホームラン!?なんとホームランです!!清原ガッツポーズですが…ああ、上田監督、ベンチから飛び出してきました!」
「うーん、これは…ホームランですかねぇ?いやぁ、ここからはファールのように見えましたよ」
「上田監督、猛然と抗議しております!」
「先ほど田中のまったく同じところを通った打球は、ファウルと判定されていますからねぇ。さすがにこれでは我慢できないしょう」
「清原、ホームインしました…ライオンズベンチ前では選手が出迎えておりますが…ビデオの映像を見てみましょう」
「ああ、…これはファウルに…見えますが…」


 バラバラとメガホンが投げ込まれた。
「どこに目ぇつけてんだ、ばかやろー!!」
「だったらさっきの田中の当りもホームランにしやがれってんだっ」

「うるせー、審判がホームランって言ったらホームランなんだよ!」
「上田引っ込め!さっさと試合を続けろ」

 観客席から物を投げ込まないで下さい…場内アナウンスが響く。




『そんな!…ホームランだと…そんな馬鹿な』騒然とする中、土井垣はホームで立ちすくんでいた。
 上田監督はさかんに口角泡を飛ばしていたが…やがて、いまいましげに振りかえり、ベンチに向かう。
『……仕方がない』口唇を噛み締める土井垣。 


 電光掲示板は、7回に“1”が点灯した。



『不知火の投球フォームに、球種がわかるクセなどない……』マウンド上の不知火はロージンバックに手をやっている。目深に被った帽子に隠れて表情はわからないが、ただ単純に悔しがっているだけ、というようにも見えない。まずいな。土井垣は口の中でつぶやいた。『クセがあるとすれば、集中力にムラがあることだ…。俺が監督の時代にも、せっかく山田を押えていながら、思わぬヒットやデッドボールで負けていた。とにかく悩ませないことだ。あいつが悩むとろくなことがない』
 土井垣はマウンドに向かう。伏目勝ちの不知火に声をかけた。
「すまない、不知火」
「…なんであんたが謝る」
「直球だったらあんなには飛ばんかったかもしれん…今日のお前の直球に長打はない。審判がヘボでも、後に飛ばなきゃ大丈夫だ」
 不知火は顔を上げた。「……確かにな」
「待ってろよ、必ず打って取り返すから。みんな当ってきてるし、1点ぐらい大丈夫だ」
「……」
「おいおい、ファイターズは白新みたいな貧打とは違う。お前が打たなくったって大丈夫さ。うちの4番を誰だと思っている。白新の4番なんか目じゃないぜ」
不知火が白い歯を見せた。土井垣も笑顔を浮かべると、マウンドに背を向ける。

『必ず取り返してやるからな』ホームベースに戻りながら、土井垣の顔をは引き締まった。



 湧きかえる東京ドーム。7回裏、8回裏とファイターズ攻撃の度に、大歓声は失望のため息へと変わった。





『いかん、9回までずるずると…嫌な展開だ…』ベンチで腕組みをしながら、上田監督は厳しい表情を崩せない。
 結局7回裏、8回裏ともに三塁まで走者を進めながら、ホームベースを踏むことはなかった。
『ヒット数ではうちのほうが、ライオンズの倍以上打っているのに得点に結びつかんとは。渡辺は間違いなくバテてきているのに、うちは神に見放されてるのか……くそっ、このままライオンズの勢いに押されっぱなしでたまるか』
 マウンド上の不知火に目をやる。ワインドアップ。すでにツーアウト、ランナーはいないので上田はじっくりとその豪快なフォームを堪能することができる。
『ライオンズが不知火から打ったのはわずかに3本、後は四球が2個だけだというのに。その内の1本がソロホーマーとは。しかも、あんな…』超高校級の実力がありながら1度も甲子園にいけなかったことといい、どこか運に見放されたようなところがあるのだろうか、不知火には。
 不知火の指先からボールが離れる。9回表を迎えても勢いのあるそのスピードは、先ほどの上田の縁起でもない考えを吹き飛ばした。こんなに凄い不知火が、負けるはずがない。
 バッター山田とは4度目の対決だが、一転しての直球勝負に、目がついていかないのだろうか。ファウルにするのが精一杯のようである。
『ここまできても衰えぬスピード…確かに不知火は一流だ』
再び不知火の足が上がる。
続く上半身の無駄のない動き。投石器のようだ…上田は見惚れた。


「さぁ4度目の対決、カウントは2−1……山田フルスィング、空振り!スリーアウト!ずっとかわすピッチングが続いていましたが、ここにきて力対力の対決!勝者不知火、さすがに嬉しそうです」
「最後はやっぱり一番自信のある直球で勝負でしたねぇ。いやぁ、見事です、不知火守!」


『ストライクがくるのはわかっていたけど…イチかバチかは2度目は通用しなかった』今日は完敗だ…山田は口脣を噛み締める。
『でも試合で勝っているのはうちのほうだ…9回裏、清原さんの1点はかならず守りきる。勝負には負けたが試合には、勝つ』


「最終回ライオンズ、ピッチャー交代です。0点に押えてきた渡辺に代わって潮崎。これはどうですか、江川さん」
「そうですね8回裏は正直、得点に結びつかなかったのはファイターズにとって悪夢としか言いようのない展開でしたからねぇ、もっと早く交代してもよかったんじゃないでしょうか」
「迎えるファイターズとしては、高卒ルーキー不知火の好投に報いるためにもぜひ得点したいところですが…」
「たった1点差ですからね。まだ試合はわかりません…おや?」
「あぁ?ファイターズ、上田監督、ベンチ前で打者を集めて円陣を組んでおります!」




 ファイターズベンチ前。その奥では、不知火が不思議そうな顔で円陣を眺めている。
 上田監督を囲んだ面々は…絶句したところだった。
「そんな…し、不知火が…あ、あの不知火の片目が不自由だったなんて」田中は信じられないと言いたげである。
「あの帽子…ゲンかつぎかって聴いたら笑っていたから、そう思っていた…左目の濁った角膜を隠すためのものだったのか…」いつも明るい広瀬の顔が強張っていた。
「本人はけん制球の間合いを計るため、とか言ってたがな。…本音は、親父さんに角膜を貰ったからこその今があるってことを、常に自分自信に言い聞かせているのだろう」監督の口調は静かだった。
 ベンチの奥では不知火が自分の話題が出ているとも知らずに、マウンド上で打ち合わせをしている山田に視線を移している。
「しかしそこまでしても不知火は甲子園にいけなかった」まだ愕然とした表情の片岡。
「はい…山田との勝負に勝ったのに、試合に負けたゲームが幾つもありました」土井垣が言い添えた。
 上田監督は全員を睨んだ。「いいか、今日負けてみろ!不知火はまた、勝負に勝ったが試合に負けたことになっちまうんだぞ。高校の時みたいにな。せっかくプロ入りしたってのに」そこでいったん言葉を切り、
「今日こそ不知火を男にしてやろうぜ!!」

 円陣から、突然高校野球めいた掛け声が響いたので、ライオンズの選手たちは何事かとファイターズベンチ前に目をやった。そしてベンチ奥の不知火も。




バッテリー(4)に続く




 

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