日ハムバッテリー(4)





「田中打ったぁ、痛烈!三塁ファールラインいっぱい!抜け…ない、サード取ったぁ!!飛び出していたデューシー…アウト!ファイタ―ズ無死満塁から一瞬にしてツーアウトです!」
「あぁ、抜けると思った当りですがねぇ、これはサードのファインプレイでした…まぁ上手く入ったという感じで取った本人も驚いているようですが」
「ファイターズ4番田中、悔しそうです…抜けていれば逆転も可能だった当りですが8回裏の悪夢の再現のようで、ファイターズとしては嫌でしょうねぇ、江川さん」
「この試合ファイターズはダブルプレーが、もうこれで5個目ですよ。打っても打っても点が取れない、という展開が今後にいやな影響を残さなければいいのですが」

 
 
『くそっなんということだ…』ベンチの上田監督は帽子を叩きつけたい気分になっていた。さっきのゲキは確かに効いた。それまで当ってはいるものの、逆に振りまわすばかりになり、大味になり勝ちだった攻撃に、粘りと細やかさが出てきて…1番デューシーはよく選んでフォアボール、2番広瀬はファウルで粘って12球も投げさせた後のヒット、3番片岡もファウルが続いた後のヒットと、『ゲームの勢いがこちらに回ってきたと思った矢先だったのに』上田は無意識に口唇を噛み締め、グラウンドに視線を移す。
 バッターボックスでは、かつては不知火の敵であり、今はともにバッテリーを組む男が伏目勝ちに足場を馴らしていた。
 

「しかしツーアウトですが1、2塁です。ライオンズ、ピンチはまだまだ続いております。迎えますバッターは、5番土井垣です」
「今日の彼は丁寧に打っています。といいますか、今日はリード面でも一味違いますねぇ」
「と、言いますと?」
「いえね、僕は彼には何度かあったことがあるのですが、実に真面目でさっぱりした好青年なんですけど、野球選手としてはちょっとさっぱりしすぎているというか、もっとしつこくなれとアドバイスしたことがあるのですよ」
「しつこくなれですか…。おっと、ピッチャーモーション、第1球投げました、高め、…ボール」
「今の球など高めのツリ球でしたねぇ、今日はよく見ていますよ。…とにかく、しつこくなれ、ワルになれとアドバイスしたんですが、今日のリードはなかなかクサイところをついていました」
「あははは、ワルになれですか…さて、第2球、…打ちました!…ファウル」

 
『今日の土井垣さんはいつもと違う』山田は横目で土井垣を見た。。
『いつもなら一発狙いでとにかく振りまわしてくる…こんな場面なら尚更そんな傾向だが』かつて知ったる山田にとって、むしろ楽なバッターと言える土井垣だったが。
『バットを短く握っている。一発狙いじゃなくて、塁に出ようという気持ちが強いのか…変化球主体のリードと言い、今日は勝ちに向かってなりふり構わずと言った感じだ』不知火のせいかも知れない。
 いつものように振りまわしてこないとすると、何処を攻める?
 山田の目つきが鋭くなった。

 
 
「第4球は難しいコースでしたがよく見ていました…いつもこんなプレイができれば文句なしの土井垣くんなんですがね」
「さぁ、カウント、ワンストライクツーボールとなりました。第5球、…打ったぁ!!」
「おぉ、これは!」

