Last present (1)
 フロスト共和国の冬は、その名のとおり雪と霜で覆われる。
 帝国の湿気を含んだのとは違い共和国のサラサラした雪は、空気を含んで文字通り真っ白だ。
 
 十二月のとある週末の午後。
 革命広場はもう長らく銀世界だったが、寒さに馴れた人々は分厚い外套に身を包み、週末の買出しに余念がない。
 休日は国営店がクローズするため、人の集まる場所にはそれを見越した市が立つのが恒例だった。店では手に入らないような珍しい品物を求め、あたりは活気づいている。
 長らく戦争の続いていた帝国・共和国間に、停戦条約が結ばれてまだいくらもたたないの年の冬。しかし国力の違いだろうか、この様子だとどうやら共和国のほうが巷の復興はずっと早いようである。
 凍てつく広場の大通りを抜け、ちらほらヤミの露天商が立ち並ぶ界隈にさしかかると、ヴィッター少尉の頭には嫌な予感が走った。
 広場では常に傍らに寄り添い、二の腕をしっかりつかんで離そうとしなかった女物の毛皮のミトンの握力が、買い物客が行きかう雑踏の中、だんだん弱まってくる。
 どういうわけか人前ではことさら可愛い新妻を演じるのに熱心なフランシア伍長なのだが、とうとうしっかとぶら下がっていた腕を解くと、好奇心を押さえきれないように賑やかな屋台をキョロキョロ物色し始めた。
「ねぇアナタ、このクマさん!」
「ウチにはティラミスがいるだろう。もうこれ以上毛玉を増やしてどうする」
どうせ店先にクマのぬいぐるみでもみつけたのだろう。しかもやたらとデカイやつを。
 自宅で留守番している脚の短い中型犬の姿を思い浮かべながら、まったくつまらん買い物の好きな女だ、とヴィッターは若い娘のはしゃぐ声が聞こえてくる方角をなるべく見ないようにした。
 買い物の入った大きな紙袋をしっかりと両手に抱えなおし、これ以上は決して荷物は持たんぞと決意を新たにする。

 彼らは二人とも帝国陸軍情報部・二課の諜報部員である。夫婦潜入のテストケースとして、共和国に送り込まれて数ヶ月が過ぎた。
 少々生え際の怪しくなり始めた白髪交じりの中年の夫と、年の離れた可愛い若妻。
 しかし、そんなヴィッター夫妻は表向きの顔で、その正体はエリート諜報部員コールド・ヴィッターの異名を持つ陸軍情報将校と、その直属の部下フラウス・フランシア伍長……飼い犬ティラミスでさえ伝令犬である(もっとも諸事情があり今は伍長の単なるペットなのだが)。

