暖房の効いたアパートメントの中では、餌を待ちかねたティラミスがさっそく皿に顔を突っ込み、忙しなくパクついている。
缶詰や瓶詰めを食料庫に、野菜類を床下の保存庫に仕舞うと、ヴィッタ−少尉はひとまずリビングのソファに落ち着いた。
フランシア伍長はまだ戻ってきていない。
あの後、もみの木の大小で言い争いになり、ツリー飾りの袋を抱えたままの彼女を置き去りにして帰ってきてしまった。……大人しく一人で運べるだけの小さなもみの木を選べばいいのだ。
さて、紅茶でも淹れて温まるか、と彼は無表情に暖炉の上のサモワールを準備しはじめた。
難しい顔つきで葉を計り作業に熱中している様子だったが、そのくせ時折チラチラと隣の置き時計を眺め、外の階段の足音を気にしている。
やがて湯が沸き、いい香りが漂ってきて二人分の紅茶が出来あがった。濃く煮出した茶をサモワールの上部で保温しておいて、飲むときに湯で薄めるのが共和国風のやり方である。
だが彼女がアパートメントの鉄製の階段を上がってくる甲高い足音は、いつまでたっても聞こえてこなかった。
重くて上がれないならいつものように窓の下で呼べばいい、と耳を澄ましてみるが、外の物音に変化は無い。
ヴィッターはだんだん心配になってきた。
あの伍長のことだから無駄にデカイのを買ってしまい、雪道のなか、困っているのではないだろうか。
一人ぽっちで重い荷物を抱え、途方に暮れている泣き出しそうな瞳……。
想像すると胸が締め付けられるような気分になり、彼は思わずソファから立ち上がった。
満腹した犬が足元に寄ってきたが、追い払うように壁のコートを手に取る。
「すまん、ティラミス。彼女を迎えにいく」
犬はきょとんと飼い主の薄い頭を見上げ欠伸をしてから、何事もないようにのんびりとソファの足元にうずくまった。
ヴィッターが複雑な表情でコートの袖に手を通し始めた、その時。
寝そべっていたティラミスがビクッと顔を上げる。
「こっちよー、頑張って! この階だから」
階下から耳慣れた元気のいい声と、重いものを引きずって上がってくる複数の足音が聞えてきた。
壁にコートを戻すヴィッターの足元をティラミスが走り抜ける。
短い尾を千切れんばかりに振りながら玄関ドアが開くと同時に、入ってきた女物のブーツに飛びついた。
「ただいまティラミス! 凄いお土産があるからちょっと向こうへ避難してるんだぞ。こちらですー、入り口に段差があるから気をつけて!」
確かに凄いお土産だった。
針葉樹の匂いを撒き散らす緑のカタマリは、横倒しなのにあっという間に戸口いっぱいになり、木の先端を受け持つもみの木売りの親父は枝がドアに引っかからないか気になって、ヴィッターにまともに挨拶もできないぐらいだった。
「アナタ、バケツ早く早く!」
「バ、バケツ?」
「もみの木を立てるの、掃除道具入れの奥の、一番大きなの取ってきて!」
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