 大きな当りはレフトへ。東京ドームを包み込む割れるような大歓声。

 
「どうだぁー、当りは大きい!……ファウルでした」
「うーん、後1メートル右だったら…惜しい当りです」

 
 一瞬笑顔になり立ちあがりかけた不知火だったが、再び座り込んだ。こぼれかけた笑顔は、上田監督がこれまで見た事も無いほど、明るいものだったのに。
 不知火が俺に敬語を使ってなくても怒らないでください…バッテリーコーチに土井垣が言ったという言葉を思い出す。確かに常に山田という天才を追いかけてきた不知火にとって、土井垣は役不足に見えるのかもしれない。しかし。
「こらぁ不知火!なに不景気なツラしてるんだ、さっさと先輩を応援せんか!」
 突然監督に怒鳴られた不知火は、慌てて立ちあがった。
「不知火、引っ込んでないで前で応援しろよ」田中が振りかえると、腕を取った。
「今日の土井垣、お前のために必死だぞ…おっ、…カットした。あのコース、いつものアイツなら引っ掛けてピーゴロなのに。岩本や芝草が見ていたら妬くぞ、俺が投げている時にはあんなにがんばらんじゃないかって」
「田中さん…」
「土井垣ー、打てぇ!……不知火、お前も応援しろよ」
「土井垣、さん…打ってください」
 応援しながら、不知火は奇妙な感覚を味わっていた。白新高校時代、エースで4番だった不知火。自分以外のバッターに、しかも格が下だと思っている男に、一発を期待するなどというのは初めてだ。そのような味方を応援する時には必ず、『俺までつなげ』という気持ちが含まれていて、現在おかれているようなお任せな状況で応援することなどはなかった。

 
 潮崎の手からボールが離れる。
 低めの直球。

 
『手を出すな、土井垣…ボールだ』ベンチで見守る不知火。
  

 覗き込むように見送る土井垣。審判は、片手を横に開いた。

 
 
 8球目。

 
『打て、土井垣』

 
 ファウル。

 
 9球目。

 
『打て…打ってくれ』
 山田との勝負には勝った。だから恥じることはない。それで満足すればいい。今までだってそう言い聞かせてきた。だが。
『…打ってくれ、土井垣…』頼む!……「おい、不知火、応援してるか!」物思いを打ち破った上田監督の声。
「は、はい」不知火は我に返った。「…打て!土井垣、さん」打て、打ってくれ、土井垣…さん! 

 
「スライダー見送ったが…ストライク。土井垣ちょっと不服そうですね」
「うーん難しいですねぇ、これは」
「これでカウントは2−3になりました!泣いても笑っても後一球!!……おっ、土井垣、タイムです」

 
 
『…………』試合前のブルペンでの会話を、土井垣は思い出していた。
 今日は必ず勝つから。リードに首を振らないでくれ。
 これは変化球主体で行く、いう意味だった。次は必ずストレート1本で押えると言っていた不知火だったが、無表情にうなづいた。
『今日の不知火は前回にもまして調子がよかった』どれほどストレートだけで勝負がしたかったことだろう。
 タメ口を叩いても生意気でも、マウンドでは俺のリードを飲んでくれる不知火だった。格下だと思っているこの俺のリードを、あのプライド高い不知火が。
『必ず打つ!』何としても不知火に報いる、不知火を、男にしてやる!!

 
 
 バッターボックスに入る土井垣を、山田は眺めた。
『あれ?…打ち気満々だと思っていたのに。…いや…冷静なんだ、土井垣さん…静かに燃えているんだ』だとしたら10球目でボールになる変化球を振らせようというのは危険だ。きっとフォアボールを選んでくるだろう。
『ストライクしか投げられない…うん?』
 バットを構えながら、土井垣は外角に目をやった。ほんの一瞬。
『…なるほど』山田は、サインを出した。

 

 うなづく、潮崎。
 
 セットポジションからの10球目。

 
 
『土井垣…』思わず両の拳を握り締める不知火。

『四球で出ても満塁だが』上田監督はバッターボックスの土井垣を見る。だが、このバッテリーの将来を考えると。『打て、土井垣!お前が不知火を男にしてやるんだ!』

 
 
 指先からボールが離れた。

 
『よーし、裏をかいたぞ…!』山田は微笑む。さっきの土井垣さんの動き。狙ったコースに、思わず視線をやってしまったのだろう。

 しかし土井垣のバットは、滑らかにボールに吸い寄せられていった。前もって計算された動き。

『しまった!』山田はマスクの下で唸った。あれは、誘い込むための芝居!