「毛玉? なにそれ。この子たちは張り子、もみの木の飾りよ!!」
見れば店の箱に並ぶ手のひらサイズのクマたちには、頭にそれぞれ赤いリボンのループがついている。
 露天には色とりどりのツリー飾りが揺れ、通りの隅には近場の山から切り出してきたらしい大小さまざまなもみの木が、白一色の街路に鮮やかな緑を映していた。
「アナタ、買ってもいい?」
しかしヴィッター少尉が答える前に、フランシア伍長はすでに箱のクマを選び始めている。
 無邪気なものだ、と彼は店の親父と気さくに話をしている若い娘の横顔を眺めた。共和国独特の円筒形をした白い毛皮帽の下で、波打つ色素の薄いショートヘアがタレ目の愛くるしい顔の横に揺れている。誰がこの開けっぴろげな陽気な娘を、帝国の諜報部員だと思うだろう。
 ラインベルカ少佐の人選も大したものだ、とヴィッターは化け猫と陰口を叩かれている二課長の顔を思い浮かべた。
 伍長は私の若い頃にそっくりだ、などと悪い冗談としか思えない様なこと言っていたが、この愛らしい娘もずっとスパイ活動を続けていたら、十数年後にはあんな眉毛の無い性悪な目つきの女になるのだろうか。
 上司の顔を思い出すと何やら背筋が寒くなってきたので、彼は自分の妻を演じている娘に視線を戻した。
 店の親父はすっかり彼女のペースに載せられているらしく上機嫌である。あのままだときっと品物を言い値で値切られる破目になるに違いない。
 あんなマネは私にはとてもできん……敵国でしかも任務中に。真面目一辺倒で融通の利かないがゆえにコールド・ヴィッターになった私などより、あの要領のいい娘のほうがよほどスパイの素質があるだろう……などと考えながら、ヴィッターは苦い顔つきになる。
『ねぇプレゼント、もう考えてる?』
先月、壁のカレンダーをめくりながら伍長が悪戯っぽくささやいた時。
 咄嗟にあどけなさの残る顔を引き寄せ耳元に、
『まだ十一月になったばかりだ。この国ではその話題は早すぎる。不注意だぞ伍長』
と小声で厳しく返した彼だった。
 街路を飾る大小さまざまなツリー、街を彩る飾り玉、赤い服を着込んだ老人の人形、華やいだ雰囲気。
 一見すれば帝国も共和国もクリスマスは変わらない、と思ってしまいそうな街の風景だが、暦の日付は二週間近く遅れている。革命で宗教を否定した共和国はクリスマスを祝わない。
 今、この国を覆う祝賀ムードは新年の“もみの木まつり”のためのものである。
 この国ではポピュラーな張り子のクマのツリー飾りは帝国を含む西方諸国では見られないし、赤い服は伝承の“冬の長老”、ご馳走とシャンパンでお祝いするのは大晦日で、プレゼントは元旦の朝に開封する。
 そう、プレゼントは……。
 上着の隠しポケットの底に忍ばせたものを思い出し、ヴィッターは唇をゆがめた。
 コートを着る季節になってから、ここがずっと定位置になってしまった。ほぼ毎日仕事に着て出かけ、脱いだ後のアフターケアは自分でやるから誰もポケットの中身に気づくことはない。
「アナタ、買っちゃうけどいい?」
フランシア伍長のはずんだ声が聞こえてきたが、ぼんやりともの思いにふける彼はそちらを見ようともせず、うつむいたまま生返事で答えた。
「……好きにしろ」
今となれば、彼女はもみの木まつりの日付を取り違えたのではなく、西方諸国のクリスマスを話題にしていたのではないかと思える。
 規則・規律に徹する融通の利かない帝国諜報部員のイメージも大切だが、あの時、黙って伍長の言葉を受け流していれば。
 偉そうにあんなことを言っておいて、今さらクリスマス・プレゼントを渡すのでは……無粋にもほどがある。
 共和国民なら、これが夫から妻への新年の贈り物でももちろん不自然ではないが、私はむしろ……。
「ア・ナ・タ・お待たせ!」
顔を上げると新妻の笑顔があった。重そうに抱えた紙袋にヴィッターは驚愕する。
「な、なんだそのデカイ袋は! さてはクマだけではないなっ」
「張り子のリンゴ一ダースに共和国印の愛国飾り玉各種と、リボンとモールとてっぺんのお星さま、ツリーの根元に並べる冬の長老と雪娘の置物に……」
「ね、値段はいくらだ!」
化け猫長官と、いつも付きしたがっている経費にうるさい副官の姿が、同時に脳裏にちらつく。
「あら、心配しないで。売れ残りのクマさん二ダースを引き取る交換条件につき、全品半額でーす」 
会心の笑みの後ろで、露店の親父が恰幅のいいカミサンに怒鳴りつけられている姿が見えた。……まったくとんでもない娘だ。
「店はひどい損害だな」
「そんなことないわ、こんな絶対売れっこない怖い顔の子たちを買ってあげたんだから。ほら見てこの座った目つき、耳まで裂けたみたいな口。クマと言うよりは猫みたいでしょ。……ラインベルカおばさんそっくり」
上官を茶化すなど規律を重んじる身としては普段なら聞き捨てならないが、今は共和国で諜報活動中である。親戚のおばさんの悪口なら言いたい放題だ。すべては敵を欺くため、致し方ない、と言い訳しつつヴィッターは紙袋の中を覗き込んだ。
「確かにブサイクというよりはオカルト顔だな、後ろ向きにつるしたほうがいい……しかしこんなにたくさん、全部飾ろうと思ったら天井に届くようなもみの木が……あっ!!」
しまった、なんとういう失言。
 思わず口に手をあてようとしたヴィッターだがそれもかなわず、両腕の紙袋がガサガサ鳴っただけだった。フランシア伍長はそんな様子に、してやったりとばかりに満面の笑みを浮かべる。
「まぁ、ありがとうアナタ! もみの木のことうっかりしてたわ。そうね、ア・ナ・タ・の言うとおり天井に届くような大きいのを買わなくちゃ!」 

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