 
 快音。
 
 打球が飛んだ刹那、二塁上の広瀬はスタートを切った。『いけるぜ不知火、同点だ!』

 
 
「打ったー、左中間抜けたぁ!!ボールは転々と転がっていきます!」
「これは同点間違いないですね!」
「レフト、今ボールに追いついた…広瀬ホームイン、ファイターズ同点!…片岡も三塁を蹴って…レフトバックホーム!好返球!」

 
 三塁コーチの腕が回る。ホームで塁を守る山田の姿が、ベースを蹴った片岡の目に映った。構えたミットがわずかに一塁方向へ流れる。

『いただきだ、不知火!』片岡は滑り込んだ。

 返球を受けた山田のミットが片岡の手先へ。

 状態を屈め覗き込む、中村主審。

『セーフだ!』ベンチで見つめる不知火。

「アウトに決まってら」西武側ベンチで、渡辺久信がつぶやく。

 
 
 
 主審は上体を屈めたまま…両手を左右に押し広げた。
 

 
 
「セーフ、セーフ!!ファイターズサヨナラ!土井垣逆転タイムリー!!!」

 
 
『か、勝った!…』大歓声を聞きながら、不知火は呆然としていた。勝った。山田に勝って、…試合にも。

「おい、何ボーッとしとる!…先輩を出迎えんか」上田監督がにこやかに笑いながら不知火の背中を叩く。
「…はい!」ありがとう。広瀬さん、片岡さん、……土井垣さん!
 
 笑顔でベンチを飛び出して行く不知火に、上田は満足した。
 

 
 ファイティーの勝利のダンスに、ファイターズ応援団は湧いている。
 かわって沈みがちな西武ベンチ。
『負けてしまった…不知火に』…悔しいものだなぁ。山田はグラウンドを眺めた。ヒーローインタビューが始まろうとしている。
「バッテリー2人そろってお立ち台か…」振り向くと、東尾監督がいた。
 盛んにフラッシュの瞬く中で、土井垣へのインタビューはもう始まっている。隣には笑顔の不知火。
 おめでとう…でも次は負けないぞ。「あんなに晴れ晴れとした不知火の顔…初めてですよ。…監督?」山田が声をかけたが、返事はない。東尾はもうお立ち台ではなく向かいのベンチを見ていた。
『9回裏継投ミス…いや、潮崎の球は走っていた』試合を思い起こす。インタビューが土井垣から不知火に交代したらしく、シャッター音がさらに激しく響く。
『不知火は打ちあぐんだが、9回表までゲームの流れはウチのものだったのに…。あの円陣だ。あれから選手の勢いが変わった』
 ファイターズベンチには、満足げに若いバッテリーを見つめる上田監督の姿。
『上田さん…一体どんな魔法を使ったんだ?』
 

 インタビューは終ろうとしている。

 不知火の高揚した気分は次第に冷めていき、今はしみじみと勝利を噛み締めていた。初登板でのノーヒットノーランよりも、喜びが大きいのは何故だろう?…隣では土井垣が微笑んでいる。
「…本当に、おめでとうございました、不知火選手。…最後に、この喜びを誰に伝えますか?」
「…………」ついに、この時がきた。高校時代、甲子園に行ったら必ず言おうと思っていた言葉。プロに入って何度か勝利投手にはなったものの、高校時代に決着をつけるまでは何故だか言えなかった言葉。今やっと、口にすることができる。
「今ここにいるのは、みんな父さんのお陰です、ありがとう…」それから、何を話そう?色々考えていたのに、言葉にならない。父親の顔に、白新高校時代のチームメイト達の顔も脳裏に浮かぶ。
「…………」長かった。思っていたよりも、ずっと。不知火はふと、右腕に目を落した。常に俺と一緒に戦ってくれたこの腕。
 
 不知火は右腕を突き上げた。ドームの天井に向かって高だかと。
「父さん!…シロ!…俺はやったぜ!!!」

 大歓声と暖かい拍手に包まれた東京ドーム。
 照明を受けた不知火の腕は、黄金色に輝いて見えた。

 


 
 

バッテリー(5)に続く


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